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9.悪役令嬢のポテンシャル

 受験まではまだ時間がある。だが、その前までにやらなければならないこともある。


「ルビィ様、本日は魔力測定の儀がございますが」

「ええ、分かってる。馬車の準備はできてる?」

「もちろんです!」


 まずは、魔力測定だ。

 魔力が安定するのは十歳以上と言われているのだが、十歳を超えると子供も働き手となることが多い。そのため大抵の平民は十歳を迎えたその年に測定の儀を行う。貴族に関しては、受験に必要なのでルビィと同じ頃に受けることが多くなっている。

 魔法と言っても、綺麗に分類されているわけではない。基本的には想像力が全てを賄うため、火や水など自然の力を発揮しやすいものは大雑把に基本属性持ちと呼ばれる。細かく言うとすれば、基本属性の中でも火が得意だ、などと言った説明となる。

 基本属性よりも若干数は少ないが、弱体化や身体強化といった体に作用するものが多い闇魔法や、回復や通信魔法などの光魔法も存在する。さらに、珍しいところだと空間収納や転移などの時空魔法などもあり、これらはまとめて特殊属性と呼ばれる。だが、基本的に使えるようになるのは想像力次第だとは誰もが口にする。それは、どの魔法も覚えられる可能性がゼロではないからだ。

 平民も、少ないが魔力はある。火をつける、水を出して皿を洗うなどという生活に根付いた使い方は普通に出来るものが多く、火や水、風などの中でも影響の少ない小さな魔法は基本属性の中でも生活魔法と括られる。それらは親の魔法を見て想像が培われるため、一般的に誰でも使える魔法だ。

 だが、基本属性を攻撃や防御に使う場合、そして光や闇、時空魔法に関しては訓練していない状態での使用は御法度とされる。それらは街中で暴発されれば大惨事となり、人の生死に関わる危険が出てくるからだ。そのため、基本属性を攻撃や防御に使えそうなほどの魔力量がある場合や、闇に光、時空などの魔法に適性があると測定の儀で〝感じた〟場合は、強制的に魔法科への入学が決定となる。

 ちなみにだが、強制入学が決定した平民に学費を払わせるのは酷だと国も理解しているため、その場合平民に限り学費が免除され、困窮している貴族に関しては審査ののち半額までの免除が受けられる。また、魔法科に関しては各領に1つずつ分校が用意されており、必ずしも王都の学校に通う必要はないようにしている。魔法科に通う必要のあるものを全員王都で受け入れるのは流石に厳しいためだが、貴族に関しては問題が起こらぬよう全員王都での受け入れとなっている。平民への差別などがもっともたる理由だ。


「属性まではわからないのよね?」

「はい。でも、測定の儀で魔力を感じ取ったとき、特殊属性に適性があった場合にのみなんとなく使い方がわかるってよく聞きますね」

「その感覚は体験してみたいわ」

「わかります! でも、どの魔法も魔力量次第ではありますが使えるようになる可能性があるので、ルビィ様なら問題ないと思います」

「貴族の方が魔力量は高いというものね。まあ、あまり期待しすぎずに行ってくるわ」


 エリーに身支度を手伝ってもらい、髪のセットを終えたルビィは立ち上がった。馬車に乗り込み、向かうは神殿だ。

 ここ数日、ルビィとグレイは合っていない。受験勉強などすることが多く、日々を慌ただしく過ごしていたルビィは馬車の中で一息ついた。

 特に、ルビィはグレイとの婚約発表も控えている。それまでに礼儀作法は完璧である必要があるし、美容に関してもグレイの隣に立つ身としては怠るわけにはいかない。そして今日が終われば、ルビィは本格的にかつての訓練を再開するつもりでいた。そう、暗殺者としての訓練をだ。そうすれば、もっと今の主人(グレイ)の役に立つことができ、尚且つ今までの自分の行いの罪滅ぼしもできると彼女は考えた。今後もっと忙しくなるので、今この瞬間はルビィが一息つける数少ない機会だと言ってもいいだろう。


「では、私はこちらで待っていますので」

「ええ。行ってくるわ」

「行ってらっしゃいませ」


 神殿にある馬車の降車場でおり、入り口でエリーと別れる。測定の儀は、正確な結果を出すために測定者本人以外の同席は認められていない。アーチ上部がステンドグラスで彩られた入り口を潜り抜けたルビィは、女性神官に声をかけると微笑んだ。


「本日測定の儀をお願いしております、ルビィ=ドルチェと申します。どちらに行けばよろしいでしょうか?」

「ど、ドルチェ様でいらっしゃいますね。どうぞ、こちらへ」


 王都の神殿にも、ドルチェ辺境伯の悪評は届いているのかもしれない。引き攣った女性神官の顔を見て、ルビィはそう思った。だが、謝罪するわけにもいかないためできるだけ丁寧に接する。


「よろしくお願いしますね」

「あ、は、はい!」


 笑みを浮かべていれば、赤髪赤目で背が高くちょっときつい美人であるドルチェも、だいぶん和らいだ印象になる。努力して作った笑みは女性神官にも響いたようで、最初とは違う緊張に変わったようだ。

 柔和な笑みを浮かばせ続けるのは至難の業だが、仕事だと思えばなんてことはない。今後もグレイの隣で貼り付け続ける必要もある。面倒だと思いつつ、これも身から出た錆だとルビィは微笑んだまま神官についていった。

 測定の儀が行われる部屋は六角形で、中央には台座がある。そして台座の周りを囲うように水が流れており、橋を渡って中央に行くのだ。


「では、私はあちらの部屋に移動します。合図をしたら、台座上にある球体に両手を添えていただけますか?」

「わかりました」


 女性神官と測定の儀を行う部屋の入り口で別れ、ルビィは部屋を進んでいく。横の壁を見ると一部ガラスが嵌められており、女性神官がその部屋に入ったところが見えた。そこは魔力遮断が施された特殊な部屋であり、ここで担当神官が台座上の透明な球体の反応を書き記すのだ。


『触れてください』


 ガラス越しに、球体に触れるようにと指示が書かれた紙を見せられたルビィは、原始的な方法だなと思いながらも球体に手を添えた。魔法で音を伝えると、魔力が球体に伝わってしまうためにこの方法しかないのだが、科学を知っている彼女にとっては少しだけ不思議な光景だった。

 触れた球体は、とても冷たかった。思わず手を引っ込めそうになったルビィだったが、根性で手のひら全体を球体につける。

 そのあとの感覚は、言葉で表現するのは少し難しかった。

 体の中にある何かが、そう、血液が抜かれた感覚に近いかもしれないとルビィは思った。体から抜けた何かは、球体を一気に染め上げる。透明だったはずの球体に、一滴落とされた異物。最初は水に墨汁が落ちた程度のわずかな変化だったのだが、あっという間に光の一切ない、漆黒に染まった。


(……これが悪役令嬢のポテンシャル)


 脳内で意味のわからないことを呟きながら遠い目をしたルビィは、興奮した様子で記録している女性神官が手を離すよう合図を出すまでしばし固まっていたのだった。


「素晴らしい結果でした! まさか、あそこまで美しい黒を目にできるとはっ!」

「えっと……結果を伺ってもよろしいでしょうか?」

「あ、す、すみません!! ドルチェ様は、測定の儀に関してどの程度までご存じですか?」

「不勉強で申し訳ないのですが、説明していただけるとのことだったので何も確認してこなかったのです。魔法に関しては少し勉強したのですが」

「ああっ、そんな! 普通皆様そうですから、あまりお気になさらないでください」


 魔力量が減ることはあまりない。大怪我で減ってしまうこともあるが、基本的には一生変わらない。そのため測定の儀は一度しか行わず、説明に関しては神官に一任されるのが常だ。

 稀に「そんなこと知っている」と怒鳴り散らす貴族がいるため確認した女性神官だったのだが、申し訳なさそうに目を伏せるルビィに慌てたように両手を振った。


「測定の儀は、球体の色でその方の魔力量を測定します。色が濃ければ濃いほど魔力量が多いという結果になります。また、その色により最初から適性のある属性もわかる仕組みとなっています。稀ではありますが、複数色が混ざったカラフルな結果が出ることもあるんですよ?」

「では」

「はい。ドルチェ様は黒でしたので、おそらく全属性がすぐ使える適性があると思われます。ただ、ご存知とは思いますが魔法使用許可書を得るまでは学校の練習場や、一部の場所でしか使用できませんのでご注意願います」

「わかりました。丁寧にありがとうございました」

「いえいえ。では、結果に関してはご実家に郵送でよろしいでしょうか?」

「王都の別邸にも届けていただきたいのですが、可能でしょうか?」

「問題ありません。必ず届けさせていただきますね」


 多めのお布施を払いながら言えば、女性神官は嬉しそうに首を上下に動かした。だいぶん彼女の中でのドルチェ家の印象が和らいだと思いたい。


「それでは、私はこれで失礼します」

「はい、本日はありがとうございました」


 お互いに軽く頭を下げ、女性神官に見送られながらルビィは神殿をあとにした。

 エリーと話していた、特殊属性が使えそうな感覚に襲われながら。そして面倒ごとが増えそうだと思わず顔を歪めそうになるのを堪えながら、ルビィは待っていてくれたエリーと共に帰りの馬車に揺られるのだった。

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