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11.嫉妬なんかじゃない

 グレイに念押しされていたこともあり、無意識転移当日に魔法訓練について父ガンコに確認し許可をもらったルビィは、その日のうちにグレイへと伝えた。公爵家が忙しいために即日はさすがに叶わなかったが、訓練日程はすぐに組まれた。その訓練日というのが今日である。

 ちなみにだが、ルビィが時空魔法と闇魔法が使えることはガンコには伝えられていない。ガンコが逃げないようにするためであり、ルビィも同意の上だ。


「不本意なんだけど」

「はい」

「非常に不本意なんだけど」

「ええ」

「ルビィの訓練を、兄上がやりたいと」

「私は構いませんが」

「俺が構う」


 迎えにきてくれたグレイと共に馬車に乗ったルビィは、目の前で不貞腐れている婚約者に首を傾げた。何がそんなに不本意なのかわからなかったからだ。

 現当主であるアレクセイが許可しているのであれば魔法の腕は確かだろうし、次期当主であることも決まっているということは色々と腕も確かなのだろう。何が不満なのか。口には出さなかったが、表情にはしっかりと出していた。グレイも気づいていて、渋々と言ったように口を開く。


「いないんだよ。婚約者」

「ああ、似たもの兄弟ですね」

「あ、そう。そうゆう反応になるんだ」


 グレイの兄であるニコラウスは、今も婚約者がいないという。グレイもルビィに会う前はいなかったためにそう述べたのだが、呆れ果てたように馬車の天井を見つめた。


「お兄様は……グレイ様の3つ上でしたでしょうか」

「ふーん、知ってるんだ」

「私も少し前までは結婚相手を探していた身なので」


 グレイとルビィが三歳差ので、ニコラウスとルビィは六歳差。結婚するにあたり、貴族であっても平民であっても何も問題がない年齢差である。これまでのルビィが気にかけているのも頷ける。ただ、ニコラウスに関して言えば当主なので、辺境伯家当主となるルビィへの婿入りはできない。本当に気にかけていただけであるのだが。

 ちなみに、この兄にしてこの弟ありか。と言えるほどに兄も整っている。そもそも、父アレクセイがダンディなおじさまなので、当然かもしれない。きっと母も美人なのだろう、とルビィが関係ないところに思考を飛ばしたところで、馬車が止まった。


「決定だから文句は言わないけど」

「先ほどのは文句ではないと」

「見てるから」

「無視ですか」


 ロゼ家は、暗殺など裏の顔を持つ特殊な家柄であることもあってか、跡取り問題などのお家騒動はほとんど聞かない。そのため、グレイは純粋に兄を慕っているし、ニコラウスも同様に弟を可愛がっている。

 だが、いくら認めていようともおもちゃを取られるのは気に入らないのか。それとも、〝好きな女〟を取られるのが気に食わないのか。


「いくら兄さんが格好よかろうと、惚れないように」


 恥ずかしくなったのか、言い逃げのように馬車を降りようとしたグレイの手をルビィは掴んだ。引っ張られたグレイは、ルビィの顔の横に手をつき体を支える。

 深紅の目が、グレイの瞳に映った。


「なにを」

「私の婚約者はグレイ様なので」


 言うだけ言って満足したのか、ルビィはどうぞと言って手を離した。そして、グレイがエスコートしてくれるのを大人しく座って待っている。

 対するグレイは、かなり近い位置から言われたセリフに頭を混乱させていた。

 他意はない。そうわかっているはずなのに、ストレートすぎる言葉が胸に刺さって地味に痛い。痛みの理由が何なのか、今は考えてはいけない気がして馬車を降りる。急いで表情を取り繕い、頬の熱を下げたグレイは降りてくるルビィに手を伸ばす。触れた手の小ささに、少しだけ早くなった鼓動には気づかないふりをした。


   ***


 身の回りの世話役としてエリーを連れてきたルビィは、馬車を降りると彼女と合流して用意された着替え用の部屋へと移動した。その中で動きやすい服に着替え、邪魔にならないように髪を結う。

 前世によくしていた髪型に何となく懐かしさを感じながら、髪が纏まったことを確認したルビィは立ち上がった。


「ありがとうエリー。訓練中は安全な場所で見ていることもできるらしいのだけど、退屈だったら公爵家の使用人とお茶でもしていて」

「いえ! ルビィ様の勇姿を見ていたいと思います!」

「そう? 話は通してあるから、疲れた時は無理しないようにね」

「はいっ」


 部屋の扉を開けると、公爵家の侍女が待っていた。ピンと伸ばした背筋はそのままに、軽く会釈をした侍女が歩き出す。しばらくすると廊下から外へと出て、広い訓練場が顔を出した。屋根のない広い訓練場と、屋根がついた少し小さめの訓練場との2つを所有しているようだ。これならば、雨の日も多少の訓練はできるであろう。

 実際、ルビィの辺境伯邸も同じように2つ訓練場があった。ただ、所有する軍の規模もあり訓練場はかなり広かったが。ここが王都と考えれば破格の広さだろう。

 ちなみにロゼ公爵家は公爵領を所有しているが、本邸は王都だ。それは、王都を守護する任も持っているからである。どちらも行ったり来たりと大変ではあるのだろうが、その辺りは優秀な部下と転移門をポンポン使える財力があるから問題ないのだろう。


「こっちだよ」

「君がルビィ嬢か」


 訓練場入り口にいたのは、背の高い三人の男だった。一人はグレイで、声をかけてきたアレクセイ似の男性がおそらくニコラウスなのだろう。そう判断したルビィはドレスではないからと軽く頭を下げるに留める。


「お初にお目にかかります。グレイ様と婚約させていただいた、ルビィ=ロゼと申します」

「へぇ?」

「なるほど、悪くない」

「やっぱりこうなるよねぇ。わかってたけど」


 片眉を上げた黒髪短髪の男は、ジェイと名乗る。グレイの護衛件仕事の相棒だ。これまで一度もルビィとの場に同席していなかったのは、別件での仕事があったからだ。

 そしてもう一人、アレクセイと同じシルバーブロンドの髪を後ろで1つに結んでいるのは、ルビィの予想通りグレイの兄であるニコラウス=ロゼだった。


「俺はニコラウス。ニコラでいい。時空魔法の転移を無意識に使わないようにしたいと聞いたが、相違ないか?」

「はい、ありません」

「では早速訓練を始めよう。俺は時空魔法の圧縮を得意としているので、多少は力になれるだろう」

「よろしくお願いします」


 圧縮は闇魔法なのではという議論も魔法研究者の間では良くなされるのだが、最初から使えるもの以外は想像力と魔力保有量次第で何とでもなるので括りなどあってないようなものだ。

 実際、細かい括りを議論しているのは研究者だけである。


「兄上、さりげなく愛称で呼ばせてるし」

「いやいやグレイよ。お前、ニコラはいつもあんなんだろうが」


 自分の興味のあること以外どうでもいいニコラウスは、呼び方も長ったらしいより短い方がいいだろうと愛称呼びを許可することが多い。実際ジェイも公式の場以外では様付けなしで呼ぶことを許されている。ただ、令嬢たちにだけは簡単に許さないようにもしている。勘違いした令嬢に、自分の時間を邪魔された経験があるからだ。

 ルビィに関してはグレイの婚約者であり、尚且つ視線に熱が一欠片も入っていないことがニコラウス的にはありがたく、許可した。その熱はグレイにも全くなかったが、そこは彼の気にするところではないのだろう。

 ニコラウスに案内され訓練場へと入っていくルビィの背中を見つめていたグレイは、ジェイの背中に回るとそこを押して強引にジェイを訓練場内へと押し込んでいく。


「俺たちも訓練しようか、ジェイ」

「はぁ? やだよ、お前とやんの疲れ——」

「さっさと行くよ。できるだけ近くで見てないと」

「あーくっそめんど——」

「ジェイ。それ禁止」

「何でだよ! ニコラも言うだろうが!!」

「あ、兄上にも直してもらうように言わないと」

「お前それもう病気だわ」


 好きか嫌いかは置いておいて、ルビィと〝同じ〟であるのが自分以外であるのは我慢ならないらしい。そんなグレイを色のない目で見つめながら、ジェイは仕方なしに刃を潰した槍を構えた。

 ジェイのメイン武器は特殊な金属で作られた捕縛糸なのだが、刃を潰せないために訓練場ではもう1つの得意武器である槍を使う。暗殺の仕事ではむしろ邪魔なので使えないが、魔物や人間との戦闘では槍を使用する方が圧倒的に多いくらいには得意である。


「ほら、さっさとやるぞ」

「ちょっと待って、ルビィもなんかやるみたいだから」

「おい、訓練しないんなら邪魔だから出るぞ」

「やる、やるよ。訓練前のなんかあの、話し合い中ってことで」

「面倒な男は嫌われるぞ」

「……ジェイ、今日は殺す気で行くね」

「おい、ちょ、待て待て待てっ!!」


 ナイフの二刀流を得意としているグレイが、刃を潰したそれを構えてにっこりと笑った。だがしかし、瞳は全く笑っておらず真っ黒だ。

 悪寒を感じたジェイは慌てて槍を構えると、襲いかかってくるグレイの猛攻を必死で防ぐのだった。

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