第8話 「リアディス取引所」
イオナと別れた俺は、リアディスの中心部――アルカセントラルに向かうことにした。
アルカセントラルは、その名の通り世界の経済の中心だ。そしてあそこには、目指すべき場所――リアディス取引所がある。
人混みをかき分けて進み、アルカセントラルへ続く橋を渡りはじめると、取引所の門が見えてきた。
橋を渡る途中、俺はふと立ち止まり取引所を見上げた。その壮大な建物は、まるでこの街の富と権力の象徴のようにそびえ立っている。視線を戻すと数多くの商人たちが、その門をくぐっていく。取引所に入る商人たちは、みな一様に自信に満ちた表情をしているように見える。
「いよいよだな」
そう呟き、気合を入れる。
取引所に入ると、荘厳な装飾やステンドグラスが輝く広々としたホールが目の前に広がっていた。魔法士たちが談笑している傍らで、取引所の係員、商人や投資家たちが忙しなく動き回る。
笑みを浮かべてアルカナプレートを操作する者、頭を抱えながら情報を眺める者、様々な表情も見ることができる。
特に目を引くのが空中に浮かぶ巨大な魔導スクリーンだ。スクリーンには、あらゆる株式、債券や商品などの情報が忙しく表示されている。
ここは、これまでこの世界では見たこともないような活気と熱気が満ちていた。リアディス取引所は、まさにこの世界の経済を動かす巨大な装置だ。
「さて、まずはどうすればいいんだ?」
俺はホールの案内板を見ながら、次の行動を考えていた。兎に角、取引を始めるためには必要な手続きを進めるしかない。受付に並び、順番が来るのを待っていると、やがて係員が俺の方に視線を向けた。
「ようこそリアディス取引所へ。ご用件はなんでしょうか?」
「ここで取引を始めたいんだが、何が必要なんだ?」
俺の問いかけに、係員は丁寧に微笑みながら説明を始めた。
「取引を開始するには、取引所ギルドへの入会が必要です。ギルドの入会試験に合格することで、正式に取引が許可されます。」
「入会試験か……。どうやって受けるんだ?」
「こちらの申込書にご記入いただき、試験料として50ディムをお支払いください。試験は随時実施しております」
俺は、申込書に必要事項を記入し、アルカナプレートから支払いを済ませる。
「アルヴィオ・アディス様、試験の時間です」
しばらくして、試験会場への案内があった。試験は筆記と口頭で行われると説明された。
筆記試験は経済用語や基本的な市場知識を問う内容だったが、前世の記憶を持つ俺にとっては朝飯前だった。問題の中には、トークンコアやアルカナプレートに関する内容も含まれていたが、クロエに教えてもらった知識が役に立った。次々と問題を解き進め、余裕を持って筆記試験を終えた。
次に控えるのは口頭試問だ。
どうやら、フレイジアバブル崩壊以降、知識やリテラシーがない新規入会者を減らすために難易度が大幅に上がっているらしい。試験官が座るテーブルの前に案内されると、厳しい表情の中年の男が俺を見上げた。目には冷徹な光が宿り、スキンヘッドの頭も相まって威圧感を放つ風貌だ。
試験官は、書類を一読するとこちらを見て言葉を発する。
「アルヴィオ・アディス君だな? それでは、いくつかの質問をする」
「ああ、頼む」
試験官は一枚の紙を取り出し、そこに書かれたシナリオを読み上げ始めた。
「ある商品が急激に価格上昇を続けている。市場はこの商品に対して過熱しており、多くの投資家が購入を続けている。この状況下で君ならどう対応する?」
フレイジアバブルを想起させる質問だ。俺は落ち着いて答える。
「過熱した市場ではバブルの兆候を見逃さないことが重要だ。価格上昇の要因を分析し、実需に基づかない投機的な動きであれば、短期的な利益を得るために部分的に売却する。リスクヘッジとしてポジションを減らし、下落局面に備えるのが妥当だ」
試験官は少し目を細め、次の質問を投げかけた。
「では、突然市場が暴落した場合、君はどのように対応する?」
俺は、迷うことなく答えを口にする。
「市場の暴落時には冷静さが求められる。まずは保有資産の損失を最小限に抑えるために、必要なものは損切を行う必要がある」
「同時に、過剰反応による割安な資産を見極め、長期的な視点での投資機会を探る。投資先の前提条件が変わらない場合、これは一時的な市場の歪みと捉え、逆張りのチャンスと考えるべきだ」
「特に市場全体がパニックに陥っている場合、その冷静さが明暗を分ける。ただし、流動性の枯渇と信用収縮の危険性には常に気を配る必要がある。また、リスクヘッジを行い、現金ポジションを適切に確保することも重要だ」
試験官の表情に微かな驚きが浮かんだ。さらに深掘りするように、質問は続く。
「君の言う『過剰反応』とは具体的に何を指すのか?」
「市場心理の過剰な変動だ。短期的なニュースや出来事に過敏に反応して価格が大きく動くことがある。しかし、それが企業や商品の本質的な価値に影響を与えるものではない場合、過剰反応と言える。例えば、フレイジアバブルの崩壊後、一時的に市場全体が過剰に売り込まれたが、実際には一部の商品や会社には影響が少なかった」
試験官はしばらく沈黙した後、満足げに頷いた。
「なるほど…」
試験官の視線が柔らかくなり、最後の質問が投げかけられた。
「君はこの知識をどのように使うつもりだ?」
俺は少し間を置いてから答えた。
「ただ、稼ぐだけだ」
その答えに、試験官は微笑みを浮かべる。
「なるほど、気に入った」
その後もいくつかの質問をされたが、すべて無難に答えることができたと思う。
試験終了し、結果はすぐに知らされた。
合格だ――。
しかし、安心するのも束の間、係員が新たな条件を告げた。
「アルヴィオ様、魔法の使用は可能ですか?」
「いや…」
そう返事すると、係員は続けた。
「でしたら魔法士でないギルド会員が取引所で取引を行うためには、パートナーとなる取引魔法士の登録が必要です」
「取引魔法士?」
「はい、魔法士がトークンコアへのアクセスを担当することで、取引の実行が可能となります。トークンコアは魔法的なアーティファクトであり、魔法士の介在なしでは操作が不可能です。魔法士でないギルド会員は、必ずパートナーとなる魔法士を見つける必要があります」
俺は思わず眉をひそめた。まさか、ここに来て魔法が関わるとは。
魔法が使えない俺にとって、この条件は思わぬ壁だった。一人で何とかなると思っていたが、どうやらそう簡単にはいかないらしい。
「具体的にどうすればいい?」
「魔法士と契約を交わす必要があります。通常は、契約金と成功報酬として取引の一部利益を分配する形になりますが、契約内容は自由です」
つまり、信頼できる魔法士を見つけて契約しなければ、取引すら始められないというわけか。
――やはり、この世界では魔法が富と直結している。
「……わかった。パートナーを探す」
係員は微笑みを浮かべて頷いた。
「はい、ご健闘をお祈りします。まずは、魔法士ギルドに行ってみてはいかがでしょうか?何かお困りのことがあれば、我々にお尋ねください」
俺は係員に軽く頭を下げ、取引所のホールを見渡した。談笑する魔法士たちの姿が目に入る。
次は、魔法士のパートナー探しが必要だ。俺は、迷うことなく魔法士ギルドへ足を運んだ。




