6.金を使うのは貴族の義務
あけましておめでとうございます!
一年が早すぎて震えております……。
引き続き、一部完結までどうぞよろしくお願いいたします。
辺境伯領はかなりの広さがあるが、山や他国などと面している関係で歪な形をしている。国の中心である王都に行くまでには他領を超えていく必要があり、最後に超えるのがロゼ公爵の収めている領だ。
王都まで遠い辺境伯領は、ロゼ公爵領までの距離も当然遠い。馬車で行くならば、山や川、魔物の住んでいる森などを迂回していく必要があるため、一ヶ月以上の時間がかかる。しかし昨日、グレイは父親からの了承を得た当日に来たと言っていた。一瞬で移動できる転移門を使用したのだ。
そして今日その設備を利用し、死んだような目をしたルビィはゼ公爵領の地を踏んでいた。
***
グレイと口約束上では婚約者となり、婚約の儀を執り行うことを決めた次の日。ルビィはガンコに言った通りグレイへの手紙を書いた。来年から王都の学校に入学する予定のルビィは、受験のために王都へ向かう必要がある。都合があえばその日にお茶でもどうかと誘ったのだ。口約束とは言っているが、書面も数日後には送られてくるためすぐに正式な婚約者となるだろう。現公爵家当主であるアレクセイと面会した時点で、よほどの言葉ない限り覆らない。
昨日やってきたグレイとアレクセイは、転移門と呼ばれる魔法のゲートを使って辺境伯領にきたのだが、その門の利用料金は貴族でも気軽に使えないほどに高い。本当に高い。よほど緊急であれば利用するが、ルビィは受験のために利用する予定はなかった。辺境伯として王都にも家は持っているので受験まで王都の家で過ごすことはできるし、ガンコからの許可も出ている。時間がかかることなので、それも含めてグレイへの手紙に綴った。
「これをグレイ様に送ってもらえる?」
人間や生き物を送る転移門と違い、荷物を送れる転送装置の利用は格安だ。大きさにより値段は異なるが、手紙に関しては平民でも気軽に送れるくらいには安い。その日のうちに届くので、手紙を送り合うことが多い貴族がとてもよく使うものだ。転送局が荷物の転送を取り扱っており、その建物は一定距離を空けて各所に設置されている。
「かしこまりました」
エリーに手紙を渡したルビィは、セバスが呼んでくれた商人の来訪を受け応接室で部屋の模倣替えについて話をしていた。貴族用のものは派手なものしかないのではないかと心配していたルビィだったが、シンプルなものもあり安堵しながら打ち合わせを進める。
カーテンや壁紙、家具まで全て対応できるとのことで、遠慮なく完成した部屋を想像しながら購入を進めていく。完成期日などある程度まとめたところで、転送局に手紙を送りに行ったエリーが戻ってきた。
「それじゃあお願いしますね」
「かしこまりました。過ごしやすいお部屋をお作りいたします」
「ええ。楽しみにしています」
「ルビィ様!」
「エリー。まだクリスさんが」
「いえいえ、いいんですよ。ちょうど終わったところでしたし」
「すみません。次回をお待ちしていますね」
「はい」
ルビィの部屋の扉を勢いよく空けて入ってきたエリーは、商会長であるクリスに謝罪しつつもルビィに視線を送っている。よほど急ぎであろうことがクリスにも伝わるほどで、ルビィは謝罪しつつ彼を見送ると、部屋の扉を閉めたエリーに続きを促した。
「ぐ、グレイ様がいらっしゃいました」
「……うわぁ」
「さすがにそれはひどくない?」
転移門を使うための金額は、かなり高い。本当に高い。平民の一年分の給与など余裕で越えるし、平民の家だって購入できる。美術品にだって手が届く。それをロゼ公爵家は、昨日二人分、今日一人分ポンと払ったと言うことだ。
思わず出た素の反応に、ルビィの部屋の扉を開けたグレイが肩をすくめた。
「まだ入室の許可は出していませんが」
「そんな冷たいこと言わないでよ。将来は夫婦になるんだから」
「それとこれとは話が別です。一応まだ結婚前の身ですので。それに、準備前だったらどうするのですか」
恥ずかしいなどと言う感情はルビィにはないが、貴族子女として守るべきものはある。そう思って小言を言えば、グレイは素直に謝罪した。
「それは確かに。次からはきちんと返事を待つよ」
軽く頭を下げたグレイに、隣にいたエリーが目を見開いたのが気配で分かった。王族は当然だが、高位貴族も基本的に謝らない。非があったとしても、使用人のいる前など人の目があるところで謝罪したりしないのだ。
「あなたに非があったのは明らかですが、このような場所で頭を下げるのはどうかと」
「君と俺の仲でしょ? それに、ルビィには誠意を見せておきたい」
「それはまたどうして」
「せっかくなら愛されたいし?」
「契約結婚に愛など不要では」
「俺は愛してるよ」
「……ずいぶん薄っぺらい愛の告白をありがとうございます」
「ひどいなぁ、本当なのに」
「あ、わ、私、外出の用意をしてきますね!」
甘い笑顔を見せたグレイに耐えきれなくなったのか、エリーがルビィの部屋を出た。部屋の中には男女二人きりとなったが、エリーも辺境伯家の侍女。部屋の扉はちゃんと開けてある。
「……外出とは?」
「俺の顔、タイプじゃない?」
「大変整っていらっしゃると思いますよ。で、外出とは?」
「つれないなぁ。楽しいからいいけど」
ゴテゴテとした装飾がついた家具はすでに部屋から出しており、ルビィの部屋には今あまり物が置かれていない。くつろぐために唯一残されていたソファに腰を下ろしたグレイは、立ったままのルビィを見上げた。
「そもそも呼び捨てにはまだ早いのでは?」
「あんな喋り方柄じゃないって君も気づいてるでしょ? それとも、呼び捨ては嫌?」
「こだわりはありません」
「ならいいよね。あ、俺のことも呼び捨てに」
「しません」
「はは」
何が楽しいのか笑ったグレイは、しばらくしてようやくデートの誘いに来たのだと本来の目的を告げた。受験での移動を早めれば王都でいつでも会えるのに、なぜわざわざ馬鹿高い転移門を使って。というのが顔に出ていたのだろう。また笑い声を漏らしたグレイは、立ち上がってルビィのそばへと歩み寄る。
「愛しい人とはできるだけ一緒にいたいよね」
「口から砂糖を出せそうです」
「初めて聞く表現だ」
ひとしきり楽しんだらしいグレイは、移動の準備をとルビィに告げた。今日から王都へ行ってしまおうと言うのだ。
「……さすがに昨日の今日では」
「ここに来るまでの時間で辺境伯からの許可は取ってきたよ。……俺が君にご執心だと嬉しそうだった」
「……わかりました、準備いたします」
後半、耳元に唇を寄せて告げられた内容に、ガンコを欺くには必要だと理解したルビィは、諦めたように了承の意を示した。長旅になるだろうと、馬車に乗せていくクッションもエリーにお願いしようと考え、次に投げられた言葉に硬直する。
「王都には転移門を使っていくよ。俺も仕事があるから、あんまり長い時間は開けられない」
「…………」
公爵家の財力に口をあんぐりと開けそうになり、慌てて閉じる。そしてルビィは、あれよあれよという間にエリーと共に転移門を潜ったのだった。
「金遣いが荒いのはどうかと思いますが」
「それだけお金があるのさ。あるものは使う、これも義務でしょ?」
暗殺業が儲かると暗に告げるグレイだが、公爵領も栄えていると聞くので普通に裕福なのだろう。王都に近いということは利便性も高いし、想像に難くない。
「さて、俺としてはこのまま少しデートでもしたいなと思ったんだけど、ルビィの予定は?」
「王都の別邸の者にも準備する時間は必要でしょう。セバス曰く私の部屋は本邸と同じ惨状のようなので、同じ商人が経営する店に模様替えをお願いするように伝えたところ、全て夕方までにはある程度整えてくれるようです。なの、部屋が整うまで時間を潰す必要はあるかと」
「惨状?」
「ええ。以前の私の趣味が全開で、目が痛いのなんのって……」
「まるで別人のように言うんだね。自分のことなのに」
せっかく安らげる自室を手に入れたと思ったのにとため息を吐き出したルビィに、グレイが目を細めた。楽しそうに笑った口元とは不釣り合いな視線に、ルビィは優雅に笑ってみせる。
「生まれ変わると言うのは、そう言うことなのでは?」
「なるほど?」
納得していなさそうだが、それ以上を聞く気はないようだ。1つ頷いたグレイは、ルビィへと手を伸ばす。
「それじゃあ時間が許す限り王都を案内させてもらうよ。俺のお姫様」
「……甘ったるいのは好きではないのですが」
「冷たいなぁ」
エスコートの申し出を渋々受け、硬い手のひらに自らのそれを重ねる。あまりにも不満そうな顔をしていたのか吹き出したグレイは、楽しそうに一歩踏み出した。