4 反逆 -2
「あら、進藤さん」
予備校から出てきたところで、待ち伏せていると、あちらから先に声をかけてくれた。
「あの子は?」
なな美が俺の周りを窺う。
「あの子」ね。アキラの方が年上なんだが。
やはりアキラとなな美は相性が悪い。あちらを任せて、正解だった。
「正太くんについているよ」
俺は正直に言った。
正太となな美は同じ予備校に通っても、行きも帰りも、絶対に同じ電車には乗らない。ワザとずらしているようだった。
「ふーん」
なな美は興味がないふりを装って、相槌を返したが、不満そうだった。なな美の方は、アキラのことが気になっている。
「それで、進藤さんは、わたしに用事があるの?」
「ああ、ちょっと話が聞きたいと思って。なな美の」
歩き出していたなな美は、驚いて振り返った。
「わたしの?」
「そう」
なな美は五秒ほど、俺の顔を穴が開くほど眺めていたが、フイッと前を向いてしまった。
「なによ、急に。ずっと遠巻きだったじゃない」
遠巻きに見ていたことは、気が付いていたらしい。
「学校はどうだ?楽しいか?」
歩くなな美に歩調を合わせ、親戚のおじさんのような質問をすると、なな美は胡散臭そうに俺を見上げた。
「学校って?どっちの?」
「学校と言えば、普通高校の方だろう?」
そう聞いてしまうほどに、予備校にいる割合が多いのだろう。
なな美は軽くため息をついた。
「どうって、普通よ。嫌でもないけど、特に楽しくはないわ」
「それにしちゃあ、学校に行けない日が続いたら、暗い顔になっていたけどな」
平気な顔で言ったなな美に、軽い調子でそう返してやると、なな美の顔がカッと赤くなった。
「予備校は嫌なところだもの。正太を見張るためのところ。やってられないわ。それに」
「それに?」
「ますます、みんなに忘れられてしまうわ」
「みんな?」
質問攻めに、なな美は気分が高まったのか、胸を抑えた。浅く息を吐き、深く吸う。
息を止めて、俺を見上げた。
ちゃんとそういう顔も出来るんだな。
「みんながわたしを忘れてしまうわ」
はは
「やっぱり、高校に行きたいんじゃねぇか」
休む日が多くなると、みんなに忘れられてしまう。つまり、忘れてほしくない。そこにいたい、ということだ。
「じゃあ、なんで、お母さんの言うことをきいているんだ。そう言えばいい。高校に行きたいって」
そう言いたくても言えないことを、百も承知で俺は煽った。
案の定、なな美は逆上した。
「言いたいわ、言おうとしたわ!でも、そうしたら……」
途端にしぼんでいく。
「ママにも忘れられてしまうわ」
存在を無視された子どもは、そこに一縷の望みがあれば、それにしがみついてしまう。親に見て欲しい、振り向いて欲しいという願望は、それほど切実だ。それだけは失えないと思ってしまう。
だから、それが罠となる。
「なな美」
見上げたなな美の顔は、幼子のようだった。途方に暮れ、何か助けがないか、必死に探している。
「学校を休めと言われても、もう休むな。ママの言うことは無視して、ちゃんと学校に行け。なんなら、予備校に行くふりをして、学校に行ってもいい」
なな美の顔が恐怖にひきつる。
「そんなの、ママにバレたら」
怒り狂い、なな美を罵り、そのうち諦めたら、なな美を忘れてしまうかもしれない。
なな美がそう想像しているのは、手に取るように分かった。
「絶対に、ママにお前のこと忘れさせないから」
俺がそう約束すると、不安そうに瞳が揺れた。
「でも……」
下を向いて、歩き続けながら、なな美が独り言ちる。そりゃ、すぐには決心ができないだろう。ずっと、母親の支配下にいた。ずっとだ。そこは苦痛だったろうが、安住できるところでもあったはずだ。
だが、そこから這い出てこない限り、なな美は救えない。
「なな美」
俺はなな美の腕を掴み、こちらを向かせた。
「お前、正太と心中する気か?」
なな美の目が、これ以上ないくらい見開かれた。
「……お兄ちゃん、死ぬの?」




