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俺だけ魔力が買えるので、投資したらチートモードに突入しました  作者: 白河リオン
第九章 「リヴァージョン」

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Intermission 27 「希望の風」

~憲章暦997年5月10日(光の日)~


 ティラナ島を覆う空は、まだ灰色の煙に閉ざされていた。


 焼けた鉄と血の匂い。砕けた石壁の隙間から吹き込む海風が、焦げた布を翻す。


 ――だが、その風の中には、かすかな変化があった。


 轟音もなく、閃光もない。


 ここ数日、帝国軍の砲撃は止んでいた。


 防衛拠点の高台で、エリーナ・ルミナスは夕焼けを見つめていた。


 戦塵の向こう、空の端が薄紅に染まる。


 その光を眺めながら、エリーナは小さく息を吐いた。


「……静かだ」


 背後から足音。副官ガルド・ヴァレンが、薄汚れた外套をはためかせながら現れた。


「はい。ここ三日、敵艦の砲声を確認しておりません」


「ほかの報告もか?」


「ええ。監視塔からの報告でも同じです。――例の収束砲も、光を見た者はいない」


 エリーナはわずかに目を細め、遠くの水平線を見据えた。


 海は静かで、波音だけが耳に残る。


「おかしい……補給が尽きたか、あるいは……」


 ガルドが言った。


「いずれにせよ、これほどの間、砲撃が止まるのは初めてです」


 エリーナはうなずき、指先で地図の縁をなぞった。地図の上には、赤い線が幾重にも引かれている。どの線もかつての防衛線。今では、ほとんどが灰となって失われた。


「帝国の収束砲――あれを動かすには莫大な魔力石が要る」


「はい。奴らもそう続けては撃てません」


 エリーナは地図を畳み、ゆっくりと立ち上がった。


「つまり、今が――息継ぎの時間ということだ」


「はい。もし補給線が切れているなら、今が最大の隙です」


 ガルドがうなずいた。


「南岸からも同じ報告が上がっています。威力偵察も止まり、偵察船の数も減少。どうやら、こちらでも帝国側が息切れを起こしている様子です」


 エリーナは目を細めた。


 風が髪を乱す。


 肌に触れる空気が、以前よりも柔らかい気がした。


「……戦場の空気……動きが止まると、風が変わる」


「風が、ですか?」


「ああ」


 淡い笑み。


 だがその奥にあるものは、安堵ではなく、決意だった。


◆◇◆━◆◇◆━◆◇◆━◆◇◆


 作戦司令室――と呼ぶには粗末すぎる、崩れた要塞の一室。


 壁には地図が広げられ、赤と青の印が無数に打たれている。


 その上を、エリーナの指が滑った。


「北岸からの圧力が薄い今なら、逆襲が可能。海岸線を押し返し、砲台を奪い返す」


「反撃、ですか?」


 ガルドの声には、驚きと同時に、待ち望んだ響きがあった。


「ああ。これ以上退けば、島が持たない。なら――進むしかない」


 戦死した老将グレンの副官だった男――カミルが顔を上げる。


「しかし、敵の新兵器が再び起動した場合、こちらの防御は……」


「構わない。撃てるならもう撃っているはずだ。あれは神の雷じゃない。血と魔力で作られた、彼の国の灯だ」


 その言葉に、沈黙が落ちた。


 やがてガルドが頷き、言う。


「了解しました。反撃準備に入ります。各砲台、山岳部からの支援砲撃を同期させます」


「魔法士部隊には補給を優先。今日だけは、力を惜しむなと伝えろ」


「了解!」


 伝令が走る。


 指令室を包む緊張が、わずかに変わった。


 恐怖ではなく、確信の色。


 エリーナは手袋を外し、指先で地図を折りたたむ。


「ここからだ……」


◆◇◆━◆◇◆━◆◇◆━◆◇◆


 翌日早朝、空が白んでくる時間。


 山岳砲台の上で、エリーナは双眼鏡を構えた。


 その隣で、ガルドが呟く。


「風が止まりました」


「合図には、いい天気だ」


 エリーナはゆっくりと右手を上げ、魔法陣を展開する。


 その光を受け、各地の砲台が一斉に起動した。


「――発射!」


 轟音が山々を揺らした。弾が弧を描き、海へと落ちる。その先で、帝国の砲艦が閃光に包まれた。


「命中!」


 報告の声。


 続けざまに、第二波、第三波。


 エリーナは眼下の光景を見つめた。


 焼ける海と、吹き上がる炎。


「これでようやく、息ができる」


 その横顔を見つめながら、ガルドが呟く。


「……夜が、明けますね」


 エリーナは微笑んだ。


 海風が頬を撫で、長い髪を揺らす。


 沈黙の中で、信号弾が放たれた。


 全軍へ反撃を伝える狼煙。


 白煙が空を裂き、まっすぐ天へと昇る。


 その光が雲を突き抜け、島全体を照らした。


◆◇◆━◆◇◆━◆◇◆━◆◇◆


 メグメル・ルミナスは、後方の丘の上からその光景を見ていた。


 エリーナが放った信号弾の軌跡を、静かに見上げる。


「……あらあら。やっぱり、あなたはつよい子ね」


 祈るように手を組む。


 風が吹く。


 焦げた土の匂いの中に、かすかに花の香りが混じる。


 それは、ティラナ島に訪れた最初の――


 ()()()()だった。

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