表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/2

第1話 主人公はもう、死んでいる。

 

 腐れ縁のエロゲシナリオライター、寺島朝日てらしまあさひが交通事故で死んだと聞いた日の夜、俺は浴びるほどに酒を飲んだ。 

 朝日は本当にどうしようもない人間で、救いようのない変態で、狂気じみてさえいたが、それでも、俺の数少ない友人だったのだ――。




◆◆◆




「……すでに知っている人もいるかもしれませんが、皆さんにとても大切なお知らせがあります。昨日、クラスメイトの古橋夕(ふるはしゆう)さんが亡くなりました」


 担任教師は慎重に言葉を選ぶようにしながら語っていく。

 教室の空気は肌感でわかるほど、あからさまに沈んでいた。


「交通事故だったと聞いています。本当に突然のことで、私もまだ気持ちの整理がついていません。悲しい気持ち、信じられないという気持ち、さまざまな感情があると思います」


 ただのエロゲ好きなアラサー陰キャサラリーマンだったはずの俺もクラスの一員として話を聞いている。


「無理に気丈に振る舞う必要はありません。泣きたい時には泣いて、そうやって、みんなで乗り越えていきましょうね」


 申し訳ないが教師のありがたいお話はまったく頭に入ってこない。

 俺の頭の中はずっと、「なぜ?」に支配されていた。


 どうしてこんなことになっている?


 あの日、朝日が死んで、酒を飲みすぎた俺はそのまま寝落ちして、それから——。


「もし、何かお話したいことがあったらお友達でも、先生でも、カウンセラーの先生でも——」

「ねえせんせー。藤咲さんも今日いないけど、どうかしたんですかー?」


 女子生徒の1人があっけらかんと口を挟む。


「え? あ、ああ、彼女は……その、ね。……登校した際には、みんなで温かく迎えてあげてくださいね」

「ふーん。まぁ、大体察してるけどねー」


 藤咲——そう、藤咲兎羽(ふじさきとわ)だ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 知っていた。知らないわけがない。

 藤咲兎羽は某エロゲアワードで大賞を受賞した大人気美少女ゲーム『永遠の小夜曲セレナーデ』のメインヒロイン。


 俺がこの世界で目覚めた時、視界にはまず藤咲兎羽が映った。同時に、主人公である古橋夕の姿も。


 ああ、なんて仲睦まじまいカップルだろう。これは純愛を愛するエロゲーマーである俺にとって、理想であり、夢の景色。


 だけど次の瞬間、季節外れの雪にスリップした大型トラックが2人の元へ突っ込んで来た。夕は当然だと言わんばかりに兎羽を庇って、自らの身体を投げ出し、犠牲にする。

 泣き叫ぶ兎羽と、大怪我を負って血傷だらけの夕。それが、この世界における最初の記憶。


 俺は今、エロゲの世界にいる。


「うぷっ…………」


 突如、胃の奥底から爛れた熱いものが込み上げてきた。


「す、すま、せん、と、トイレ……っ」


 口元を押さえながら教室を駆け出す。トイレの場所なんて知らなかったが、適当に走ったらすぐに見つけることができて幸運だった。余裕も皆無で必死こいて個室に入り込む。


「——————————ッッッッ」


 口から吐き出せるもの全てを吐き出す。


 おかしいんだよ、ぜんぶ。

 どうして古橋夕が死ぬんだよ。

 『永遠の小夜曲セレナーデ』はコテコテのキャラ萌えゲーだ。純愛を極めた愛すべき作品だ。こんな救いのない展開は存在しない。あるはずがない。

 

 その上、そのあり得ない世界に存在する俺は、一体なんなんだよ。


「……久住奏多くずみかなた


 それがこの世界の俺の名前。

 

 手洗い場で口をゆすいだ俺の眼前の鏡には、見慣れない優男の顔が映っている。

 藤咲兎羽にすげなく振られてしまうだけのチャラ男脇役で、敗北者だ。それが、俺。


「なぁ()()……どういうことだよ、これ。なんの冗談なんだよ、なぁ……!」


 今は亡き親友へ、語りかける。


「俺にどうしろってんだ……?」


 やっぱりあいつは、あんな物語を描きたくなかったんだろうか。

 主人公の死という、こんな最悪のシナリオを望んでいたのだろうか。


 『永遠のセレナーデ』のシナリオを描いたのは、寺島朝日てらしまあさひだった。


「クソ……ッ」


 たとえ主人公がいなくとも、現実となったこの物語に終わりはない。奈落の底まで転がり続ける最悪のシナリオが、始まろうとしていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ