1 不良品 -4
「レベル1か」
俺は床をおざなりに拭きながら、店長を見上げた。
レベル1、観察。
一旦、ノイズが出ると、残念ながら、発狂に至り、死ぬまで、ノイズが消えることはない。レベルの上がるペースに差異こそあれ、いずれはクラッシュに至る。その前に違う原因で死なない限り、クラッシュによる死は免れない。つまりノイズが出たら、終わりだ。
だから、俺たちはそれを見逃さないよう、監視している。どうやって監視しているかというと、施術時に被施術者の脳内に、チップが埋め込まれる。そのチップから発信される情報が、「なかよしマート」本部に集められ、監視されている。
おっと、しかしこれは極秘だ。
なんせ、チップが埋め込まれたことは、本人ですら知らないのだから。
もっと言えば、ロストアンガーがクラッシュの危険性を孕んでいることも、国民及び当事者も知らない。
知っているのは、政府のお偉方、研究者、そして「なかよしマート」の俺たちだけだ。
胡散臭い匂いがプンプンするが、俺はこの仕事をしないという選択権がなかったので、仕方がない。
せいぜい善良な市民の犠牲が最小限で済むように、腕を振るうしかないのである。
しかし、店長は首を横に振った。
「いや、まだノイズは出ていない。というか、ずっとおかしいんだ。でもノイズじゃない」
店長は眉間に皴を寄せた難しい顔で、書類を覗きこんだ。
「おかしいのに、経過観察クリアして、こっちに戻したんですかっ?」
アキラが獲物を見つけたように、勢いよく噛みついてきた。アキラは徹底したロストアンガー嫌いだ。すでに穴だらけの制度だが、新しい叩きどころを見つけると、嬉々として叩き潰しに来る。
しかし百戦錬磨の白井店長はびくともしない。
アキラの剣幕に何の反応も示さず、説明に入った。
「対象が寝ている時だけ、攻撃衝動らしき信号が発生しかけるようなんだ。チップがショックを起こしている、と言っていたか……」
俺は眉を顰めた。らしき、だの、しかける、だの、歯切れが悪い。しかも……
「寝ている時間?」
俺は雑巾を持って、立ち上がった。
店長が頷く。
「それも毎日じゃない。時々。専門家の話では、夢を見ている時じゃないかって」
「夢?」
アキラの顔が凶悪になる。
店長は素知らぬ顔で頷いた。
「夢の中でだけ、信号が発生する」
消えたはずの衝動が、夢の中でだけ、甦る。
「大した不良品だな」
俺は雑巾を握りしめたまま、呟いてみた。