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俺だけ魔力が買えるので、投資したらチートモードに突入しました  作者: 白河リオン
第八章 「ディセンディング・トライアングル」

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Intermission 19 「クーデター追放王女の割とガチ目な脱出劇Ⅲ」

 帝都を離れて数日。ティタニアたちは峠を越え、ようやくグラニエ辺境伯領の境へとたどり着いていた。


 小川のせせらぎと、遠くで鳴く牛の声。戦いの気配のない、穏やかな風が頬を撫でた。


「この辺りは、空気が美味しいわ」


 馬上で軽やかに伸びをするティタニアの姿に、ラウラは半ば呆れ顔だった。


「姫様……のんきですね……私たち、追われてるんですよ?」


「追われてるって言っても、危なかったのは、帝都の時だけだもの」


「そういう問題ではありません!」


 ティタニアの言葉はいつも軽やかだ。


 危機を前にしても、まるで芝居の台詞のように冗談を交えてしまう。


 けれどその声に、不思議と周囲の緊張が和らぐ。クロエが手綱を引きながら、微笑をこぼした。


「まあ、気持ちはわかるわね。ここは、のんびり過ごすにはよさそうね」


「クロエ様まで! 少しは危機感を持ってください!」


「ラウラ、あんまり目くじらを立てないで。せっかくの可愛い顔が台無しになるわよ?」


 ティタニアが冗談めかして笑う。


 ラウラは唇を尖らせたが、やがて息をつき、肩を落とした。


「……もう、姫様のそういうところ、嫌いじゃないですけど」


 その言葉にティタニアはくすりと笑った。


 しばらく進んでいると視界が開ける。 


「……ほら、見て。あれがアルドおじさまの館よ」


 ティタニアが指差した先、盆地の中央に古びた館が見えた。石造りの外壁に蔦が絡み、周囲を森が囲んでいる。


 馬を進めると、門前に老兵が立っていた。彼はティタニアの顔を見るなり、息を呑み、慌てて膝をついた。


「まさか……ティタニア様……!」


「ええ、久しぶりね、フィデル」


 ティタニアは馬から軽やかに降り、軽く笑みを見せた。


「姫様……生きておられたとは……!」


 老兵の声は震えていた。


「驚かせてしまったわね。でも、あまり大げさにしないで。それよりも、おじさまに会いたいのだけど?」


「はっ……! すぐに館へお通しします!」


 老兵は急ぎ門を開き、三人を案内した。


 館の前庭は、よく手入れされていた。石畳の道沿いには白い花が咲き、風にそよいでいる。


 広間に通されると、そこには白髪の老貴族――アルド・グラニエが立っていた。


 鋭い目を持ちながらも、どこか温かな眼差し。ティタニアが頭を下げるより早く、彼は歩み寄ってきた。


「ティタニア……! よくぞ無事だった!」


「おじさま。お久しぶりです」


 ティタニアは微笑んで答える。


 アルドはティタニアの肩を掴み、震える手でその頬を確かめた。


「こんなに大きくなって……そなたの母…カタリナによく似ておる……」


「おじさまは相変わらずね」


 軽口に、アルドは笑った。


「ふふ……その口の利き方も、カタリナそっくりだ」


 ラウラが控えめに頭を下げると、ティタニアが紹介した。


「こちらは、ラウラ。私の付き人よ。そして――こちらが、クロエ様。この方の助けがなければ私はここにはいないわ」


 クロエは一歩前に出て、軽く会釈をした。


「……クロエ・アディスと申します。少々のご縁で、姫様の旅路に同行しております」


 アルドは一瞬、赤い瞳を見て息を呑んだが、何も問わなかった。


「姪を、ティタニアを助けて頂いて本当にありがとうございます。……今日は、ゆっくりと休んで長旅の疲れを癒してください」


「ありがとうございます。そうさせていただきます」


 クロエの返答にティタニアも続く。


「ありがとう、おじさま。でも、その前に聞かせて。帝都の状況……こちらにも入ってきているのでしょう?」


 その問いに、アルドは一瞬だけ目を伏せた。


「ああ……現在、掴んでいる情報によると、王宮はクーデター勢力に占拠され、皇帝陛下とユリウス殿下は亡くなった……と聞いている。ルキウス殿下が帝位を名乗り、旧臣の多くが処刑されたそうだ」


 ラウラが息を呑み、クロエが静かに目を閉じた。


 ティタニアだけが表情を変えず、軽く頷く。


「そう」


 短い言葉の奥に、重たい感情が沈んでいた。


「帝都の各門は閉ざされ、街は戒厳令下だ。貴族の一部は投獄、あるいは処刑……私の使者も戻らぬ」


 アルドは苦々しげに拳を握りしめた。


「私も、そう長くはない」


「だったら、逃げましょう」


 ティタニアの提案にアルドはゆっくりと首を横に振る。


「……私は、この地を離れることはできん。領民たちは私を頼っている。私が逃げれば、彼らは見捨てられたと思うだろう」


 アルドの声は穏やかだったが、その響きには覚悟があった。


 ティタニアは目を伏せ、沈黙した。


「ここにいる者たちは、皆この土地で生きてきた。私はそれを守る責務がある」


 ラウラが口を開きかけたが、ティタニアが小さく手を上げて制した。


 代わりに、柔らかく微笑む。


「……おじさまらしいわ。そういうところ」


 アルドは苦笑し、椅子に腰を下ろした。


「ティタニア。政府軍は必ず迫ってくる。長居はできないかもしれぬぞ」


 アルドは言葉を区切り、ゆっくりと立ち上がった。


 その瞳には、老いてなお衰えぬ炎が宿っていた。


「だが――我らも座して死を待つわけではない。しばらくは、抵抗して見せよう。その間は、ゆっくりしていきなさい」


 その声は穏やかだったが、どこか覚悟を帯びていた。


 ティタニアは小さく息を呑み、やがて微笑んだ。


「……ありがとう、おじさま」


 アルドの表情がわずかに緩んだ。

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