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5.自由が素敵

 辺境伯邸から出たアレクセイとグレイは、馬車に揺られていた。

 辺境伯領と王都に近いロゼ公爵領はかなり距離がある。その距離を一瞬で移動できる転移門を使用して辺境伯領にやってきた二人は、帰りもそれで帰る予定だ。かなり高額であるが、公爵家にとって大した問題にならない額だ。


「あの令嬢は、お前の手に負えるような人間じゃないんじゃないか」

「わかってますよ、そんなこと」


 アレクセイは腕を組み、目を閉じたまま口を開いた。窓の外を眺めていたグレイも、父を見ることなく返事をする。

 殺気を一人の相手に向けるなど、よほどの熟練者でなければ難しい。部屋にいた他の人間には一切気取られず、アレクセイにだけ向けられた殺気は研ぎ澄まされたものだった。それにより、グレイが暗殺を失敗した事実を受け入れたアレクセイだったが、問題は山積みだとため息を吐き出す。息子が死ぬくらいならば、暗殺失敗の方が断然いい。暗殺者はまた送ればいいのだから。しかし、それにより目覚めさせてしまったモノが厄介だとアレクセイは言う。


「だが、お前の言うとおりよく聞く評判とは違う印象だったな。本当に、あの娘が協力すると?」

「ええ。俺の殺気を受けて色々思うところがあったと。それが全てではないと思いますが、あの夜の会話から問題ないと判断しました。制御することはできずとも、手を取り合うことはできると」

「なるほど。今はお前の勘を信じるとしよう。それに、次期辺境伯となる判断は悪くない。できるだけ早急に、現辺境伯の処理も進めるように」

「わかりました」


 アレクセイが目を開くと、ちょうどグレイも窓から父に視線を移したところだった。馬車内で初めて視線を合わせた二人は無言で頷き合い。その後は口を開くことなく目的地まで馬車に揺られるのだった。


   ***


 アレクセイとグレイが物騒な会話を繰り広げている頃、ルビィは未だ父ガンコと同じ部屋にいた。非常に満足げな表情をしているガンコは、よくやったとルビィを褒める。

 愛情などでは断じてないが、ガンコにもルビィと血が繋がっているという自覚はある。自らの子供が、家格が上のものに見染められると言うのは、ガンコが認められたと同義であるからだ。


「よくやった。まさか、お前が公爵家に目を留めてもらえるとはな」


 自らの口髭を撫で付けながらそう言ったガンコに、ルビィは小さく頷いた。本当に、予想外だと言う気持ちを込めて。


「私としても、何を気に入っていただいたのかわかりません。ですが、この縁を離さぬよう努めていきたいと思っております」


 心にもないことを平然と口にし、真面目な表情を作って目を伏せる。そして、ガンコがティーカップを置いたタイミングで自らのカップに手を伸ばした。

 軽く目を見開いたガンコは、娘の変化にようやく気づいたようだ。「ふむ」とつぶやき、椅子に座り直す。


「……入れ替わったのか? だが」


 何か、気に掛かる物言いだった。

 読唇術にも長けているルビィは、ガンコが小声でつぶやいた内容も理解できていた。しかし、唇の動きから読み解いたその内容はどこかおかしい。

 引っ掛かりは覚えたものの、今はまだ情報が少なすぎて推測するのも難しい。今後ガンコの悪事を暴き、ルビィは前に進んでいかなければいけないのだ。考えすぎても疲れてしまうため、違和感を覚えたという記憶だけはメモしておくことにする。

 ルビィは、来年からレピドライト王立学校への入学も控えている。できるだけ早く終わらせ、辺境伯として動き始める方が学校生活にも支障が少なくて済む。何より、これ以上の悪事を重ねられる方が色々面倒くさそうだと判断したのだ。

 そのためには、グレイと話をする必要がある。

 婚約者と言っているが、ルビィはグレイが雇用主であると思っていたし、間違っていないと確信していた。雇用主の願いを正確に叶えるのが仕事だと教えられたルビィにとって、行き違いはあってはいけないのだ。


「しっかりとグレイ様の心を繋ぎ止めておくように」

「はい。早速明日、茶会へ誘う手紙を送りたいと思っています」

「そうだな。受け身だけでは男は離れていく。上手くやりなさい」

「もちろんです」


 自分が害されるなどとはかけらも思っていないのだろう。そんなガンコに、ルビィは少しだけ申し訳なさを感じた。僅かにではあるが、心にチクリとした痛みも感じる。どれだけ悪事を重ねようと、ガンコは今世での親なのだ。前世ではいなかった存在であり、悪者であってもルビィの衣食住は支え育ててくれた人だ。

 だから、もしこの手で終わりにしなければならないなら苦痛を感じないようにしたい。そしてできるなら、罪を認めて償って欲しい。


「では、わしはそろそろいく」

「はい。お時間いただき、ありがとうございました」


 席を立ったガンコは、同じく席を立って見送るルビィにほんの少しだけ口角を上げて頷いて見せた。そこにどんな感情が乗っているのか正確に判断できなかったルビィだったが、悪いことをしていようとも父なのだと、ぼんやりと思ったのだった。


 その日の夜。風呂を出たルビィはいつも通りエリーのマッサージを受けていた。意外だが、小柄な体にも関わらずエリーは力が強く、マッサージがうまい。


「すごいですねルビィ様! グレイ様って言ったら本当に人気のお方なんですよ? そんな方に見染められるなんて」

「まあ、運が良かったと言うか……悪かったと言うか」

「悪いわけないじゃないですか! 物腰も柔らかくしかも騎士団でも活躍する腕っぷしの強さもあって、何より公爵家のご子息。それにあの見目ですよ。本当に美しかったですねっ!」

「落ち着いて、エリー。まあわからなくはないわ。あれだけ戦えるにも関わらず太すぎない線もいいんでしょうけど、私としてはもっとがっちりしている方がタイプね」

「ロゼ公爵様のような、ですか?」

「ええ、彼の方がタイプよ」

「うーん。それだと王太子殿下の方がタイプってことですよね? わからなくはないですけど、私はやっぱり線の細いグレイ様の方が……あ、でも王太子殿下の御尊顔とグレイ様のお体が一番」

「エリー。とても楽しい話題だけど、不敬と取られかねないからそこまでにしておきなさい」

「あ、そうですよね。すみません」


 テンションが上がりすぎたエリーに注意をしつつ、ルビィは話に出てきた王太子。フェルナンド=オースティンのことを思い出してみた。

 同い年である王太子は、妹がいるがまだ男兄弟はおらず一人っ子だ。ルビィと同い年だが聡明で、かなり腕も立つことから次期国王としての地位は揺るぎないと言われている。ルビィは辺境伯当主になる運命だったので、王太子との婚姻は難しい。そのためか顔の記憶が曖昧だが、フェルナンドは長い金髪と鮮やかな碧眼の甘いマスクを持っており、それとは反対のがっしりとした体躯を有していたはずだ。エリーは、フェルナンドの顔でグレイの体だったらパーフェクトだと言いたかったようだ。

 確かに二人を足して二で割れば、絵本に出てくる王子様になることだろう。


「私の心の中に留めておくから大丈夫よ。だけど、気をつけなさい」

「はい! でも、いくら見目がタイプでもやっぱり性格は重要ですよね」

「そうね。ええ、本当に。多分一番大事なのはそこだと思うわ」

「やっぱりルビィ様もそう思います? だったら、グレイ様はパーフェクトなんじゃないですか?」

「何言ってるの。私のタイプ真反対よ」


 優しく強くかっこいい紳士など、実際にいることはほとんどない。実際、グレイはその優しい仮面を被った戦闘狂であり、楽しいこと以外にはさして興味を持たない冷たい男だ。貼り付けた笑顔の下で、常に舌打ちをしていそうな。

 そこまで考えたルビィだったが、口には出さなかった。そしてルビィが考えたそのグレイの性格は、概ね当たっていた。


「えー? ルビィ様はワイルド系が好みとかですか?」

「いえ。どちらかと言うと、ルールの範囲内で自由にさせてくれるような人がいいわ。あまり干渉してこない人がタイプね」

「それ、寂しくありません?」

「そう? お互いに信頼関係があるなら、結構上手くいきそうだと思うけど」


 ちなみに、ルビィは前世も今世も彼氏がいたことはない。それは、彼女が縛られる関係に魅力を感じなかったからだ。今世では貴族女子として結婚しない選択肢がないために諦めているが、できるならば縛らない相手がいいと心から思っている。


「グレイ様、苦労しそうですね」

「そう? どちらかと言うと苦労するのは私だと思うけれど」


 ため息を吐き出したエリーに、ルビィは首を傾げた。彼女の予想は間違ってはいない。だが、きっと最終的にはグレイが翻弄されることになるだろう。

 面倒くさがり女の心を掴むのは、それほどまでに難しいのだ。

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