1 不良品 -5
「なんていうか、お行儀のいい町ですねぇ」
アキラが溶け落ちそうになるソフトクリームを舐め上げて、呑気に感想を述べた。
鼻の頭にクリームが付いている。
あの作業着では目立ってしまうということが、本人も分かっているらしい。今日はダボダボのサロペットの下に、白いパーカーを着ていた。
それでも、平日の昼下がりに、アラフォーのおじさんと十代のサロペット女子の組み合わせは異様だ。
しかもソフトクリームを買い与えられ、鼻の頭にクリームをつけている。
……通報されるかもしれない。
「お前さ、事務所で寝てていいよ」
俺が促すと、アキラは鼻を鳴らした。
「二人一組行動が基本でしょう。バディって奴。ドラマでも、よくやってる」
「それは刑事だろうが」
「……店長に言われてるんですよ。マルさんがちゃんと仕事するか、見張ってろって」
俺は舌打ちをした。
この仕事も、二人一組でするのは本当だが、なぜ店長が、アキラを俺につけたのか分からない。
アキラの身体能力は高いが、荒事は全く駄目だ。まぁ、それが普通だ。服装や態度がおっさんでも、アキラは十九歳の普通の女の子だ。強かったら、おかしい。
おかしいのは、そんな子どもにこんな仕事をさせる店長だし、納得がいかないのはそんなピチピチのお荷物を、俺の相棒にしたことだ。
「見張るって、お前、現場まともに見れないじゃん」
俺がそう言ってやると、アキラは黙り込んだ。アキラは最後の最後で大体パニックになる。この間の現場でも、クラッシュしたバケモノに殺された被害者の頭を抱えて、号泣していた。
アキラが「なかよしマート」にいる経緯は、何となく知っているが、それでもこの仕事をさせる店長の真意が分からない。
あんなに心配しているなら、辞めさせればいいのに。
だが、アキラは辞めないと言い張るし、店長もそんなアキラの意向を尊重している。
結局、貧乏くじを引いて、苦労するのは、俺ってことだな。
拒否権がないのだから、仕方がない。
「で、その観察対象はどんな人です?」
先ほどの会話を忘れたかのように、アキラが訊いてきた。ソフトクリームは食べ終わったようだ。鼻の頭にだけ残っている。
俺が見かねて、手の甲でアキラの鼻を拭ってやると、アキラは鼻にしわを寄せた。
「坂巻正太、二十四歳。二十歳の時に、ロストアンガーを受けてる」
「え、若っ」
アキラが驚きの声を上げた。
俺も資料を見た時は、驚いた。若者、特に若い男性は、よほどでなければ、ロストアンガーを選ばない。この施術は、あらゆる攻撃衝動を取り除くが、その中に性衝動も含まれる。つまり、男性なら、勃たなくなる可能性がある。
必ずそうなるというわけでもないのに、世の男性は可能性でも恐れるようだ。若い男ほど、その可能性に怯え、数年なら刑務所に入った方がマシと思う奴が多い。
「よほどのことをやったのかな」
刑期が何十年にもなれば、ロストアンガーを受ける若者もいるだろう。
だが、俺たちに、彼らの犯罪の情報は与えられない。与えられるのは、名前と年齢、それからロストアンガーを受けた年だ。
対象がどんな事件を起こしたのかは、俺たちには関係ない、というのが上の方の考えらしい。浄化対象になったら、浄化する。俺たちの仕事はそれだけだ。
有名な凶悪事件なら、ニュースなどで知っているだろうが、坂巻正太という名前に、聞き覚えはなかった。