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10.どこでも転移

 多分やらかしたのだろうなとルビィが気が付いたのは、翌朝ベッドから起きたそのときだった。ベッドから起きただけならば、何も問題はない。ならばなぜやらかしたと彼女が思ったのか。

 ルビィが目を体を起こしたそのベッドと、そのベッドが置いてある部屋は、王都の別邸のものではなかったからである。グレイと共に王都へ向かう直前、商人と話し合った部屋の模様替え。そのとき希望した通りの部屋が、ルビィの前に広がっていた。


「確かに使えると思ったけども、確かに夢で見たけども……」


 今日、確かに辺境伯領の本邸にいる夢を見ていた気がしなくはない。ただ結局どんな夢だったのかは覚えていない。

 さらに昨日受けた測定の儀で、ルビィは自身が時空魔法と闇魔法は即使えそうだと感じていた。時空魔法に関して言えば、ぶっちゃけ前世ではそう言った空想の宝庫だったのだ。想像するなという方が難しい。

 扉を開ければ別の場所につながっているとか、なんでそのポケットからそんな大きなものが出てくるのか問いただしたいほどに謎に入るポケットとか。なんでもありである。だが、流石に寝ている間に転移してしまうのは問題が大有りだ。

 辺境伯本邸では、ルビィがいないと思われているために気づかれていないが、王都別邸ではエリーが気づく頃合いだろう。すぐに帰らなければ。


「今は、扉を使うか」


 眠っていたときに出来たのだから、最終的には扉など使わずに転移できそうだが、今は一発で成功させる方が大事だ。なので、イメージしやすい扉を利用して転移しようと決める。

 廊下に誰かがいて巻き込んでしまうといけないので、クローゼットの前で目を閉じたルビィは、測定の儀のときに感じた何か。魔力に意識を集中し、扉の向こう側が王都にある別邸の自室につながっているとイメージする。

 やがて形作られた魔力が、クローゼットの向こう側に集まっていくのを感じ、その形がしっかりと固まったことを確かめてから、ルビィはゆっくりとクローゼットを開いた。

 開いた先は、間違いなく王都の別邸だった。しかしその部屋には驚きの表情で固まるエリーだけでなく、どこか焦った表情を浮かべ固まるグレイもいた。


「……ルビィ、君は」

「とりあえず部屋から出ていただけますか? グレイ様。エリーは着替えの準備を」

「あ、えっと。うん、ごめん」

「か、かしこまりましたっ!」


 ネグリジェ姿のルビィは、平然とグレイに出ていくよう言い放った。スケスケなわけではないが、寝るに相応しいゆったりとしたデザインなので普段は見えない場所も見えている。

 頬を染めたグレイは怒らずすぐに部屋を出ていき、同時に背中を向けたエリーも慌ててドレスを持って戻ってきた。ドレスに袖を通したルビィは簡単に髪も整えてもらってから、エリーにお礼を言ってグレイの元へと向かう。


「グレイ様は応接室にお通ししています。その、ルビィ様、お怪我などは」

「ええ、何も問題はないわ。驚かせてごめんなさいね。グレイ様と離す場に立ち会うことを許可するから、エリーも何があったか聞いてくれる?」

「よろしいのですか?」


 面倒臭いことになったと思ったルビィだが、何よりも先に怪我の心配をしてくれたエリーに対し即座に心を入れ替えた。心配をかけたのだから、きちんと説明すべきだろう。そのための提案に、エリーは申し訳なさそうに小さな声で確認してくる。

 そもそも使用人に説明する義務などない。わざわざ婚約者と二人きりの場で話してもらってもいいのか、と。


「もちろん。心配してくれてありがとう、エリー。それに、正式な婚約発表がまだのグレイ様と二人っきりは外聞も悪いし、むしろお願いしたいくらいだわ」

「そんなっ、お願いだなんて」


 恐れ多いと両手をブンブンと振るエリーに、だから気にしないの。と笑って応接室の扉をノックする。「どうぞ」というグレイの声を確認し、エリーにお茶を頼んだルビィは中に入った。

「お待たせしてごめんなさい」

「えっと、俺もごめんね。その……」

「いえ、心配もさせてしまったのでしょうから、おあいこということで」

「だけど」

「結婚すればいずれ見るものですし。グレイ様の好みであったのならばもう気にしないでください」

「あーうん。そうするよ」


 通常の貴族令嬢であれば、ネグリジェ姿を見られようものなら羞恥心で同じ日に顔を合わせるなど出来ないだろう。何日も無理かもしれない。グレイとしても多少の申し訳なさがあったため軽くではあるが謝罪すれば、さして気にしていないと表情も変えずにルビィは言い放つ。

 向かいのソファに座ったルビィに、「いずれ見るもの」とまで言われてしまえば何も言えず、好みかどうかは言及せずにグレイは口を閉じた。


「……それで、何があったのかは話してくれるんだよね?」

「ええ。エリーにお茶を頼みましたので、届いてからでよろしいですか?」

「構わないよ」


 侍女のエリーにも聞かせたいという意味を汲み取ったグレイは、問題ないと頷いた。

 数分もしないうちに温かいお茶を運んできたエリーは、茶を入れたカップをグレイとルビィの前にあるローテーブルに置き、さらにクッキーが綺麗に並べられた皿も置いた。


「昨日、測定の儀を受けてまいりました」

「ああ、そう言えばまだだったらしいね」

「結論から申し上げます。私がすぐに使える特殊属性は時空と闇で、儀式で触れた球体は漆黒に染まりました」

「……わかりやすいね。魔力量が桁違いに高くて、転移が使えると」

「え、では……ルビィ様は先程やっぱり、本邸の……」

「そうよエリー。気づいたら本邸の自室のベッドの上だったの」


 ごちゃごちゃ話すよりいいだろうと測定の儀の結果を伝えれば、エリーへの説明もグレイがしてくれた。わからなければ自分でするつもりだったが手間が省けたと、紅茶を一口飲んだルビィはエリーの言葉に頷く。


「使おうと思ったのではなくいつの間にか、おそらく見ていた夢の影響で転移していました。便利な力ではありますが、まだ魔法使用許可をがないためどうしたものか……」


 学校へ入学すればいずれ使用できるからと、ルビィは特に使いたいとも思っていなかった。だが、無意識下で発動してしまうのは予想外だ。普通に使う分には問題ないが、無意識で使わないように制御できないと、また気づいたらどこかに行ってしまいそうである。

 戻っては来られるが、それが事件なのか事故なのかわからなければ今日のように混乱させてしまうだろう。迷惑を振り撒くのは、面倒が嫌いなルビィが何よりも避けたいことだった。


「それなら、俺の家に来る?」

「公爵邸に、ですか?」

「学校以外では、軍を所有する一部の貴族は魔法訓練が許可された施設を所有してるんだよ。公爵家もその1つ」

「確かに……本邸でも魔法の訓練はしていましたね」

「辺境伯なんて最たるじゃないか。うちも一緒。だから、訓練という名目で訓練場の一部を使うことは可能だよ。父上の許可はいるけどね」

「本邸にお邪魔するのであれば、私も一応父に確認をしたいと思います。その上でお願いしてもよろしいでしょうか」

「むしろ、できるだけ早くお願いしたいかな。返事もなくて、侍女に入ってもらったら部屋の中はもぬけの空ってのは、さすがに心配する」

「……申し訳ありません」


 膝の上で手を組んだグレイは、真剣な眼差しを向ける。普段あまり聞かない、愛を囁くあの軽い声よりも何倍も真面目なトーンが鼓膜を振るわせ、ルビィは頭を下げた。

 しばらくの沈黙ののち、落とされたため息。


「不可抗力なのはわかったからいいよ。魔法の扱いに長けた奴も見繕っておくから、辺境伯への許可取りよろしく」


 紅茶を飲み終えたグレイは席を立った。その足でアレクセイからの許可をもらいに行くつもりなのだ。察したルビィも席を立ち、玄関まで見送る。


「使用許可書に関しては、実力が認められれば入学前の取得もできる。楽しみにしてるよ、ルビィ」


 玄関で向かい合ったグレイは、ルビィに微笑んだ。グレイとしては最上級の笑みで、そして婚約者の背中を応援する甘い言葉のつもりだった。


「お任せください」


 だがルビィは表情を崩さず、キリッとした顔で返答する。せめてもう少し笑ってくれても、などという欲により、グレイは思わず眉間に皺を寄せる。


「ねぇ、俺たち婚約してるんだよね」

「……何か不満ですか?」

「ルビィの対応が不満」

「どこが間違っていたかわからないので、わかるように説明していただいてもよろしいでしょうか?」


 至極真面目にそう問いかけてくるルビィに、グレイは諦めたようにため息を吐き出した。


「まぁ、今はいいよ。君が君のままであるからこそ、きっと今僕は楽しいんだし」

「私は面倒事を極力避けたいので、必要事項だけ命じていただけるのが嬉しいです」

「ほんっと可愛げないね」

「私たちの関係に可愛げは必要でしょうか」

「そういうところで出して欲しくないんだけど」


 首を傾げるルビィに、グレイは天を仰いだ。同時に、今ここで問答していてもどうにもならないだろうと結論づける。

 魔法訓練のために公爵家まで来てもらう必要があるし、このやりとりをジェイにも見てもらおう。そう決めたグレイは、気を取り直して別れの挨拶を口にする。


「それじゃ、辺境伯から許可が出たらすぐに連絡してね」

「はい。お手数おかけしますが、グレイ様もよろしくお願いします」

「もっと軽いやり取りでいいよ。敬語もいらない」

「婚約のお披露目が終わったら考えます」

「はぁ、わかったよ。またね、ルビィ」

「ありがとうございました、グレイ様」


 左手を上げたグレイに、ルビィは感謝を込めて頭を下げた。先ほどの眼差しから、彼がどれだけ心配してくれてたかはルビィにも正確に伝わっていたからだ。

 愛してるだとか好きだとか、冗談で言ってくるだけで他人だと思っていたが、一歩、内側には入れてもらっているのかもしれない。償いを許されただけの身であるはずなのに、それが少しだけ嬉しくて。

 思わずこぼれた笑顔にグレイが顔を赤くしていたのだが、ルビィには一切見えていなかった。

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