第2話 夢と現実
教室に帰って、授業を受けて、気付けば放課後になる。
アラサーだった自分が高校生なんて何年ぶりだって話で、ふつうなら新鮮で面白い体験なのだろうが今回ばかりは楽しむ余裕もない。
もう少し状況を整理したいし、まっすぐ帰るとしよう。
「奏多、だいじょぶそ?」
荷物をまとめて席を立とうしていた俺の顔を覗きこんでくる女子生徒。
「は? え、だれ?」
「はー? なに言ってんの? 玲奈でしょ。宇佐美玲奈」
いや、知らんが。
しかし作中でも久住奏多にやたらと絡んでいる女はいた気がする。名前も立ち絵もなかったと思うけれど。
金髪のギャルメイクで正直苦手なタイプだが、ふつうに美少女だった。
「カラオケでも行く? こういう時は叫ぶしかないっしょ」
「いや、俺はそういう気分じゃ……」
「いいからいいから。行こうぜー」
俺は半ば強引に引っ張られて、教室を後にした。
「どしたん? 手なんか見つめて」
「べ、べつに……」
カラオケ店の個室でソファに座った俺は、思わず自分の手のひらを見ていた。
人生で初めて女子と手を繋いでしまった。ドギマギするなと言う方が無理な話である。
「今日の奏多マジでおかしいね」
「そ、そうか?」
「うん。いつもはもっとよゆーのある男って感じ」
陽キャチャラ男の中身が陰キャアラサーにすり替わっているのだから無理もない。
俺の恋愛経験は画面の向こうなら4桁以上、しかしリアルとなれば誇らしき無なのである。
「まぁ、いいけどねー。なんか、今日の奏多かわいいし?」
当たり前のように隣に腰を下ろしてくる宇佐美。そもそも彼女と久住奏多はどういう関係なのだろうか。恋人? それともまさか、セフレとか?
「こうなったらもう、歌うのやめよっか」
「え……?」
「うら若き男女が密室で2人きりだよ? もっとやることがあるじゃんね?」
カラオケボックスは密室ではないと思う。なんて言う暇もなく宇佐美は甘えるように擦り寄ってきた。クラクラするような女の子っぽい香りがした。
「ほら、いいよ?」
俺の手のひらが宇佐美の胸へと導かれる。
「え、は? ええ……?」
おっきい。柔らかい。触ってるだけで気持ちがいい。
困惑しながらも手を離すことはできなかった。むしろ一生味わっていたい心地よさで、俺の脳はおっぱいに侵されていた。
この世界に来てからの全てがどうでもよくなるかのようだ。
「ふふ。好きだよねー、おっぱい」
柔らかく笑った宇佐美は聖母のよう……かと思いきや、今度はニヤリと小悪魔な笑みを浮かべる。
「こっちもしっかり、大きくなってるね」
彼女の手が俺の股間に伸びてきて、ズボンの上から長い爪がカリッと刺激した。
それだけで俺の身体はビクッと痙攣して、成す術なくされるがままだった。
いつのまにか利用時間の終了が近づいて部屋の電話が鳴らされるまで、俺はずっと宇佐美にお任せで、夢の世界にいた。
「どうだった?」
「え、あ、その、最高でした……」
「よかった。奏多、ちょっと元気出たみたい」
2次元って、チャラ男の日常って、やべえ。
一応言っておくと、本番はしていない。あくまで、イチャコラさせてもらっただけである。
◆◆◆
久住奏多としての生活が始まって、およそ2週間。チャラ男はモテモテであったらしく、勝手に慕ってくれる美少女たちのおかげで俺のメンタルはある程度持ち直していた。
そう、あの衝撃的すぎる出来事すら、忘れそうになるほどに。
「…………おはようございます」
昼休みにも関わらずクラスメイトたちに対して告げられた、丁寧な挨拶。
その瞬間、音が消えたかのようだった。
教室の扉を開けて入ってきたのは、この2週間ずっと空席だったクラスメイト——藤咲兎羽。
彼女がいる限り、この現実からは逃れられない。俺も、そして、クラスメイトたちも。
綺麗な銀髪ショートの髪が揺れ、端正な顔立ちが瞬く間に教室を華やかに彩る。
美しい。本当に。これぞメインヒロインの貫禄と言わざるをえない。
それなのに、どこか影を感じるのは俺の先入観ゆえだろうか。
エロゲのヒロインが愛する主人公を失ったら何を思うのか。そんなこと、俺が知る由もないのだから。
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