表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/42

4 反逆 -2

 


「あら、進藤さん」

 予備校から出てきたところで、待ち伏せていると、あちらから先に声をかけてくれた。

「あの子は?」

 なな美が俺の周りを窺う。

「あの子」ね。アキラの方が年上なんだが。

 やはりアキラとなな美は相性が悪い。あちらを任せて、正解だった。

「正太くんについているよ」

 俺は正直に言った。

 正太となな美は同じ予備校に通っても、行きも帰りも、絶対に同じ電車には乗らない。ワザとずらしているようだった。

「ふーん」

 なな美は興味がないふりを装って、相槌を返したが、不満そうだった。なな美の方は、アキラのことが気になっている。

「それで、進藤さんは、わたしに用事があるの?」

「ああ、ちょっと話が聞きたいと思って。なな美の」

 歩き出していたなな美は、驚いて振り返った。

「わたしの?」

「そう」

 なな美は五秒ほど、俺の顔を穴が開くほど眺めていたが、フイッと前を向いてしまった。

「なによ、急に。ずっと遠巻きだったじゃない」

 遠巻きに見ていたことは、気が付いていたらしい。

「学校はどうだ?楽しいか?」

 歩くなな美に歩調を合わせ、親戚のおじさんのような質問をすると、なな美は胡散臭そうに俺を見上げた。

「学校って?どっちの?」

「学校と言えば、普通高校の方だろう?」

 そう聞いてしまうほどに、予備校にいる割合が多いのだろう。

 なな美は軽くため息をついた。

「どうって、普通よ。嫌でもないけど、特に楽しくはないわ」

「それにしちゃあ、学校に行けない日が続いたら、暗い顔になっていたけどな」

 平気な顔で言ったなな美に、軽い調子でそう返してやると、なな美の顔がカッと赤くなった。

「予備校は嫌なところだもの。正太を見張るためのところ。やってられないわ。それに」

「それに?」

「ますます、みんなに忘れられてしまうわ」

「みんな?」

 質問攻めに、なな美は気分が高まったのか、胸を抑えた。浅く息を吐き、深く吸う。

 息を止めて、俺を見上げた。

 ちゃんとそういう顔も出来るんだな。

「みんながわたしを忘れてしまうわ」

 はは

「やっぱり、高校に行きたいんじゃねぇか」

 休む日が多くなると、みんなに忘れられてしまう。つまり、忘れてほしくない。そこにいたい、ということだ。

「じゃあ、なんで、お母さんの言うことをきいているんだ。そう言えばいい。高校に行きたいって」

 そう言いたくても言えないことを、百も承知で俺は煽った。

 案の定、なな美は逆上した。

「言いたいわ、言おうとしたわ!でも、そうしたら……」

 途端にしぼんでいく。

「ママにも忘れられてしまうわ」

 存在を無視された子どもは、そこに一縷の望みがあれば、それにしがみついてしまう。親に見て欲しい、振り向いて欲しいという願望は、それほど切実だ。それだけは失えないと思ってしまう。

 だから、それが罠となる。

「なな美」

 見上げたなな美の顔は、幼子のようだった。途方に暮れ、何か助けがないか、必死に探している。

「学校を休めと言われても、もう休むな。ママの言うことは無視して、ちゃんと学校に行け。なんなら、予備校に行くふりをして、学校に行ってもいい」

 なな美の顔が恐怖にひきつる。

「そんなの、ママにバレたら」

 怒り狂い、なな美を罵り、そのうち諦めたら、なな美を忘れてしまうかもしれない。

 なな美がそう想像しているのは、手に取るように分かった。

「絶対に、ママにお前のこと忘れさせないから」

 俺がそう約束すると、不安そうに瞳が揺れた。

「でも……」

 下を向いて、歩き続けながら、なな美が独り言ちる。そりゃ、すぐには決心ができないだろう。ずっと、母親の支配下にいた。ずっとだ。そこは苦痛だったろうが、安住できるところでもあったはずだ。

 だが、そこから這い出てこない限り、なな美は救えない。

「なな美」

 俺はなな美の腕を掴み、こちらを向かせた。

「お前、正太と心中する気か?」

 なな美の目が、これ以上ないくらい見開かれた。

「……お兄ちゃん、死ぬの?」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ