4 反逆 -5
「こりゃ、派手にやったねぇ」
あれからきっかり十分後に、俺たちは坂巻家に到着した。
母親の車はなかった。
俺たちが裏口から侵入し、リビングにたどりつくと、ダイニングの椅子は倒れ、床には食器と共に朝食が散乱していた。
その中で、正太となな美は黙りこくって、片付けをしていた。
俺たちがリビングの入り口に急に現れると、二人はそろって目を丸くした。
その様子がそっくりで、兄妹だな、と俺は場違いにも、ほっこりしてしまった。
「進藤さん」
二人の声がハモって、ついに笑ってしまった。
「あんたがなんで進藤さん知ってんのよ」
なな美が噛みつくように、正太に訊く。
「え、いや……ちょっと助けてもらって」
しどろもどろに正太が答えるのを聞いて、なな美は今度は俺たちを睨みつけた。
「あんたたち、正太には直接接触していないかと……」
もっと気にするところがあると思うのだが、なな美はじりじりと俺に近づいて来た。
気が立っている猫みたいだ。
近づいて来たなな美を見ると、あちらこちらが赤くなっていた。冷やさないと腫れるかもしれない。
「殴られたのか?」
俺がなな美の頭に手を置こうとすると、なな美は目に見えて、ビクッとした。
「いや、これは殴られたわけじゃなくて、ママに……」
それから何かに気が付き、俺を見上げた。
「なんで、そんなこと知ってんの?それに、どうしてここにいるの?」
気が付くのが遅すぎるが、それだけパニックだったということにしよう。
俺は警戒するなな美に構わず、ガシガシと頭を撫でてやった。
「偉かったな」
「は?」
なな美が心底不審そうに、俺を見た。
「全部聞いてたってことですよね?」
あらぬ方向から返事が聞こえて、俺はそちらを見た。正太が涼しい顔で、俺を見ていた。
それからおもむろに立ち上がると、食器棚を少し動かした。アキラが「あ」と声を上げる。
正太が指さした先には、小さなシールがはってあった。超小型盗聴器だ。
俺は頭を掻いた。別にバレてもいい。どのみち、今バラすつもりだったのだから。
だが、と正太を改めて見る。
意外だったな。
正太は盗聴器に気が付いていて、それで母親やなな美に気付かせていなかったということになる。
「心配することもなかったな」
俺の独り言に、正太となな美はそろって眉を顰めた。
「え?」
「正太には、盗聴器仕掛けること、言ってもよかったんだけど、正太はすぐにバラしてしまうと思ったんだよ。口に出さなくても、挙動不審になるかなってね。すぐ顔に出そうだしな」
ああ、と正太は素直に頷き、なな美は逆に怒り狂った。
「はぁ?なにそれ、わたしたちのこと盗聴してたの?信じらんない。正太には言っても良かったですって?どういうこと!」
なな美と母親の本当の姿を知りたかった、と言ったら、またなな美を傷つけてしまいそうで、言わなかった。
母親との関係を、なな美に訊いたところで、本当のことは言わなかった。母親について不満は言っていたが、ここまでのことをされているとは言わなかった。まだ、正太の方がありのままを教えてくれた。
なな美は自分ではしゃべれなかったのだろう。誰かに話すには、親が自分にしている仕打ちを直視しなくてはいけない。それはなかなか難しい。
だから、きちんと知りたかった。
「それで、約束の三十分になりますけど、どうするんですか?」
アキラが口を挟んだ。
アキラがそれまでしゃべらなかったことに、俺はやっと気が付いた。
アキラの目は沈んでいて、顔色も心なしか白い。
散乱した部屋、なな美の痣。思い出すには充分か。
「なな美、赤くなったところ冷やしてこい。俺たちはここを片付けとくから。それで遅れず高校に行け」
途端に、なな美の目が不安に揺れる。
「自分で言えたんだろ」
俺がそう念押しすると、なな美はこくんと頷いた。
正太はなな美の様子に、ほっとしたような表情を浮かべている。
俺はわざとらしく咳ばらいをした。
ここからが本題だ。
「正太は予備校に行くな。アキラと一緒にいろ。サングラスかけたら、変装にもなるしな」
「はぁ?」
また、二人がハモった。
「ムリムリムリムリ」
正太が激しく首を横に振っている。
「ムリって、でもK大行くのも無理なんだろ?」
「そうだけど」
「じゃ、行く意味ないじゃん」
「でも、母さんが許してくれないよ」
「その母さんはK大しか許してくれないんだろ。でもそれが無理なんだから、行ってもしょうがないだろ」
正太が言ったのだ。K大は受からない。受かりたいとも思えない。
「そうだけど……そんなことしたら、母さんが……」
正太がうつむいてしまったのと入れ替わるように、なな美が口を開いた。
「正太が予備校休んだら、すぐにママのところに連絡がいって、それでママはわたしの高校にとんでくるわ」
なな美のせいで、正太に何かあるなんて、ママは絶対に許さない。
「進藤先生がなんとかしてやるよ」
俺はそう言ってやったが、なな美はちょっと顔をあげただけだった。
「正太の行方がしれないと、捜索願を出すかもしれないわ」
なな美が沈んだ声で言った。
二十四歳の男がちょっといなくなっただけで、捜索願?そんなまさか。
「……やりかねんな」
アキラがぼそりと言った。
確かに。だが、警察の方が取り合わないだろう。
俺はじれったくなって、強硬手段にでた。
「正太、お前がずっとそこにいるってことは、なな美もずっと同じようにされるってことだぞ」
正太がその生活から抜け出すのを許してもらえないのなら、なな美だけ自由にしてもらえるとは思えない。
いったいいつまで……
「お前がロストアンガーを受けたせいで、その気力が出にくいのは分かっている。だけど、なな美を助けたいんだろ」
反抗する力。それは立派な攻撃衝動だ。それが断ち切られている正太は、その力が出ない。
俺はなぜだか腹が立ってきた 。
だけど、ここで動かなくなったら、何のために生まれ変わったんだよ。
正太はのろのろと立ち上がった。
「よろしくお願いします」
そう言うと、頭を深く下げた。顔は見えない。だが、それで十分だった。




