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「お疲れ様でーす」

 肩に重たいものを背負ったような顔で、アキラが部屋に戻ってきた。口ぶりは軽いが、背中が丸まっている。

「お疲れ。大丈夫だったか?」

 正太となな美、アキラをどちらに付けるか、正直迷った。性格の相性は断然正太だろうが、バケモノである彼と一緒にいる負担を考えると、どちらがマシか悩むところだ。

「なな美とは、まともに話ができるとは思えません」

 結局、本人がそう断言したので、なな美は俺、正太はアキラということになった。

 監視や尾行ならともかく、個人的に関わるということが、どのくらいアキラの負担になるのか。話をするということは、どうしたって顔を見なくてはならない。

「問題なしです」

 アキラは何でもない事のように言った。

 無理しているふうではない。だが、俺はまだ疑っていた。目を眇めて見極めようとすると、アキラはうるさそうに顔の前で手を振った。

「正太には、サングラスをかけてもらいました」

「え?」

「目が見えなければ、なんとかなります」

 しれっとそう言うアキラに、俺は眉を顰めた。夕暮れ時にサングラス。夏はまだ遠い。

「……何て言って、かけさせたんだよ」

 アキラがチラリと俺を見た。

「正直にですよ。バケモノの目を見ると、気分が悪くなる体質なので、かけてもらえませんか」

 確かに俺たちが「ロストアンガー対策室」から来たことは、正太にも明かしてある。目的は「経過観察」。定期健診みたいなものだと言ってある。まぁ、まるっきり嘘は言っていない。

 しかし、だからといって……

「正太はどんな顔をしていた?」

 繊細そうな正太の顔を思い浮かべて、俺がそう訊くと、アキラは肩をすくめた。

「そんな顔ですよ」

 真っすぐ俺の顔を指さしている。

「苦笑い」

 俺はため息をついて、バマホを見た。変化なし。自然と肩の力が抜け、今まで肩に力が入っていたことに気が付いた。

「危なっかしいなぁ」

 俺は改めて苦笑いをし、ベッドの端に腰を下ろした。

「これで、どう動くかなぁ」

「ババァですか?」

 アキラはもうすでに、二人の母親である志ず江のことをババァ呼ばわりしている。存在を無視されたことを、根に持っているのかもしれない。

「ババァもだけど」

 なな美は、母親に逆らう勇気を出せるだろうか。正太はなな美の味方になってやれるだろうか。

「あんな親、捨ててしまえばいいんですよ」

「それができないから、あんなんになってるんだろ」

 俺は元々親とは縁が薄かったし、アキラは親から逃げた。

 アキラはともかく、親から離れられないという心理は、俺は実感としては分からない。

 バケモノになった以上、クラッシュしない限り、正太は自殺はしない。できない。

 だが、なな美は知らないのか、頭から飛んでいってしまったのか、正太の死をほのめかしただけで、パニックになっていた。

 正太なんか死んでしまえばいい、と嘯いていたなな美だが、根っこではちゃんと、正太を失くしたくないと思っている。

 なな美は、この状況を変えないといけない、と思ってくれただろう。

 問題は、母親の呪縛に、なな美の勇気が勝てるかだ。

 ……忘れられたくない。

 本当の自分を忘れられたくないのなら、アキラが言うように、そんな親を捨ててしまえばいい。


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