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「お義姉様はどうしてそんなに冷酷なの、やっぱり殿下のことなんてちっとも愛していなかったのね」
義妹の矛先が私の人格に移った。
「殿下にお茶に誘われても、いつもお姉さまはお断りになったわ、殿下がさみしそうだったから、わたくしがお慰みしていたのよ。婚約者には優しくしましょうねってわたくしが何度頼んだことか、覚えていらっしゃる?」
覚えていません。言われていないから。
しかし義妹のディスリによって広間の空気が変わった。
私に問題があるかのように。
いつもながらさすがだ。
あの子が本気でたらしこんだら、殿下なんかイチコロだろう。
「そうだ、ボクと聖女の仕事どっちが大事だったんだ」
「もちろん仕事です」
私は即決した。
「ほら、やっぱりお義姉さまはひどい‥」
「仕事ばかりで、ボクを愛さない君とは、結婚なんてできない」
うん、しないよ。
「えっと、疫病が広がっていたのはあなたがたも存じよね」
ここ数年、我が国は伝染病が蔓延していた。
災害時に収束を祈るのは、聖女にとって必須業務だ。
「わたくし神殿と王家の仕事で目の回るような忙しさだったの。殿下との親睦を後回しにしたことを後悔はしていなくてよ」
国家の存亡に愛をささやける立場ではない。
「君が? 忙しい? 我々が病人の慰問や炊き出しをしていた時、君は姿も見せなかった!」
それでも殿下は声を上げる。
「そうよ、お義姉様がただお祈りをしている間わたくしたち大変だったのよ。まさか王都から逃げ出したなんてうわさは本当なのかしら」
妹はニヤッとした。
ああ、あのうわさはこいつが出どころか。
最近王都では私の悪評が広まっていた。
神殿で祈りをささげているはずの聖女が、都を逃げ出して田舎に逃げていたと。
あの聖女は本物なのか、と神殿に訴える者まで出てきた。
私はスッと息を吸いこんだ。
ここが正念場である。
「存じております、王立病院の慰問と城前広場での炊き出しでしたね」
とりあえずこいつらが安全な場所にしか行っていないことを強調して、
「感謝しておりますよ。わたくしが王国の各地を回って魔女や薬師たちに応援を頼んでいた間の、お話ですよね」
そう、私はつい最近までずっと、疫病の蔓延する地を旅していた。
「貴族の方々に要請されて、地方の病院に薬を配ったり穀物の流通調節とかもしていましたから、確かに王都にはいませんでしたわ」
ご存じの方もいるでしょう、と周りを見渡すと広間の貴族たちもうなずいた。
地方領主の面々だろうな。
私は嫌味ったらしく言葉を吐く。
「殿下は私が睡眠時間をけずって駆けずり回っていた時、ずっと王都で義妹とイチャイチャ慈善活動をされていたのですよね」
疫病が収束するまで、本当に頑張った。何回か吐いたなぁ。
「まさか‥そんな報告は受けていない」
「知らないわ! お義姉さまの嘘じゃなくて」
婚約者と義妹はたらたら汗をかいている。
自分たちが悪者にならないよう必死だね。
「あのう‥報告書には記入しましたけれど」
メガネ君がメガネをふきながら殿下に耳打ちする。
まあ報告していないとかありえないし。
「そんなの毎回は読んでいない! 大事なことは口頭で報告しろ!」
読めよ。
メガネ君には同情しちゃう。
「殿下、情報は自分から集めないと集まりませんよ。我が家の家族なんて、わたくしが何か月も留守にしたのに何も聞かれませんでしたもの」
だから義妹も『私が出かけていたこと』しか知らない。
「この間一緒にお茶を飲んだだろう、その時に君が報告すればいいじゃないか」
「そうですね、報告しようとは試みたのですが」
確かに先週やっと時間が取れたからお茶に誘った。
しかしそれについては私も文句を言いたい。
「私が何度も話しかけたのに殿下は見向きもしなかったじゃありませんか。義妹にばかり夢中で」
「それは‥」
「まあ確かに、睡眠不足で目は充血でお肌荒れ放題、ドレスを新調する暇も予算もなくて着まわしてばかりの私より、高価な宝石やドレスで美しく着飾っているマルガリッタの方が気に入るのは分かりますけど」
まわりの使用人たちが殿下と義妹を残念な目で見始める。
これで我が家での私の立場が、鈍感な殿下にも理解できたかな。