4 反逆 -3
「お疲れ様でーす」
肩に重たいものを背負ったような顔で、アキラが部屋に戻ってきた。口ぶりは軽いが、背中が丸まっている。
「お疲れ。大丈夫だったか?」
正太となな美、アキラをどちらに付けるか、正直迷った。性格の相性は断然正太だろうが、バケモノである彼と一緒にいる負担を考えると、どちらがマシか悩むところだ。
「なな美とは、まともに話ができるとは思えません」
結局、本人がそう断言したので、なな美は俺、正太はアキラということになった。
監視や尾行ならともかく、個人的に関わるということが、どのくらいアキラの負担になるのか。話をするということは、どうしたって顔を見なくてはならない。
「問題なしです」
アキラは何でもない事のように言った。
無理しているふうではない。だが、俺はまだ疑っていた。目を眇めて見極めようとすると、アキラはうるさそうに顔の前で手を振った。
「正太には、サングラスをかけてもらいました」
「え?」
「目が見えなければ、なんとかなります」
しれっとそう言うアキラに、俺は眉を顰めた。夕暮れ時にサングラス。夏はまだ遠い。
「……何て言って、かけさせたんだよ」
アキラがチラリと俺を見た。
「正直にですよ。バケモノの目を見ると、気分が悪くなる体質なので、かけてもらえませんか」
確かに俺たちが「ロストアンガー対策室」から来たことは、正太にも明かしてある。目的は「経過観察」。定期健診みたいなものだと言ってある。まぁ、まるっきり嘘は言っていない。
しかし、だからといって……
「正太はどんな顔をしていた?」
繊細そうな正太の顔を思い浮かべて、俺がそう訊くと、アキラは肩をすくめた。
「そんな顔ですよ」
真っすぐ俺の顔を指さしている。
「苦笑い」
俺はため息をついて、バマホを見た。変化なし。自然と肩の力が抜け、今まで肩に力が入っていたことに気が付いた。
「危なっかしいなぁ」
俺は改めて苦笑いをし、ベッドの端に腰を下ろした。
「これで、どう動くかなぁ」
「ババァですか?」
アキラはもうすでに、二人の母親である志ず江のことをババァ呼ばわりしている。存在を無視されたことを、根に持っているのかもしれない。
「ババァもだけど」
なな美は、母親に逆らう勇気を出せるだろうか。正太はなな美の味方になってやれるだろうか。
「あんな親、捨ててしまえばいいんですよ」
「それができないから、あんなんになってるんだろ」
俺は元々親とは縁が薄かったし、アキラは親から逃げた。
アキラはともかく、親から離れられないという心理は、俺は実感としては分からない。
バケモノになった以上、クラッシュしない限り、正太は自殺はしない。できない。
だが、なな美は知らないのか、頭から飛んでいってしまったのか、正太の死をほのめかしただけで、パニックになっていた。
正太なんか死んでしまえばいい、と嘯いていたなな美だが、根っこではちゃんと、正太を失くしたくないと思っている。
なな美は、この状況を変えないといけない、と思ってくれただろう。
問題は、母親の呪縛に、なな美の勇気が勝てるかだ。
……忘れられたくない。
本当の自分を忘れられたくないのなら、アキラが言うように、そんな親を捨ててしまえばいい。




