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「そこの娘、何をしている」
そんなある日、私はお高そうな衣服に身を包んだ男性に声をかけられた。
見覚えのあるメガネをかけている。
名前は‥まだ思い出せないけど。
「ここは公爵家の庭園だ。見たところ村の娘のようだが」
はい、ずいぶん日に焼けましたし、今の私は聖女より村娘に見えますよね、そりゃあ。
「許可は取ってありますわ」
「そうか、ならば構わぬが」
青年はジロジロ私を見てくる。
まだ私の正体には気がつかないらしい。
私はメガネの方から気がつくまで、放っておくことにした。
のんきに目の前のトマトをもぎる。
「食べてみますか」
令息は片眉を持ち上げる。
「‥トマトは食せるのか?」
この国ではまだトマトは観賞用だ。
私は食事が貧しかった王都時代、食べられそうなものを取りあえず口に入れて試していたから知っているけど。
「はい、おいしいですよ」
自分で一つ食べて見せてから真っ赤なのを手渡す。
普通のであればアクが強いが、私が不思議パワーをこめながら育てているせいか、この畑のだけは甘い。
公爵家の台所でも評判が良いのだ。
「ふむ‥確かに」
不安そうに口に入れた令息の顔がほころぶ。
「庶民はこのような物まで食すのか。勉強になる」
手製のトマトをほめられて私もうれしい。
「僕はリチャードだ、君の名を聞いても?」
メガネの名前がやっと分かった。
「ルイー、ゼです」
本名はルイーズだ。気づくかどうか微妙なラインの偽名を名乗ってみる。
「そうか、僕はこれで失礼する」
まだ気がついていないみたい。
「お孫さんが着いたようですね」
夕飯時に公爵閣下にたずねてみる。
「ああ、一緒に食事を誘ったのだが‥断られてしまった」
孫が休暇で帰省することは知っていた。
そのために使用人たちが別館を整えていたし。
公爵邸はだだっ広いから仲が悪いのかと邪推してしまったが違うようだ。
「孫はあの疫病で亡くなった息子夫婦の忘れ形見なのだよ。私は‥あの時領民を助けるため、領地を駆け回っていてね。王都にいる息子たちの見舞いにも行けなかったのだ。まだ‥わだかまりがあるのであろうな」
仲良くしてやって欲しい、と閣下に頼まれてしまった。
(まあ元婚約者様よりずっとまともそうだけど)
「カンガエテオキマス」
私の口からは棒読みのセリフしか出なかった。
(公爵家の孫かぁ。友達にはなっても良いけど色恋沙汰には避けたいんだよね)
しばらくは気軽につきあえる関係以外いらない。
(村娘の誤解はそのままにしとこう)
次の日も良く晴れたから、私は暑い中トマトを収穫する。
侍女には日陰で待機してもらった。
「君は今日も仕事かい?」
急にメガネ君、じゃなくてリチャード様が一人で現れた。
「はい、今は毎日収穫できますの。そうだわ、こちらリチャード様に差し入れしましょう」
バジルとセロリも籠に摘み、彼に渡す。
「良いのかい、ありがたく受け取るよ」
メガネは素直に喜んでくれた。
「良ければ明日も届けますよ」
「それは助かる」
体調が悪いとパソコンってバグりますよね。
ユーザーの生命エネルギーで動いている説を唱えています。
今日はやっと回復しました。