15.王太子との遭遇
魔法実技試験会場は、的当てのような作りになっていた。魔力測定の儀は全員必須で、その中から生活魔法以上の、想像力次第で攻撃やその他応用の効く魔法を使えると判断されたものが集うこの場で、試験までに生活魔法以外の魔法を練習できたものなど数人程度だろう。
そのため、まずは使用方法について簡単な講義を受ける必要がある。一定数到着するごとに講義が開始され、終わり次第実技試験に移る運びだ。
「では、まずは講義を受けていただきます」
受付に魔法科の受験票と測定の儀の結果を渡せば、誘導される。部屋はいくつか用意されており、受付次第案内されるため意外にも騎士科ほど混雑はしていなかった。
「君は、さっき騎士科にもいたな。実技試験は素晴らしかったが、誰の教えを受けたんだ」
「独学ですわ」
案内された順番に席について講義開始を待っていたルビィに、声がかかった。視線を上げれば、明らかに高貴な身分とわかる長い金髪と碧眼に、がっしりとした体躯を持った男がいた。
――王太子殿下の御尊顔とグレイ殿下の体を
いつかエリーとした好みのタイプの話がよみがえり、奥へと追いやる。体つきの割に可愛らしい顔が、そういえば女性に人気だったなと思い出しながら、不敬と取られない程度に適当に返した。
「独学か。魔法使用なしであの動きを出せるものはそういない。学校に通うのが楽しみだな」
「お褒めに預かり光栄です」
「……君は、僕を知っているのか?」
当たり前だろうが。と喉から出そうになったが飲み込んで、無言で頷くに留める。
同い年の王子となれば、ガンコが興味を持たぬはずがない。そして、今までのルビィが欲しいと願わぬはずがない。顔に関しては若干忘れていたが、見れば思い出せた。というか、王族オーラが半端ないのだ。髪もそうだが輝いている。目が痛いのでやめて欲しい。
口には出さず、顔には笑みを貼り付けたまま文句を脳内で吐き続けていれば、王太子、フェルナンド=オースティンは寂しそうに笑った。
「そうか。学校では身分はそこまで重視されないと聞いたが、難しそうだな」
「完全には難しいでしょう。何より、あなたは良くとも卒業後の彼、彼女らが辛くなると思いますよ。いろんな意味で」
貴族と平民の席は簡単に分けられているようで、二人の近くに人はほとんどいない。貴族で騎士科と2つ受けるものがそもそも珍しいこともあるだろう。顔を繋ぎたいだけならば、最低限魔法科だけで十分だ。
王族であることを隠したい様子のフェルナンドに合わせ名を呼ばず、あなた〝様〟とつけたいのを我慢し、上品すぎない話し方で説明すればフェルナンドは目を瞬かせる。
「卒業後?」
「あなたは入学しても卒業してからも態度を変える必要はないでしょう? ですが、下のものは違います。誰か他の人がいる前で在学時と同じように接すれば、在学中を知らない方から見ると不敬と捉えられてしまいます」
「だが、それは僕が説明すればいいんじゃないか?」
「一人二人であれば問題ないかもしれません。ですが、学校の同期ともなれば話は別です。民と親しくすることを悪いこととは言いませんが、民から馴れ馴れしく接される〝ように見える〟ことは威厳を落とします。そしてそれはきっと、貴族から攻撃される材料となることでしょう」
「そうか、それは……そうだな」
ところどころ〝王〟という単語を脳内で入れながら話していけば、フェルナンドにもそれは伝わったのだろう。寂しそうに笑ったのちに、しかししっかりと頷きを返してきた。
唯一の王太子として、さぞ大変な教育を施されてきたのだろう。などと感心しつつ、俯いてしまった王太子に「ああ、面倒だ」と呟きそうになる。
親しいものは、おそらく親や周辺貴族が厳選したもののみで、友と呼ばれる人も少ないのだろう。一人が好きなルビィにはわからないが、彼女の同僚であった〝ツヴァイ〟は友人が多かった。仕事終わりに飲める友達がいないと泣き付かれるほどには、一人が好きではなかったことを思い出す。
一人が寂しいという感情は持っていないが、そう思う人がいることは理解できる。そこまで考えたルビィは、別に友達を作ってはいけないわけではない。と口を開いた。
「親しき中にも礼儀あり。という言葉をご存知ですか?」
「いや」
「親しみが過ぎて遠慮がなくなると不和の元となってしまいます、親しい間柄だとしても礼儀を重んじましょう。という意味のことわざだそうです」
ことわざの意味を必死に思い出しつつ説明したルビィは、なんとなく意味を理解したのか目を瞬かせるフェルナンドを見やる。身長差か、隣に座っているのに少し見上げなければならないのは首が痛いと思いつつ、残りの言葉を紡ぐ。
「入学すれば、あなたの身分はすぐに知れ渡ることでしょう。その上で、礼儀を重んじつつも友として接してくださる方は現れると思います。その方の身分がなんであれ、そういった友人は大事にしてもいいと思いますよ」
「そうか……そうか」
噛み締めるように呟くフェルナンドに、ただ、とルビィは言葉を続ける。
「先ほどの言葉は、あなたにも当てはまります。あなたも同じように、自身の身分を忘れず人と接することをお勧めします」
仲良くなったことで彼が〝王太子〟という重しを置き、素で接することの恐ろしさを考え身震いする。しかもそれが女性だったとしたら。まだ婚約者も決まっていないフェルナンドに、女性であり、最悪平民での親しい人ができてしまったら波乱の予感しかしない。
「身分を忘れず過ごせとは、いつものように、か?」
フェルナンドはあまりピンときてはいないようだ。学校生活を平穏に過ごしたいルビィは、面倒ではあるがちゃんと説明することにした。
「いえ。そのままでいる必要はありません。ただ、自分の身分を理解し、もし不敬と取れる発言をされた場合はきちんと注意してあげるのです。許すことが、必ずしも優しさだとは限りませんので」
「許すことが……優しさではない、と」
「ええ。たとえば最初にあなたに気づき『フェルナンド様、お会いできて光栄です。学校では仲良くさせてくださいませ』といったら、あなたはどうしましたか?」
「嬉しく思っただろう。身分のせいで、仲良くできる友は限られたからな。女性ともなれば尚更だ」
「では、身分を考えたらどうでしょうか?」
「目上のものに下のものから話しかけるのは不敬に当たるだろう。たとえ、そうか……僕が許しても」
「そうです。あなたが許したとしても、周りはその方をマナーのなってないものと見るでしょう。そして、寄ってくる方が〝身分を気にしない〟という学校の風習を利用していないとも限りません」
部屋が埋まってきたので、もう少しで講義が始まるだろう。そう判断したルビィは、納得してくれたフェルナンドに頭を下げる。
「出過ぎたことを申しましたが、余計な波乱を生まぬためにも心の隅にお留めいただけたら幸いです」
「いや。とてもよくわかった。それに友が作れないわけじゃないんだ。もし、君が合格したら——」
「では、講義を始めます。講義中の私語はおやめください、もし私語を確認した場合には退場していただく場合もあります」
フェルナンドの言葉が、講師に途中で遮られた。小声で話していたために内容が講師まで聞こえることはないだろうし、王太子だからと開始を遅らせるわけにもいかないだろう。
言葉の続きを読んだルビィは、いい仕事をしてくれた講師に心の中で感謝を述べつつ。まだ何か言い足りなそうなフェルナンドに軽い笑みを返すと前を向いた。
そこからの講師の説明は、これまでニコラウスに聞いてきたものと大差ないものであった。とここに記しておく。




