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寒さが消えてコートが必要なくなったとある日の午後、私は婚約者の王太子に呼び出された。
なぜか義妹のマルガリッタが隣にいる。
「ねえお義姉様、わたくしに殿下と聖女を譲ってくれません?」
義妹は唐突におねだりをしてきた。
まるでアクセサリーでもねだるかのような気軽さだ。
私はため息をつく。
「そんな簡単にあげられるものじゃなくてよ。あなただって分かっているでしょう」
妹はにんまりした。
殿下が重々しく口を開く。
「ルイーズ、僕は悪評絶えない君と婚約を破棄して、真の聖女であるマルガリッタと結婚したい」
「お義姉様ごめんなさい。でももう王家や民を偽るのをやめて。ご自分を聖女だなんて‥」
なるほど、私を偽物にするのか。恋愛小説みたいな流れだな。
いつかそうなるかもと覚悟はしていたけれど、そんなテンプレセリフを聞かされるとは予想できなかったよ。
口にして恥ずかしくないのだろうか?
ここは王宮の広間だ。当然人の目は多いのに。
ほらみんなザワザワしてきたじゃん。
「聖女を偽称した魔女ルイーズは国外へ追放とする」
そして彼は私が婚約者を放って王都を留守にしている間、いかに義妹が優しく民と自分に寄りそったかをとうとうと語りだす。
王太子の腕に絡みつく義妹がニヤニヤこちらを見てきて、私はイラっとした。
私は二人と戦う覚悟を決めた。背筋と腹に力をこめて声を上げる。
「はい、了解いたしました」
ニッコリする私と動きが止まる王子。
「では聖女解任の手続きを」
「そんなこと必要ない、その魔女を今すぐ連れ出せ!」
命令する王太子と、困惑する近衛兵。
そりゃそうだ。今まで聖女として尊重されてきた私をつまみ出すなんて、紳士な彼らには無理だろう。
彼らに私は問い詰める。できるだけ穏やかに。
「国外に追放するとおっしゃいましたが殿下、わたくしを追い出す法的根拠はございますか?」
「王族のボクが命令しているのだ、問題はないだろう」
「お待ちください、殿下!」
やっと殿下を止める臣下が現れた。メガネ君が小走りで近づいてくる。
彼は、えーっと宰相補佐兼殿下の側近の‥名前は忘れた。
「聖女を解任などありえません! もし国外に追放したら、殿下と言えども罪に問われてしまいます!」
「はぁ?」
この国では聖女に対する法律がしっかりある。
メガネ君のおかげで納得させる手間がはぶけた。
「聖女解任には、陛下と宰相と神殿の了承が必要です。殿下であってもくつがえせません。わたくし二十年ぶりの聖女ですから、国も大事を取ったのでしょう」
「だ、だから、お前は偽の聖女で‥」
殿下は分かっていないようだ。
「ご存じと思いますが、この国で聖女に認定されるには、三年の修行を経て神殿に証明書を発行させてもらうか、元聖女か認定魔女の推薦状が必要になります。わたくしは魔女トルベからの推薦があったにもかかわらず定められた修行も修めました、」
修行をしたのは「お姉さまが聖女だなんて嘘よ」と義妹が騒ぎ、実の父親まで同調したからだ。
「それでもわたくしは偽物なのかしら」
大体、義妹が真の聖女になれるわけがない。
どちらの条件も満たせないはずのマルガリッタは、しかしニヤッと笑った。