表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/42

5 異変 -4

 


「だから言ったでしょう?あの人に何言っても無駄だって」

 なな美がカフェラテを飲みながら、他人事のように言った。

 すっかり母親の呪縛が解け、のん気な高校生となっている。のん気になりすぎて、うっかり受験生であることを忘れそうだ。

「大丈夫よ。わたし頭いいもん。人並みだけど」

 さらっと言って、ちゃんと予備校にも行っているし、と付け加える。

「だいたい、今更なんで、ママに会いに行ったの?正太だって、ちゃんと自分の意思で予備校に行ってるよ。本人が受験に向かって頑張ってるのに、何を変えたいのよ」

 まったく正論だが、俺は怖かった。

 頑張って、今年も受からなかったら?正太のノイズレベルは上がってしまうのではないか?その行きつく先は、クラッシュだ。

 もちろん、なな美にもノイズのことは話していない。俺の胸一つにしまっている。

 ノイズが消滅することはないにしても、俺はこのままノイズレベルを保ってほしかった。今の穏やかな状態を保てるなら、それも可能に思えたのだ。

「なんで、お前の母親は、K大にこだわるんだ?」

「あー」

 なな美の顔に、憐れみのような表情が浮かんだ。

「あの人はね、旦那に認めてもらいたいのよ」

 その他人事のような言い草に、なな美と父親の距離を感じた。揶揄したのだとしても、全く親愛を感じない。

「お前たちの父親だよな?」

 一応確認すると、なな美は「まぁね」と肩をすくめた。

「でも、全然帰ってこないから、顔も忘れた。妻子の為に立派な家を建てて、経済面でも十分に養っているってことで、すっかり父親としても夫としても、満足している人。だから文句言うなって、思っているんだろうな」

 最後は自問の形になっていた。

 俺は実際になな美の父親に会ったわけではないので、「そうだな」と安易に同意することはできない。だが、娘にそう思わせてしまう何かがあるんだろう。

「ママはね、そんな旦那が心底嫌なのに、どうしても離れられないの」

 ホレた弱みって言ったら聞こえがいいけど……

 なな美はおどけた風を装ったが、あざけっているようにしか聞こえなかった。

「あれは愛情っていうより、執着ね」

 なな美の口調は乾いていた。

「わたしたちの父親が、唯一興味を示したのが、正太の頭の良さだったのよ。さすが俺の息子ってね。ママはそれにしがみついた。何とか、旦那を家庭に振り向かせたくてね」

 馬鹿よねぇ。

 なな美の口調は、相変わらず乾いている。もう、父親のことに関しては、彼女の中で決着がついているのだろう。

「せっかく、正太が人生をなげうって、ママの目を覚まさせようとしたのにね」

 なな美は俺の顔を見て、笑った。

「正太が窃盗で捕まった時も、父は帰ってこなかったわ。そのくらいで、俺を呼ぶなってね。それから、一度も帰って来てない」

 お金は入って来るから、生きているんでしょうけど。

 そう言って、なな美はグラスに残っていたカフェラテを飲み切った。

 グラスの中で、カランと氷が音を立てた。

「ねぇ、進藤さん。正太と飲んだんだって?」

「……アキラに聞いたのか?」

 なんだ、結局仲良しじゃねぇか、と思ったら、なな美は意味深な笑みを浮かべて、首を横に振った。

「正太に教えてもらった。ママのいないところでね。二人きりの時に話なんか普段しないのに、コソコソ話しかけてくるから、何かと思ったら」

 そこで思い出したのか、なな美の口元が震えて笑った。

「進藤さんと酒飲んだよ、ってわざわざ報告してきたの」

 ガキかっつーの、と毒づく。

「それで、あと二年でお前も飲めるなって。一緒に飲もうなって。馬鹿じゃないの?兄さん風吹かせて」

 なな美は忌々しそうに言ったが、その声はなんとなく弾んでいた。

「……アキラにずるいって言われたよ」

 正太となな美の不器用で温かいやりとりを聞かされて、返答に窮した俺は、アキラをダシに会話を繋げた。

「そうだよ、ずるいよ」

 なな美も同意する。

「だから俺は、お前らランチでも行けばって言った」

「えー、あの子と二人で?会話続かないよ」

 そう言いながら、なな美は少し考え込む。

「四人で行きたい」

「へ?」

「四人でどこか行こうよ。そうしたら」

 なな美は俺の目を見て微笑んだ。初めて会った時のことを思い出す。妙に大人びた目。だけどもう、あの時のような、攻撃的な気配はしない。

「そうしたら、わたしたちもう大丈夫だから」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ