第79話 「暴騰」
アイラの魔法陣から次々と放たれる光がトークンコアへ吸い込まれていく。
<約定確認。小麦先物11.00、11.02、11.06……っ! 止まりません! 次々と買われていきます!>
アイラの念話が震えた。
同時に、アルカナプレートの残高が更新される。
魔導スクリーンの数字はさらに跳ねる。
――11.28ディム。
相場はまだ上を目指している。
だが、俺は冷静に目を細めた。
<ここまで稼いだセレスティア商会の自己資金と大店ヴァース商会からの出資もある。俺たちのリスク許容度は大きい。問題ない>
<わかりました……とにかく信じてやってみます>
<その意気だ。それとアイラ、一旦ここまでの約定を教えてくれ>
<はい! えっと……ここまでで1671万ディム売れています。平均値段は、11.14ディムです>
<よし……>
俺は、一度息を吐いて広場を見渡す。
数多の取引魔法士が光の軌跡を描きながらオーダーを飛ばしている。
魔素汚染という言葉だけで、誰もが恐怖と欲に突き動かされている。
だが、恐怖の裏で冷静に利益を拾う者が必ずいる。
それを俺は、前世で何度も見てきた。
<ティタニア、魔力石市場の状態をチェックできるか?>
<ちょっとまってなさい>
上空でティタニアがリクエストリンクを展開する。
<今行ったわ。標準魔力石3403ディム、空の魔力石0.32ディムといったところね>
<了解だ。昼休みの時間まで1000万ディム分の標準魔力石先物を時間分散で淡々と売りを入れてくれ>
<1000万? 何回発注させる気よ?>
<ティタニアの魔力量なら余裕だろう?>
<そうだけど! 仕方ないわね。 やってあげるわ>
ティタニアは悪態をつきながらも魔法陣の展開を始める。
それを確認してアイラと視線を戻す。
<アイラ、小麦の様子はどうだ?>
<いま11.48ディムまで買われています!>
<まだ買わせておけ! 仕込みの時間だ>
――11.68ディム。
――11.72ディム。
――11.71ディム。
市場の見せた一瞬の迷い。俺はそれを見過ごさない。
――ここからが本番だ。
<アイラ! もう一段売るぞ。11.5ディムまで押し返す>
――11.70ディム。
――11.69ディム。
――11.70ディム。
<11.7の買い圧力が強いです>
<かまわない。どんどん売れ>
――11.69ディム。
――11.68ディム。
――11.65ディム。
<ちょっと買い圧力が下がってきました>
<その調子だ。押し込む>
――11.59ディム。
――11.55ディム。
――11.52ディム。
「久々にまともな売りがいるな……!?」
「誰だ、こんな大量に叩き売ってるのは!」
「馬鹿な奴がいる」
そんな声が周囲から聞こえてくる。
そんな折、リックがトークンコアの周回軌道から降りてくる。
「アル、誰だか知らないけど強烈に売ってるやつがいるぞ」
リックは息を荒げ、スクリーンの数字を指差した。
――11.51ディム。
――11.49ディム。
買い一色だった相場が、わずかに軋み始めている。
「……アル、これってまさか」
「ああ。俺たちだ」
「正気かよ? 市場全体を敵に回してようなもんだぞ!?」
「構わない。熱狂している時こそ、冷静でいられる者が勝つんだ。リック」
「なるほどね。なんだかわからねえけど、自信がありそうだ」
リックは、一瞬考え込む素振りをする。
「……アル、俺もアルに乗っていいか?」
「好きにしろ」
リックは、口角を上げた。
「よし! こういう時はアルに乗るに限るね。ふ~、痺れる展開だな!」
リックは、そう言うと空中に戻っていく。
その姿を見送った直後、アイラから念話が飛んでくる。
<アルさん! 小麦の出来高が減少してきています>
<昼休みも近い。買い方は、午後から仕切りなおす腹積もりだろう>
<これからどうしますか?>
<このあたりで少しずつ売りを入れていこう。できれば3000万ディムくらいは売りたい>
<わかりました。少しずつ売っていきますね>
――11.52ディム。
――11.50ディム。
…………
……
その後しばらくは、11.5ディム前後で推移していた。
この束の間の下落は、ちょっとした疑心暗鬼を生む。
高値でつかんだ握力の弱い連中は、何かあれば真っ先に手放す。
<ある程度売れたな。アイラ>
<そうですね……でも、こんなにたくさんのショートポジション、不安になります>
アルカナプレートを確認する。
小麦先物は、9864万ディムのショートポジション。平均売値は11.47ディム。
<不安になるくらいがちょうどいい。それに、ここまでは順調に売れている>
<そうですね>
<そろそろお昼だけど気を抜かずにやり切ろう>
俺がそう言った直後――
魔導スクリーンが、再び赤く点滅した。




