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義妹が真の聖女を名乗る根拠はあるのだろうか。
「ああ、それなら元大聖女であったアルスラ様の遺言状がある」
王太子は自信満々で書状を取り出した。
「我、アルスラは聖女ルイーズの資格を取り消し、新たに真の聖女としてマルガリッタ・サフラン伯爵令嬢を任ずる。ちゃんと本人が書いたと署名と日付も入っている」
「いくら修行を積んだところで、大聖女様の決定の方が重視されるのよ」
二十年前に聖女を引退された大聖女アルスラ。
確かに彼女の推薦なら法的にも問題ない。
しかし‥
私はそれをまじまじと見つめてつぶやいた。
「日付が三か月前ですけど‥えっと、大聖女様はその時点で意識不明でしたよ」
さっきまで勝ち誇っていた二人の顔が一気にこわばった。
これは王子も義妹も知らなかったようだ。
「な、何を言う、アルスラ様がお亡くなりになったのはもっと後のはずだ」
「いえ、亡くなったのは一月前ですけど、半年前からアルスラ様は目を開けることもできなかったそうですよ」
アルスラ様はもう何年も前から床に臥せっていた。
神殿にとっては重要人物だから、その病状は細かく伝えられていたのだ。
『水分しか摂っていない状態で半年も持つとは、さすが大聖女様』と、神殿ではずいぶん話題になっていたのだ。
「殿下は知らされていなかったのですか? 陛下は信頼している方には伝えたと思いましたけど。殿下って王太子でしたよね」
殿下の顔がどんどん青ざめる。
「ボ、ボクが知らされない訳ないだろう。君が聞かされた情報が間違っているんだ。意識が時々戻ることは良くある!」
「もしわたくしのかん違いで、アルスラ様の意識が戻ったとしましょう、あなた方瀕死の病人に書類作成させたのですか? 困った話ね」
私はわざとらしくため息をついた。
「ともかく、その書類は宰相に提出して真偽を確かめていただかないと」
メガネ君は殿下の手から書類を引きぬく。
「まあ、お姉さまはわたくしが嘘をついていると疑っているのですね、悲しいわ」
義妹は殿下にしなだれかかった。
嘘以外にないだろう。
「純真な妹を疑うとはとんだ悪女だな」
殿下はハンカチでマルガリッタの顔をぬぐう。
少しは疑うってことを覚えろ。
「それは偽物でしょうから」
私ははっきり言ってやった。
「あなた、その書類はどうやって手に入れたの? 誰かにだまされたんじゃないかしら。もし作成したのが伯爵家だったら国家に対して偽証をしたことになります。もちろん純真なあなたが嘘をついただなんて万が一にもありえませんけど?」
義妹は口をパクパクさせた。
分かりやすい子。
「ですので、手続きを踏んでいただけますか? 遺言状が本物であれば良いのだけれど」
書類の偽造をごまかせたとして、断罪劇なんてどうせ親にも相談せず二人だけで決めたのだろう。
盛大に怒られろ。
「そうだわ、本物だったら聖女の立場は義妹に譲ります」
お義姉ちゃん、そこまで聖女にこだわっていないのだよ。
「あ、もちろん婚約破棄の方はご自由に。」
王太子の婚約者も、もういいや。
「どうぞ義妹を幸せにして下さいね。あ、違約金などは伯爵家に請求を」
広間のザワザワはいっそう大きくなった。