ティラナ戦役編 エピローグ
小麦相場の暴落から、ひと月が過ぎた。
リアディスの街は、いつもの喧騒を取り戻していた。
市場にはフレイジア粉を使ったパンやパスタが並び、庶民の主食にひとつとしてすっかり定着している。
ティラナ島での戦いは、レオリア軍の勝利で幕を閉じた。
アズーリアでは反乱軍が首都アズラフィアに入城し、皇帝ルキウスは失脚した。その後、皇帝は行方知れずらしい。新アズーリア共和国政府とレオリア王国は、現在も戦後処理の協議を続けている。
セレスティア商会の仕事も、ようやく落ち着きを取り戻していた。
ティタニアがいなくなってからも、ラウラは気丈に振る舞い、取引部をしっかりと回してくれている。
「姫様の分まで頑張ります」と笑っていたが、その笑顔には、寂しさを隠せていないように見える。
そのティタニアからは、いまだに連絡はない。何度か念話を試みたが、反応はなかった。だが、ティタニアに設定したアルカナプレートの残高は、毎日減っている。
きっと、どこかで動いているのだろう。
今日は久々の休日だ。
アイラとヒカリ、ラウラは街へ買い物に出かけた。
珍しく屋敷の中が静まり返っている。
俺は、ソファに身を沈めた。
陽の光が差し込み、カーテン越しに柔らかな風が頬を撫でる。
ハーブティーの香りがほのかに漂う中、知らぬ間にまぶたが重くなっていった。
――ああ、久しぶりに、静かな午後だ。
いつの間にか、意識が遠のいていった。
どれほど眠っていたのだろう。
夢の底で、誰かが呼ぶ声がした。
「……アルヴィオ」
かすかな囁き。
懐かしい声だった。
もう一度、その声が呼ぶ。
「――起きて、アルヴィオ……起きないと、キスしちゃうわよ?」」
頬に、温かな感触が触れた。
柔らかく、やさしく。
ゆっくりと目を開けると、そこに――ティタニアがいた。
「……ティタニア……?」
瞳が、いたずらっぽく細められている。
「お寝坊さん。久しぶりね、アルヴィオ」
言葉を失う俺を見て、ティタニアは笑った。
その笑顔は何も変わっていなかった。
「……帰ってきたのか」
「借りたものを返しに来ただけよ」
「でもね、すぐにお金は返せないの。アズーリアはもう帝国じゃないし。私は王女じゃなくなっちゃったしね」
「返せるときでいい」
俺の言葉に、ティタニアは少し口元を緩めた。
「そう言うと思った。じゃあ――少しずつカラダで返そうかしら?」
「……冗談はよせ」
「……半分は本気よ」
ティタニアは小さく笑い、ソファの肘掛けに腰を下ろす。
昼下がりの陽光が、銀色の髪をやわらかく照らしていた。
「……本当に、帰ってきたんだな」
「ええ。こうしてまた、アルヴィオの顔を見られてうれしいわ」
ティタニアの笑みがやわらぐ。
その横顔を見ながら、俺も静かに息を吐いた。
「おかえり、ティタニア」
ティタニアは少しだけ頬を染め、微笑んだ。
「ただいま、アルヴィオ」
その言葉は、穏やかな午後の光の中に溶けていった。
ここまで読んでくださりありがとうございます!
第二部にあたる「ティラナ戦役編」はこれで完結となります。
よかったら下の☆☆☆☆☆から評価をいただけるとめちゃくちゃ励みになります。
次回は、ショートストーリーの投稿になります。それ以降は「楽園の夢編」が始まりますが、筆者が年末年始の繁忙期に入りますので、これまでのような毎日更新がしばらくできなくなる思います。しばらくは、最低週3回程度は更新したいと思います。詳細は決まり次第あとがきにてお知らせします。
近況は、筆者のXアカウントで確認いただけると幸いです。
引き続きよろしくお願いします。




