1 不良品 -6
アキラが言うように、その町はお行儀がよかった。そこそこ高級そうな戸建ての家が、建ち並び、歩道は車道ときっちり分けられ、街路樹が等間隔に緑を繁らせていた。
平日の昼間ということもあって、辺りはしぃんと静まり返っていた。時たま通る車の音だけが、響いては消えていく。
しかも昨今の車はどれも静音だ。
こういうのを「閑静な」と言うのだろうな。
俺たちは、妙に威圧感のある家々を見上げながら、歩いていた。
「お前、こういう家に住みたいか?」
大きな家たちは、どれも似ていなかった。
建売ではなく、注文住宅なのだろう。それぞれが個性を誇って、主張しているように建っていた。さすがに誇るだけあって、どの家もセンスがある、上品な家が多い。
アキラは道々の家を見比べながら、ぼそりと答えた。
「前は。大きな家に住みたかったから」
「へぇ、意外だな」
「隠れるところが多そうだから」
「……そうだな、かくれんぼし放題だろうな」
俺は、アキラの言う意味を分かっていながら、とんちんかんな相槌を打った。
だが、アキラは何の反応も示さなかった。興味深そうに家を眺めて歩いている。
俺もそれ以上何も言わず、家を眺めながら歩いた。
アキラはロストアンガー嫌いだが、自分の怒りを殺すのはうまい。
「しかし、こうも外を誰も歩いていないんじゃあ、どうとっかかりをつけるかねぇ」
俺はポケットからバマホを取り出した。
ロストアンガー被施術者追跡装置。通称バマホ。バケモノとスマホを掛け、俺たちは勝手にそう呼んでいる。
見た目はスマートフォンのような機器だが、被施術者に埋め込まれたマイクロチップの発信信号を、受信する。
俺たちはこれを頼りに、対象者を見つける。
似たような機器を二台持つのが嫌で、スマホのアプリにしてくれればいいのに、と呟いたら、店長とアキラの二人から軽蔑の眼差しで睨まれたことがある。
二人とも長々といろいろ言っていたが、要はセキュリティの問題らしい。
画面のすみっこで赤い印が点滅していた。ここに対象者がいるということだ。ノイズが発生していると、ノイズレベルが表示されるが、画面に数字は表れていない。
今のところ、セーフってことかな。
「これ多分、家の中ってことだよなぁ」
地図上で点滅する方向にアタリをつけて眺めてみる。住宅地は奥まで続き、どうもその辺りも家しかなさそうだ。
対象が公共の場でない場所、つまり自宅などに籠っている場合が一番厄介だ。
警察でもない俺たちが、見知らぬ家を訪ねて行くには口実がいる。
まさか、「あなたバケモノですよね?クラッシュの危険がありますよ」などとは言えるはずもない。そのこと自体がクラッシュの引き金になりかねないし、そもそもクラッシュという言葉すら、本人も知らないのだ。
そうこうしているうちに、赤い点滅に近づいて来た。不審に思われない程度に、歩くスピードを落とし、一軒一軒注意深く観察して歩く。バマホの性能は、車のナビと同程度だ。
目的地周辺です、と言うわけだ。
「あった」
アキラが独り言のように、呟いた。
俺もアキラの目線を追う。
あった……堂々と表札が出ている。
「坂巻」
ご丁寧に、下の名前まで列記されていた。
「坂巻 誠一郎、志ず江、正太、なな美」
他の土地で見たら、立派な家だと思われるだろうが、ここではごく普通の家だ。周りの家から、良い方にも悪い方にも浮いていない。
俺たちはとりあえず、坂巻家を通り過ぎた。
「実家……だろうな」
正太があの家の中にいるのは、確実だろう。
それにしても……と思う。
正太の存在を隠す意図が、全く感じられなかった。
どんな犯罪を起こしてバケモノになったかは分からないが、罪を犯したのは確実だ。
懲役刑にならないと、ロストアンガーは受けられない。
普通、家族が犯罪を起こせば、家族はそれを世間からは隠そうと思う。隠すまでいかなくても、なるべく目立ちたくはないだろう。
それが、ご丁寧に、家族全員フルネームの表札を掲げている。仮にこの表札が、正太が犯罪を起こす以前からのものだとしても、普通なら、表札を外してしまうか、少なくとも「坂巻」だけにしてしまうだろう。




