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20.判決が下る

 部屋を出てしばらく進めば、王城のほぼ中央に位置する玉座の間へと続く廊下に出る。玉座の間まで真っ直ぐに伸びる廊下は天井が高く、大きく勇ましい騎士の像などが立ち並び、荘厳な雰囲気が漂っている。廊下中央には汚れ1つない黒が混じった赤色の絨毯が敷かれ、玉座の間まで途切れず続いている。

 絨毯を踏み締め、ルビィたちは侍女に続き玉座の間へと進んでいく。やがて巨大な扉の前に辿り着いた一行は、横に控えている衛兵が扉を開けるのを待った。

 見た目通り重いのか、ゆっくりと開かれていく扉。絨毯は廊下に使われていたものとは別のようで、深緑色に金の縁のものが玉座まで伸びている。その上を、ジェイが先頭で玉座前まで歩き出す。続いてパメラ、そしてグレイとルビィの順番だ。玉座前にはアレクセイとニコラウスが立っており、彼らの隣で縄に繋がれ目隠しをされた状態で立っているガンコの姿はひどく惨めだ。

 不用意に発言されぬようにか、口には猿轡がされている。〝終焉を呼ぶ者〟に関して発言されては困るからだろう。

 玉座の上にはまだ国王と王妃は来ておらず、宰相だけがそこにいる。ルビィたちが到着し次第登場する予定だ。

 ルビィが玉座前に到着すると、パメラとジェイはその場から離れた。報告はアレクセイとニコラウスが行うからだ。グレイはそのあとルビィの婚約者として紹介されるため、その場に残っている。本当は下がって良かったのだが、グレイが望んだのだ。何かあったときに、離れていては守れないと。


「国王陛下、並びに王妃様の入場」


 宰相が口を開くと同時に全員が頭を垂れ、国王と王妃が玉座へと進んでいく。その後ろから、王太子であるフェルナンドも顔を出した。このような場などなかなかありはしない。無いほうがいいに決まっているが、経験しておくに越したことはないと国王たちが立ち会うよう命じたのだ。

 国王と王妃が玉座につき、フェルナンドは王妃の斜め後ろに控える。そして広間へと視線を落とし、目を見開いた。

 彼に詳細は伝えられていない。ただ、王族として見届けるよう両親に言われただけだ。今後必要になると彼自身理解していたため頷いたが、まさかその場に親友と、再会を願った女性がいるとは思いもしなかった。


「みな、楽にしていい」


 国王の合図で、召集された貴族たちは席につき、ルビィたちは直立の姿勢に戻る。


「ガンコ=ドルチェ辺境伯。貴殿はこの度、人身売買と薬物の製造に流通への関与。そして妻であり、王家の血筋であるロアナ=ドルチェ、娘であるルビィ=ドルチェへの虐待と殺人の容疑がかかっているが……相違ないか」

 国王であるゲルマンが再び口を開き、低く重い声で罪状を述べた。召集され、理由もわからず傍聴席に座っていた貴族たちがざわめく。


「静粛に」


 宰相の一声で、ざわめきが一旦治った。辺境伯という国の防衛を担う重要な家の起こした事件に、貴族一同興味がないわけがない。まずは、知ることを第一としたのだ。


「……はい」


 猿轡と目隠しを外されたガンコは、国王に負けない重苦しい声で頷きを返した。間違っていないとだけ答えたガンコに、〝終焉を呼ぶ者〟との話を黙っているよういい含められたあとなのだとルビィは知る。チラリと一度だけ向けられた視線には、なんの色も宿っていなかった。強いて言うのならば、落胆が滲んでいただろうか。体を駆け上る悪寒で震えそうになったルビィは、深呼吸することでなんとか押さえ込む。

 ガンコがひとかけらもルビィを愛していない。愛していなかった。それが、よくわかる視線だった。むしろ彼は、この世界を恨んでいたのかもしれない。そう感じ取れるほどに冷たい瞳だった。


「ガンコ=ドルチェ。禁止されている人身売買に手を染め、薬物を作り出した罪は非常に重い。また、家族への非道な行いから、貴殿の辺境伯という地位は剥奪、死刑に処す」


 宰相が読み上げた判決に、ガンコは何も言わなかった。

 終焉を呼ぶ者に協力していたならば、彼らが実験を続けるためにはできるだけ公にしないほうがいいのは事実だ。ルビィとロアナを虐待していたというわずかに異なった事実にも関わらず頷いたのはそのためだろう。

 証拠の品々を掲げられ、逃げ道は立たれた状態での判決。言い逃れはアレクセイたちの前で散々したのだろうが、ここまで証拠が出揃っている状態ではきっとガンコにはどうすることもできなかっただろう。

 ガンコは、この世にさして未練を感じていないようだった。

 実際、彼は貴族に、人間に。この世の全てに嫌悪感を感じていた。重要書類を奪われ、逃亡する時間などなく退路を断たれていたガンコにとって、終焉を呼ぶ者に関しての情報をばら撒かずに済んだだけでも御の字だったのだ。

 彼らの意思が続いていけば、きっと望みは叶うのだからと。


「連れて行け」

「……世界を浄化するために」


 宰相の合図に、ニコラウスとアレクセイがガンコを連れて退場する。その最中につぶやかれた言葉は、そばにいたロゼ家の男性たちとルビィにしか聞こえなかった。

 世界の浄化。それは終焉を呼ぶ者が望んでいることである。この言葉だけで、ガンコが組織に傾倒していたのだとよくわかるものだ。終焉を呼ぶ者は、はるか昔にいた悪魔。魔物を統べ、魔王とも呼ばれていた存在を呼び出し、世界を一度綺麗にしようと画策している組織だ。「世界を浄化するために」は、死ぬときに彼らが残す言葉である。浄化する対象には自らも含まれており、彼らは死を恐れたりはしない。

 金のためではなく、ガンコは自分の意思で終焉を呼ぶ者に協力していたのだ。

 この状態では、罪を償うなど期待できない。アレクセイたちもそう判断したのだろう。もちろん、罪状が重すぎたこともあるだろうが。


「次いで、ルビィ=ドルチェ」

「はい」


 去っていく父であった男を見送ったルビィは、国王に呼ばれ視線を上げた。


「貴殿は、被害者である。その不安定な精神状態を加味し、これまで屋敷内や茶会で他の令嬢に対し行ってきた無礼は不問とする。ただし、これ以降何か問題を起こせば相応の処罰があると(こころ)せよ」

「寛大なお心に、深く感謝いたします。これまで迷惑をかけた方々には誠心誠意謝罪し、決して繰り返さないことを誓います」

「よい。それではそなたを、辺境伯次期当主として認めよう」


 成り行きを見守るために静まっていた貴族たちが、一斉に声を上げ始めた。それは、自らの地位を上げたいと願う者たちで。その中でもあまり周りが見えていない家格が低い一派だ。


「お言葉ですが陛下、たとえ被害者であっても他者を虐げるものにその地位は重すぎるかと」

「私も同意ですな。そもそも、不安定な精神状態で辺境伯領を収めるのは難しいでしょう」

「静粛に。発言の許可はしておりません」


 ピシャリと宰相が発言を咎め、それによって不満そうに大声を上げた二人の男性が口を閉じる。聞こえはしないが、ルビィには男たちが舌打ちをしている様がはっきりと見えた。


「そなたらの言うことはもっともだ。そのため、彼女への爵位譲渡の条件は、そこにいるグレイ=ロゼとの婚姻、結婚を持って認めることとする」


 うるさかった会場が静まり返る。

 筆頭公爵家であるロゼ家に意見できる家門は多くなく、さらに今回の事件を解決したのが彼らであるのは、ガンコを取り押さえていたアレクセイとニコラウスにより明らかだ。意見などできるはずがないと諦めたようだ。

 この発言にフェルナンドがかなり狼狽えているようだが、その様子がはっきりと見えているのは正面にいるグレイとルビィだけだ。疑問符を浮かべるルビィと対照的に、グレイは僅かな焦りを覚える。それは、結婚が不要となる条件があるからで。


「ただし、ルビィ=ドルチェが被害者であることに変わりない。そのため、レピドライト王立学校を優秀な成績で卒業した暁には、彼女の心身が回復したと判断し、先の条件は不要とする」


 再び会場がざわめいた。

 不要と言うことは、辺境伯の夫という地位を得られる可能性があるということだ。地位の低い家の息子たちにとっては、喉から手が出るほどいい条件だろう。

 フェルナンドの瞳も僅かに輝き、グレイは心の中で思いっきり舌打ちをした。ただ、フェルナンドは王太子であるのでルビィとの婚姻は難しいのだが、二人は気づいていないようである。


「よろしいでしょうか」

「うむ」

「優秀とは、具体的にどのように判断するのでしょうか?」


 一人の貴族が、手を上げた。国王が促せば、その問いはこの場の誰もが気にしている内容だった。


「ドルチェ嬢よ、受けた学科は魔法科と騎士科で相違ないな?」

「間違いありません」


 報告は上がっていたようだが、国王は念の為といったようにルビィに問いかけた。なぜか、フェルナンドが力強くうなづいている。


「ふむ。では、魔法科では筆記実技ともに上位三十位以内。騎士科に関しては、筆記は五位以内。実技は五十位以内とする」


 魔法科は、人数がかなり多く一学年に五百人近い生徒が在籍する。しかし、次期当主として勉学に励んできたものにとって、三十位というのはそこまで難しい順位ではない。あまりにも下すぎる順位は認められないと出された順位は、難しすぎず妥当と言える範囲内のものだった。

 騎士科は魔法科ほど人数が多くないため筆記の順位は上がっているが、そもそも勉強をしてきている者が多くない。さらに、女性というところを加味して実技の順位が下がっている。


「なるほど、ありがとうございます」


 国王が提示した詳細な条件に、貴族たちの目が鋭くなった。本当に回復しているのなら、努力で解決できる範囲だと分かったからだ。同時に、グレイは焦りを覚える。

 筆記含め、ルビィの実力がかなりのものであることをグレイは知っているからだ。騎士科の五十位以内に関しても全く問題なくクリアしてくるだろう。


「ドルチェ嬢よ、不満はあるか」

「いえ。この国のため努めていく所存です」


 背筋を伸ばし、はっきりと答える。これまでのルビィの応対と立ち姿も、貴族たちが辺境伯と縁を繋げられる機会があるのではと期待してしまう一因だった。

 そもそもルビィの精神は成人女性である。そして、虐げられてきた少女のことで若干取り乱しはしたものの、基本的に鋼のメンタルを持つ暗殺者である。正直ドレスで武装などしなくとも、全く問題なかったのだ。

 それが、パメラの武装によりさらに輝き、彼女に対する非難を防ぐという効果以上に、興味を掻き立ててしまっていた。横で見ていたパメラは、扇の後ろで苦笑する。しかし、グレイにはいい試練だとも思っていた。今後、ルビィは学校に入る。同級生なり上級生なり、三年間の学業の間に触れ合う同性も異性もかなりの量になるだろう。そんな中で心を射止めたいのなら、焦るぐらいがちょうどいいと思ったのだ。

 特にグレイはこれまで追われるばかりだった。息子がこれから追う側になる、というのがパメラには楽しくて仕方がないのだ。グレイが非常に不憫である。


「では、此度は以上となる」


 国王陛下と王妃、そして王太子フェルナンドが退出する姿を見送り、宰相がこのあとの動きを説明する。


「遠方の方々は、交通費が支給されますので財務部へ向かってください」


 緊急召集の際には、交通費が支給されるのだ。今回はその緊急に当たるため、当日集まれない貴族たちには転移門使用料が支払われる。

 爵位授与程度では行われないが、今回は爵位の剥奪もあった。さらに、王族に連なる人間を虐げ殺害した事実など、あまりにも大きな罪だったため緊急招集となった。

 宰相の合図に続々と退出していく貴族の喧騒が大きくなり、遠ざかっていく。終わったのだと肩の力を抜いたルビィは、そっと包まれた手のひらに視線を落とした。


「お疲れ様」

「ありがとうございます」


 伝わる熱に僅かな安堵を覚えながら、ようやく終わった一日に大きく息を吐き出す。まだ心の中に煮え切らない思いはあるが、終わりは終わりだ。終焉を呼ぶ者を含めこの先まだ色々あるだろうけれど、とりあえず今はこのドレスを脱ぎ捨てて、ゆっくり眠りたい。そうルビィは思ったのだった。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

これにて、第一部完結となります。

昔描いた読みたい話を手直ししたものになりますが、とても楽しかったです。


「いいね」や「星」をつけていただけるととても励みになります。

ぜひにポチッと、よろしくお願いいたしますm(_ _)m


2025.3.28追記

第二部からは学園編ですが、まだ更新は未定のため一旦完結に変更させていただいております。

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