エピローグ -1
通夜で初めて彼らの父親を見た。
きちんと喪服を着て、突然の息子の死にも取り乱すこともなく、弔問客に丁寧に頭を下げていた。
とはいっても、正太に親しい人もいない。
訪れる人は親戚と警察関係くらいのものだった。
後の時間は、魂が抜けたような妻と、いろいろの想いを押し込めすぎて押し黙った娘から、意識を逸らせることに苦心しているように見えた。
棺の中の正太を見た。
すっきりしたような、穏やかな顔をしている。頭の方に目を走らせても、傷は見つけられなかった。
だけど、この正太は、空っぽだ。
「進藤さん」
葬儀場の裏庭のようなところで、煙草を吸って待っていると、なな美が出てきた。
「よぉ」
俺が吸っていた煙草の火を消すと、なな美は興味深そうな顔で、それを眺めていた。
「進藤さんがタバコ吸うの、初めて見たかも」
「アキラが嫌がるから、仕事中は吸ってないんだ」
「今日、アキラは?」
「……呼ばれたのは、俺だからな」
俺の返事に、なな美は肩をすくめた。
「呼ばないと、葬式にも来てくれないってことね」
「……」
通夜とはいえ、俺も行く気はなかった。
俺たちの仕事は、ほとんどの場合、相手が死ぬ。おまけに、俺が自ら手を下すことだってある。
その対象の葬式に出ることなど、今までなかった。
来たのは、なな美から電話がかかってきたからだ。
俺とアキラの携帯の番号を変えなくてはと、ちょうど手続きしようとしていた時だった。
「最後に話したいことがあるの」
なな美が自ら「最後」という言葉を使ったことに興味を持った。それに、この兄妹の中に入り込みすぎてしまった責任を、俺は後悔と共に感じていた。
「来てくれてありがとう」
思い直したように、なな美が頭を下げた。
俺も黙って頭を下げた。
「大丈夫か?」
俺が気遣うと、なな美は困ったように笑った。
「大丈夫…とは言い難いかな。現役ではとても合格できそうにないわね」
そう軽口をたたいてから、キュッと口元を引き締めた。
「正太が死んで、初めて知ったんだけどね」
なな美は俺の顔を見ていなかった。どこか遠いところを睨みつけていた。
「正太はずっと、万引きから抜け出せない間、死にたがっていたんだって。ママはそれを止めたくて、ロストアンガーを受けさせたんだって」
施術を受けたら、自殺しないんでしょ?
そう訊かれて、俺は頷いた。
「わたし全然知らなくて、ママは正太の盗癖を抜きたくて、そうしたんだと思ってた。まぁ、そういう意図もあったんだろうけど」
でも。
「正太自殺しちゃったよね」
いつの間にか、なな美の強い目が俺を見ていた。
「ママはそんなはずない、って言ってる」
バケモノは自殺出来ない。
「正太は自殺できない。進藤さんたちが何かしたんじゃないかって」
「……」
「わたしは進藤さんたちはそんなことしない、って言ったよ。わたしたちを助けてくれた。進藤さんが正太を殺すはずないって」
必死で言葉を並べるなな美は、自分にそう言い聞かせているように見えた。
「ねぇ、そうだよね?」
なな美の懇願に、俺は頷いた。
「その場にいたのに、助けることが出来なかった。すまない」
「……」
「施術を受けたら、自殺しようという衝動も起きないはずだった。だから、正太がなぜ自殺してしまったのか、すまん、俺たちにも分からないんだ。ロストアンガー施術はまだ発展途上だ。今回の事は、きちんと上に伝えて、原因を探ってもらう」
本当は分かっている。クラッシュしたからだ。だが、それをなな美に言うわけにはいかなかった。
俺は自分でも辟易するような嘘を並べながら、落ちていく正太の顔を思い出した。笑って「ありがとう」と言っていた。
クラッシュしていて、あんな顔ができるのだろうか。
「進藤さん」
なな美が寂しそうに、呼んだ。
「また、会える?」
俺は首を横に振った。
「もう、会うことはないよ」
なるべく優しく聞こえるように、そう言った。
「アキラにも?」
胸が痛んだが、俺は「ああ」と答えた。
なな美は短く息を吐くと、あきらめたように笑って、俺に訊いた。
「進藤さんって、偽名?」
俺は短く息を吐いた。
「ああ。すまんな」




