表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42/42

エピローグ -2

 


「あれ、珍しいねぇ。君の方から、ここに来るなんて」

 その男はにこやかに俺を迎えた。

 俺は彼のデスクに目を走らせる。

 何台かのPCの一つに目星をつけて、それを指さした。俺には分からないが、データらしきものがびっしり表示されている。

「それが、今回の脳みそか」

 彼は視線を俺から、PCの画面に移すと、あっさり頷いた。

「ああ、君が担当したっていう対象のだね。何回かショックが出てから、ノイズが出て、クラッシュしたんだっけ?」

 何でもない事のように言う。

 実際こいつにとっては、何でもない事なんだろう。

 クラッシュしたバケモノの脳は、例外なく「なかよしマート」に回収される。自死にしろ、浄化にしろ、脳の損傷は酷いことが多いが、どんなにぐちゃぐちゃでも、綺麗に回収されてしまう。

 棺の中に横たわっていた正太の頭の中も、すでに回収されていて、空っぽだったわけだ。

 回収した脳のデータは、もれなくこいつが目を通す。

 天才脳外科医であり、精神科医でもある、ロストアンガー施術の開発者、有川(ひかる)

「それで?何聞きにきたの?」

 俺よりも若い天才は、人懐っこい笑みを浮かべて、興味ぶかそうに俺を見た。

「用事がないと、君は来ないでしょう?」

「……結局、ノイズが出て、クラッシュした」

「うん」

「しかも、正太の精神環境が落ち着いてきた矢先に、ノイズが出た。そこから急に、クラッシュだ。結局ショックも、ノイズと一緒だったってことじゃないのか?」

 思い出しただけで、震えるほどの、怒りと後悔が湧いてくる。

 ショック状態はノイズとは違うと言われ、疑いながらもそのまま信じ、なんとかノイズが出ないように、その原因となりそうなものから正太を救おうとした。

 だけど、ショックがもうノイズと同じだったら?俺たちは刺激をあたえてしまっただけじゃないのか?

 有川はしばらく黙っていたが、ついにため息をついた。

「ヒトの精神はそんなに単純じゃない。一時良い方向に向かっているように見えても、また落ちてを繰り返す。そもそも、よくなっているように見せかけていただけかもしれない。落ち着いてきたからって、手放しで喜んだの?馬鹿だなぁ」

 俺は有川の目を見たまま、黙っていた。

 有川の表情が変わる。今度は好奇心に目を輝かせた、子どものような顔。

「今回のことで一つ分かったことがある。今回の対象にショック現象が起きていたのは、ロストアンガーを受けてからも、生活状況が変わらなかったからだと思う。普通、ロストアンガーを受ければ、本人が変えるなり、周りが変わるなりして、生活がガラリと変わる。今回は、それがなかった」

 確かに、正太が母親の支配下のもと、受験を強いられる状況は変わらなかった。

「それが、変わったことによって、ロストアンガーが正常に機能した。その後、ノイズが出たんじゃないかな」

 言いながら、有川は頭を掻く。

「まぁ、サンプル一つじゃ、実証できないけどね」

 サンプル……有川の言葉を聞いて、正太が落ちていく時の目を思い出した。どんな事実も、人の想いも、この男にとってはサンプルの一つに過ぎない。

 それを今さら、どうこう言おうとは思わない。

 言う権利もないしな。

 ただ、いけ好かないと思うだけだ。

「……つまり、俺たちが助けたから……」

 心にかかっていたことが、また口をついて出る。

「違うよ。助けてない」

 ピシャリと有川が遮った。

「君たちが助けられてなかったから、ノイズが出ちゃったんだよ」

 ゆっくりと有川の唇の両端が上がる。

 嬉しそうに歪んだ笑顔は、人の死を嬉々として語る死神のようだった。

 ゆっくりと有川は囁いた。

「素人が出しゃばって、救おうなんて思うから、こんなことになるんだよ」

 俺は動かなかった。

 ここで逆上したら、有川の思うつぼだ。

「ところで、君の体調はどう?」

 急に有川が話題を変えた。

 俺は警戒しながら、答える。

「何とも、普通」

「アキラちゃんは?今度連れてきてよ」

「……連れてこない。お前、殺されるぞ」

 アキラはロストアンガーが嫌いだ。そして、その開発者に対しては、殺意すら抱いている。

「僕の心配をしてくれるの?」

「まさか」

 有川の禍々しい笑顔を見ながら、俺は吐き捨てた。アキラを殺人者にするわけにはいかない。

「連れてきてよ。そろそろ会わせてみたいんだ。どうなるか、見てみたい」

 その言葉の意味を理解して、瞬間、俺が殺しそうになった。何とか、殺意を押し殺して、有川を睨む。

「ふざけんな」

 有川は鼻で笑う。

「過保護だなぁ。でもさ」

 顔を近づけてきて、嬉しそうに囁く。

「僕が連れてきてって、本気で言ったら、そうなるよ」

 俺は反射的に身体を引き離した。

 この、サイコ野郎。

「アキラはお前のモルモットじゃねえよ」

 睨みつけても、有川は動じることなく、俺を観察するような目で眺めている。

 気分が悪い。これ以上、有川になぶられるのはごめんだ。

 有川から目を逸らし、俺は部屋を出ようと、身を翻した。

 その背中に、有川の「マル」と呼びかける声が、追いかけて来た。

「僕は君の事、好きだよ」

 ぞわぞわっと悪寒が背中を駆けあがる。

「だって、言うだろ?失敗は成功の母って」

 俺はその声を断ち切るように、扉を閉めた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ