6 落下 -1
それから三週間ばかり様子を見ていたが、特に憂慮する事態も起きなかったので、俺たちは一旦、戻ることにした。
正太のノイズレベルは2のままで、生活を見るに落ち着いている。そんなことは起きないと知りながらも、落ち着いたならレベルも下がったんじゃないかと思うほどだ。
坂巻家の誰にも特に挨拶するわけではない。また戻ってくることになるかもしれない、というのもあるが、姿が見えないからいなくなったんだと思われるくらいが、ちょうどいいのを、知っているからだ。
実際、動物園以来、直接二人には会っていないし、電話もかかってきていない。
戻ったら、俺もアキラも携帯の番号を変えないといけないな。
そうやってフェードアウトしていくのが、俺たちのいつものやり方だった。
「あれ、めずらし」
スマホの画面を見て、アキラが思わずと言った風に、声を上げた。
いよいよ明日ここを発つ、ということで、俺たちは二人でささやかな打ち上げをしていた。
といっても、この前正太と行った居酒屋だ。アキラが連れて行けとうるさかったのだ。まぁ、俺もビールが飲めるし、文句はない。
アキラは大人しくウーロン茶を飲みながら、居酒屋メニューを吟味している最中だった。
「なんだ、なな美か?」
なな美たちに、明日発つことは言っていない。だがアキラにかかってくる電話は限られている。
「白井さんです」
言いながら、アキラはスマホを持って席を離れた。
やれやれ。
俺は枝豆を口に放り込みながら、ジョッキに口をつけた。
白井店長が俺でなく、アキラに電話をかけてくるときは、仕事は関係ない。
アキラの体調と精神面を心配しての、保護者としての電話だ。アキラとのやり取りだけでは心配は払拭できないらしく、大体その後、俺にかかってくる。
こちらは仕事の進捗報告の催促にかこつけて、アキラの様子を窺うというのが、いつものパターンだった。
家族(二人)でやってくれ、俺を巻き込むな、というのが本音だが、もちろん言わない。
俺のスマホも鳴りはじめ、もうこちらにかかってきたのかと、呆れた。アキラはまだ戻って来ない。
「ああもう、店長、気が短すぎ」とスマホを見る。
……なな美?
「はい」
二人とも席を外すわけにはいかない。俺が小声で出ると、なな美の上ずった声が飛び込んできた。
「進藤さん、正太と一緒じゃない?」
「いや、一緒じゃない。いないのか?」
時計を見ると十時だ。普通の二十四歳ならともかく、正太が十時になっても帰ってこないのは、確かにおかしかった。
「電話にも出ないし、ママが心配して大変なのよ。警察に届けるって」
取り乱した志ず江の姿が目に浮かぶ
「ちょっと待っとけ。一回切るぞ」
ちょうどアキラが戻ってきた。会計を終えて、外に出ると、俺はバマホを取り出した。
「正太が帰ってこないらしい」
アキラに説明しながら、画面を表示させる。バマホで見ればだいたいの場所が分かる。そしてノイズレベルも否応なしに目に飛び込んでくる。
ノイズレベル3
何となく予感はしていた。
俺は何食わぬ顔で、場所を特定しようと、地図を見た。
「ここって……」
「なに?マルさん、見せてよ!」
バマホを覗きこもうとするアキラを片手で抑える。
「アキラ、Y区だ。正太が通っていた中高一貫校がある区だ」
「え?なんで?」
「分からん。とにかく行くぞ」
俺はなな美に正太の行先を連絡するか、一瞬悩んだが、結局知らせることにした。
「居場所が分かった。青葉学園の近くだ」
簡潔に言うと、なな美が息を呑んだのが聞こえた。
「なんだって、そんなところに……」
「分からん。今から行ってみる。連れて帰るから、お前たちは待っててくれ。いいか、ママにもそう言っとけよ」
なな美は自信がない声で「分かった」と言って、電話を切った。
これは二人とも来るかもしれない。
そう思ったが、そこにエネルギーを裂く時間も余裕もなかった。
とにかく正太を見つけないと。




