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俺だけ魔力が買えるので、投資したらチートモードに突入しました  作者: 白河リオン
第八章 「ディセンディング・トライアングル」

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Intermission 20 「クーデター追放王女の割とガチ目な脱出劇Ⅳ」

 翌朝、ティタニアは近くの村の広場に姿を見せた。


 ラウラが袖を引く。


「姫様、あまり人前に出るのは――」


「旅の女ってことにしておけばいいのよ。ね?」


 その姿を見て、クロエが肩をすくめる。


「まあ、ばれないように振る舞えるならね。貴族の振る舞いは意外と目立つのよ」


「大丈夫、帝都ではよく宮殿を抜け出してたから」


 ラウラが驚きの表情を浮かべる。


 そんなラウラの表情はお構いなしにティタニアは屋台へと駆けて行く。


 籠いっぱいに積まれた焼きたてのパンから、香ばしい匂いが立ち上る。


「これ、一ついくらですか?」


「四ディムだよ。今朝焼いたばかりさ」


 ティタニアは懐からアルカナプレートを取り出す。


 老婆が支払いを確認して頷くと、焼きたてのパンを包み紙にくるんで差し出した。


 ティタニアは香りを楽しむように深く息を吸い込み、ぱくりと一口かじる。


「……おいしい。外は香ばしくて、中はふわふわ」


「そりゃあ、村の小麦は風味がいいからねぇ。お嬢さん、旅の人かい?」


「ええ、少し事情があって。今は友人たちと旅をしているの」


 老婆は目を細めて笑った。


「そうかい、ならゆっくりしていくといい。あんたみたいな若い人が寄ってくれるだけで、村の空気が明るくなるよ」


 その言葉に、ティタニアは微笑みを返した。


 パンを頬張りながら歩いていると、花を編んでいる子どもたちの姿が目に入った。


「なにを作ってるの?」


 しゃがみこんで声をかけると、幼い女の子が顔を上げた。


「お姉ちゃん、見て! お花の冠なの!」


「わあ、綺麗ね。上手にできてるじゃない」


 少女は照れくさそうに笑いながら、小さな手でティタニアの頭に花冠をのせた。


「お姉ちゃんにあげる! お花の似合う人に渡すって決めてたの」


「えっ……ありがとう」


 ティタニアは一瞬、驚いたように目を瞬かせた。


「こんなに綺麗な冠、もらっていいの?」


 少女は胸を張って笑う。


「うん! だって、お姉ちゃん、笑ってる顔がすごくきれいだから!」


 その無垢な言葉に、ティタニアは思わず息をのんだ。


 ラウラとクロエが少し離れた場所から見守っている。


「……ありがとう。大事にするわ」


 花冠をそっと押さえるティタニアの指が、わずかに震えていた。


 少女が去ったあと、ラウラが近づいて小声で囁く。


「姫様……、目立ってしまいます」


「いいのよ。たぶん、誰も気づかないわ。――それに、こんな嬉しい贈り物いつ以来かしら」


 クロエが小さく笑いながら、肩を並べた。


「ティタニア、似合ってるわ。市井の娘も板についてきんじゃない?」


「そう見えるなら上出来ね。こういうの悪くないわ」


 ティタニアは花冠をそっと撫でた。


 ふと見渡せば、子どもは再び遊びに戻り、笑い声が風に乗って村中に広がっていた。


 女たちは水瓶を並べ、男たちは牛を引いて畑へと向かう。


 どこまでも穏やかな光景に、ティタニアは目を細めた。


「……これが、おじさまが守る日常なのね」


 呟いた声は、誰に向けたものでもなかった。


◆◇◆━◆◇◆━◆◇◆━◆◇◆


 翌日の午後、空は薄曇りだった。


 ティタニアが館の回廊を歩いていると、廊下の奥から足音が近づいてきた。


 アルド・グラニエが、険しい表情のまま早足で現れる。


「……おじさま?」


 その呼びかけに、アルドはティタニアを見据える。


「ティタニア、ここにいたか。すぐに支度をしなさい」


「どうしたの?」


「哨戒に出ていた部下が戻った。政府軍が西の峡谷を越えた。――あと半日で、この地に達する」


 その言葉に、空気が凍りついた。


 クロエが眉を寄せる。


「……早すぎるわね。普通の軍の進軍速度じゃない」


「おそらくは黒鉄(くろがね)師団だろう。魔法兵のみで構成される皇帝直属の討伐部隊だ」


「黒鉄師団……!」


 ラウラが息を呑む。


 アズーリア帝国でも最精鋭とされる部隊――かつてティタニアが宮廷で見たことのある、漆黒の魔導鎧に身を包んだ戦士たち。彼らが動くということは、もはや示威ではなく殲滅を意味していた。


 アルドは静かに頷いた。


「奴らは命令に忠実だ。標的が“王家の血”ならば、村ごと焼き払うことも躊躇わぬ」


 ティタニアの顔から、表情がすっと消えた。


「おじさまは……ここを離れるつもりはないのね」


「私はこの地を離れぬ。領民を捨てて生きるなど、貴族の恥だ」


 老いた声に揺らぎはなかった。


 ティタニアは唇を噛みしめる。


「……おじさま、私は――」


「ティタニア」


 アルドはティタニアの手を取って首を振った。


「ティタニアがここで死ねば、希望までも消える。あの男が何を望もうと、我々が繋ぐべきは命と血だ。逃げなさい」


 クロエが間に入る。


「……道は私が開くわ。東の峠に抜ける隠し道がある。古代の戦争でに使われた補給路よ。その向こうの谷を抜ければ、アルク王国よ」


 アルドは頷き、護衛数名に短く命じた。


「我らの姫を導け。谷間の古橋は今も使えるはずだ。すぐに出発せよ」


「おじさま――」


 ティタニアは言いかけて、言葉を飲み込んだ。


 アルドは柔らかく微笑み、まるで子どもの頃のようにティタニアの頭を撫でた。


「立派になったな。カタリナもきっと、誇りに思っている」


 その掌の温かさが、胸を締めつけた。


◆◇◆━◆◇◆━◆◇◆━◆◇◆


 夕刻。


 空は血のような夕焼けに染まり、風が焦げた匂いを運んでいた。


 ティタニアたちは少数の護衛とともに、屋敷の裏手の丘を登り東の峠を目指していた。


 クロエが魔法で風を探りながら呟く。


「……追手はまだ来ていない。けど、時間の問題ね」


 頂上付近についたころ――。


 遠く、地鳴りが響いた。


 空の向こうで閃光が走り、低い轟音が遅れて届く。


 クロエが息を呑む。


「……砲撃。始まったわ」


 ティタニアは振り返った。


 彼方。グラニエの館が、炎に包まれていた。


 朱に染まった煙が夜空に立ちのぼり、燃え崩れる音が風に混じって届く。


「っ……!どうして、おじさま……」


 ティタニアの声が震え、頬を涙が伝った。


 ラウラは黙って、袖でその涙を拭った。


「姫様……。あの方の想いを、無駄にしないでください」


 ティタニアは深く息を吸い、涙を拭い、燃える空を見つめた。


 その瞳は、炎と同じ色に染まっていた。

ここまで読んでくださりありがとうございます!

フレイジアの秘密とティタニアとの出会いを書いた第8章はこの話が最後です。次回以降はティラナ戦役編の最終章となる第9章が始まります。引き続き読んでいただけると嬉しいです。


よかったら下の☆☆☆☆☆から評価をいただけるととても励みになります。

よろしくお願いします。

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