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俺だけ魔力が買えるので、投資したらチートモードに突入しました  作者: 白河リオン
第九章 「リヴァージョン」

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Intermission 25 「クレジット・クランチ」

 アズーリア帝国首都アズラフィア、国家戦略投資機構。


 魔導スクリーンが壁一面を覆い、数字が滝のように流れていく。


「小麦先物、前場終値11.2ディム……後場開始――7.54!?」


 悲鳴のような声が飛んだ。取引担当官たちは一斉に指示を始める。


「――売りだ! ポジション決済だ!」


 だが、偽装工作のために複雑にした指示系統が仇となった。複数の商会を経由して最終発注に至る仕組みは、普段なら監視の目をごまかすための盾だった。しかし、暴落の只中では、それは凶器と化した。


「発注ルート三系統にすべて指示を出していますが、現地も混乱しているためか約定の連絡はありません」


「何度でも送れ! マージンコールに引っかかる前に何としても決済しろ!!」


 怒号が飛び交う部屋。


 魔導スクリーンに映し出された相場が崩れていく。数字は赤に飲み込まれ、連鎖的に損失警告が鳴り響く。


「なぜだ……フレイジアが食べられるという報道だけで、ここまで落ちるはずがない……!」


 画面を見つめていた総裁バシル・レンゲルが呟く。


「一時的な反応に過ぎない。冷静になれば――」


 その言葉を遮るように、別の担当官が叫んだ。


「念写通信、リアディス取引所前の映像です!」


 魔導スクリーンが切り替わる。


 そこには、取引所前に並ぶ屋台の群れ――


 どの屋台も、フレイジア球根を使った料理を客に振る舞っていた。


 麺料理、パン、フライ。湯気が立ちのぼり、笑顔で食べる人々の姿が映る。


 その映像が帝国のトレーディングルームに沈黙をもたらした。


 ()()()()()()()()()という現実が、心理を瞬時に反転させたのだ。


 穀物の代替が存在する――それはアズーリア国家戦略投資機構にとって、終焉の合図だった。


「試算出ました! フレイジアを完全な代用可能品だとすると……小麦、終値予測4.3ディム……!」


「馬鹿な、そんな値段――!」


 魔導スクリーン上のグラフは、まるで崖を滑り落ちるように垂直に沈んでいく。


 同時に、各端末で警告音が鳴り響いた。


「マージンコール発動! ポジション、強制決済です!」


 次の瞬間、赤い光が一斉に室内を染めた。


 通常でありえないほどにレバレッジをかけていた国家戦略投資機構の運用残高は、わずか半日で消え失せた。


◆◇◆━◆◇◆━◆◇◆━◆◇◆


 夕刻。皇帝ルキウスの執務室。


 侍従が震える声で報告を読み上げる。


「陛下……小麦先物、3.87ディムで引けました。運用資金200億ディムは――レバレッジの損失により、ほぼ……消滅しております」


 沈黙。


 やがて、皇帝の拳が机を打ち鳴らした。


「愚か者どもが!」


「恐れながら、陛下。帝都の商人も――多くは売りに回ったとのこと」


 ルキウスの瞳に血の色が宿る。


 そのとき、重厚な扉が軋んだ。


 黒衣の男――ヴァルタールが現れる。


「……陛下」


 ルキウスは顔を上げた。


 焦げるような沈黙が、執務室を包む。


「――貴様か、ヴァルタール。説明しろ。なぜこのような事態になった」


 皇帝の声は冷たく、しかし掠れていた。


 怒りよりも、疲労と焦燥が滲んでいる。


 ヴァルタールはゆっくりと歩み出る。黒い外套の裾が床を撫で、燭台の炎が揺れた。


「説明、ですか。……単純な話です。陛下。我々の()()が尽きたのです」


「なに……?」


「金というものは、信じる心に宿る。市場が、アズーリアを信じるのをやめた。それだけのことです。誰の責任でもありません」


 静かな声だった。だが、その一語一語が、刃のようにルキウスの胸を裂く。


「貴様――何を言っている!」


「陛下。我らは長く、帝国の繁栄を支えてまいりました。ですが……」


 ヴァルタールは口元をわずかに歪めた。


 笑みとも、哀れみともつかぬ表情。


「金の切れ目が、縁の切れ目。――商人の世界では、それが唯一の真理です」


 ルキウスが立ち上がる。椅子が音を立てて倒れた。


「ヴァルタール! 貴様、裏切る気か!」


「裏切り……?」


 ヴァルタールは、ゆるやかに首を横に振った。


「いいえ。私はただ、もう買い手を失った国から手を引くだけです」


 その言葉と同時に、背後の扉が風に押されるように開いた。


 夕陽が差し込み、赤い光が床を染める。


「市場は冷酷です、陛下。戦も、政治も、結局は()()()()にすぎない。その流れが止まれば、どんな国も沈む」


「黙れ! 我が帝国はまだ――」


「……()()、ですか」


 ヴァルタールは振り返らないまま、低く笑った。


「では、我らがこの国に価値感じればまた会うこともあるでしょうな」


 重い扉が音を立てて閉じる。


 その音が、帝国の命脈を断ち切る鐘のように響いた。


 ルキウスは動けなかった。机の上に散らばった報告書の数値が、血のように滲んで見える。


 帝国最大の投資機構は崩壊し、国家の信用は地に落ちた。


 戦費の流れを失ったアズーリアは、いま静かに――干上がろうとしていた。

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