3 正太 -4
「うわぁ、絵に描いたような」
アキラが感嘆の声を上げている。
いつも通り、正太の後方十メートルを歩いていた。最近では尾行というより護衛だな、と話していたところだった。
駅の方に曲がった正太の後を、俺たちも曲がったところで、正太の姿が消えた。あれ?と路地裏を見ると、正太が三人の高校生に囲まれていた。
そう、絵に描いたような、カツアゲだ。
アキラの感嘆の声に、少なからず懐かしい響きを感じた俺は、アキラに尋ねた。
「お前もやっていたのか?」
アキラは「うーん?」としばらく考えると、「ない」と答えた。
「即答しろよ」
俺が笑いながら言うと、アキラは真面目に答えた。
「ケンカ弱いですから」
「弱くても、何人かで囲めば、脅せるだろ」
「誰かとつるむのは嫌いでしたし」
確かにアキラは徒党を組むタイプではない。「そうか」と頷きながら、俺は眉を顰めた。
「じゃあ、なんで考え込んだんだよ」
「お金を貸してください、と迫ったことはあります。それがカツアゲになるのかな、と」
俺たちが呑気に「カツアゲ」の定義について話しているうちに、正太はちょっと殴られて、お金を取られてしまった。
高校生たちが笑いながら去って行き、しばらくしても、正太は立ち上がらなかった。
「ほら、早く助けないから」
アキラが他人事のように、俺を責める。断じて言うが、俺は正太を放っておいたわけではない。暴力が酷くなったら、止めようと思っていた。だが正太が、ちょっと撫でられただけで、すぐに渡してしまったのだ。
呆然と座り込んでいる正太に、俺は仕方なく声をかけた。
「あんまりチョロいと、また狙われるぞ」
正太がノロノロと顔をあげた。
俺の顔を不思議そうに見上げ、そのまま俺の後ろに隠れていたアキラを、目ざとく見つけた。
「あれ、君は確か……」
俺を無視して、正太はアキラを見ようと体を起こしたが、アキラは頑として俺の背中から出て来ない。正太の顔を見たくないのだろう。
正太は困惑したように、首を傾げた。
「どうして、隠れているの?」
その言い方があまりにも無邪気で、俺は面食らった。
画面を通してではよく分からなかったが、正太の声音は屈託がなかった。とても前科者とは思えない。さらに言えば、とても二十四歳とは思えない。純粋な疑問を、そのまま口にできる無邪気さに、俺は困惑した。
「まー、なんだ」
俺は子どもに答えにくい問いを投げかけられたかのように、しどろもどろに答えた。
「恥ずかしいんだとよ」
「……そうなんだ」
正太はあっさりと頷いた。俺たちにはもう興味を失ったようで、恐る恐る立ち上がった。そして、「いたっ」と言いながら、口の端を抑えた。
口の端が少し切れている。それにちょっと腫れてきたようだ。
「腫れてきているぞ」
俺が指摘すると、ギョッとしたように、正太は自分の頬を押さえていた手を見た。
手には血が少し付いていた。
「どうしよう」
途方に暮れた子どものように、俺の顔を見上げる。
見つめられても、俺はどう答えてやればよいか、さっぱり分からなかった。俺が「さぁ?」と曖昧に首を傾げると、正太の顔はものの見事に歪んだ。
まさか、泣き出さないよな?
俺が身構えると、
「これじゃあ、帰れないや」
そう言って、またズルズルと蹲ってしまった。
いつの間にか、アキラが俺の後ろから出てきていた。俺たちは互いに無言で、顔を見合わせた。




