第84話 「夜風」
祝勝会が終わり、屋敷の中は静まり返っていた。
食堂の照明は落とされ、テーブルの上には飲みかけのグラスと空になった皿。レイラやミラ、セリナたちはとっくに帰り、フィリアやアイラたちはソファで寝息を立てている。
俺は静かに部屋を抜け出し、バルコニーに出た。
夜風が頬を撫でた。
遠く、リアディスの街の灯りが瞬いている。
昼の喧騒が嘘のように、世界は静まり返っていた。
手すりにもたれ、夜空を仰ぐ。
「――眠れないの?」
背後から声がした。
振り返ると、ティタニアが立っていた。
薄手のショールを羽織り、髪を風になびかせながら、静かにこちらを見ている。
「少し、風に当たりたくてな」
「私もよ」
ティタニアは隣に並び、手すりに寄りかかった。
街明かりが、横顔を淡く照らす。
その瞳はどこか遠くを見ているようだった。
「……静かな夜ね」
「ああ。まるで何もなかったみたいだ」
「でも、何かは確かに変わった。あなたと出会ってから、私の世界はずいぶんと違って見えるようになったの」
ティタニアは小さく笑いながら言った。
「あなたのおかげで、私は戦うことの意味を考えたわ」
「戦う、か……」
俺は夜空を見上げる。真上には明るい星がやさしく瞬いていた。
「アルヴィオ、ひとつ聞いていい?」
「なんだ」
「――これで、戦争は終わると思う?」
俺は少しだけ目を細めて、言葉を選んだ。
「戦争というのは、金が尽きても終わらない。問題は――意思だ。金は尽きる。でも、戦う意思が残る限り、人は戦いを続ける」
ティタニアは静かに息を呑んだ。そして、少し間をおいて、俺を見上げる。
「……じゃあ、その意思を折るには?」
「足元を崩すことだ」
「足元?」
「そうだ。自分が立っている場所が崩れれば、人は前にも進めない。国も、軍も、組織も同じだ。支える地盤――信頼が壊れれば、どんな強い意志も、やがて立っていられなくなる」
ティタニアは、じっと俺の横顔を見ていた。
夜風が、髪をゆっくりとなびかせた。
「そう」
しばらく沈黙が流れる。
「ねえ、アルヴィオ」
「なんだ」
「……あなたのお金、つまり魔力を、少し貸してほしいの」
俺はティタニアの方を見た。
その瞳には迷いがなかった。
――何をするつもりだ?
そう聞きかけて、やめた。
「……わかった。だが、必ず返せよ」
「約束するわ」
俺はアルカナプレートを起動し、ティタニアの枠を設定した。
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残高:63,592,765ディム
【アイラシア・ルミナス】
魔力購入枠:33,592,765ディム(最大値63,592,765ディム)
魔法1回当たりの出力上限:2,048ディム(最大値8,096ディム)
【ティタニア・アズーリア】
魔力購入枠:30,000,000ディム(最大値63,592,765ディム)
魔法1回当たりの出力上限:1,024ディム(最大値1,024ディム)
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プレートが淡く輝き、二人の間に小さな光の粒が舞い上がる。
その瞬間、ティタニアが一歩近づいた。
「ありがとう、アルヴィオ」
囁くような声。
そして――頬に、柔らかな感触が触れた。
ティタニアが、いたずらっぽく笑って離れる。
「契約の証ね」
夜風にその笑みが溶ける。
「……行くのか」
「ええ。私には、まだやることがあるから」
そう言って、ティタニアは踵を返した。
揺れる髪が、軌跡を残す。
「……必ず返せよ」
背を向けたまま、ティタニアが小さく手を振った。
「約束するわ」
その声が、夜の静けさに溶けて消えた。
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翌朝。
ティタニアの姿は、屋敷のどこにもなかった。
念話を送っても、反応はない。
ただ、机の上にはひとつのメモと、ティタニアの髪飾りが残されていた。
『ありがとう。次は、私の番。――ティタニア』
窓の外では、朝日が静かに昇り始めていた。
その光を受けて、髪飾りが淡く光った気がした。




