8
「や、やあ」
畑に水やりをしているとメガネ君が現れた。
「今日もいい天気だし、一緒に散歩でもどうかな」
「あ、はい」
「じゃあ近くに丘があるんだけどそこでいいかい」
「はい」
リチャードは腕を出して私を見つめてくる。
(? あ、エスコートだ)
ここ数年忘れていた貴族令嬢の習慣をやっと思い出す。
(これじゃ本当に庶民じゃない)
「この道は木陰で涼しいだろう」
「そうですね」
「この丘からは村が一望できるのさ」
「きれいですね」
「ここにはもう来ていたかな」
「いいえ、初めてです」
「疲れたかい?」
「別に」
はうー 会話が続けられない!
そう言えば私、年頃の男性と気軽なおしゃべりってほとんど経験ないじゃん!
帰り道なんてほぼ無言。
「楽しくなかったかな‥」
公爵邸が見えてきたあたりでリチャード様がつぶやいた。
う゛、リチャード様が困っている!
私はプライドを投げ捨てて、白状することにした。
「そのぅ‥ 私、男性とお話するの、どうしたらいいか分からないんです! 前は婚約者がいたけどほとんど相手にされなかったし、職場は女性ばかりで若い男性とは業務連絡しかしたことないんです。‥だから今日は楽しいのにどうやって話したらいいか‥」
くそ恥ずかしい。
「そうなのか」
リチャード様はにっこり受け入れてくれた。
「では、しばらく僕で練習するといい」
公爵邸の門を通ったらお別れだ。
やっと一息つける。
「今日はお誘いありがとうございます」
彼の腕から手を離したのに、なぜか手をつかまれてしまう。
「また明日」
リチャード様は私の手の甲にキスをした。
(フギュウッ?)
脳内がおかしな音を立てる。
どうも壊れたみたい。
メガネ君、相手が格下だと思っているから強気。