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3 正太 -1

 アキラは恨みがましい目で俺を一瞥した後、トボトボと予備校に入って行った。

 アキラは違う任務を想像していたようだが、俺がアキラに頼んだのは、予備校に潜入し、正太の様子を探り、できたら直接知り合いになれ、という任務だ。都合よく、体験入校も出来るというので、アキラを正太のクラスに入れてみた。

 昨日の今日で、なな美はさすがに高校に行かせてもらえるだろう。夕方までは、時間がある。

 正太は一日コースなので、朝から一日中授業があった。

 つまり、一日授業につきあって、更に正太とコンタクトをとれ、とアキラにとっては地獄のような任務を命じたのだ。

 アキラは、勉強も人とのコミュニケーションも苦手だ。

「しっかり、勉強して来いよ」

 予備校の前で、俺が冗談めかしてそう言うと、暗い目で俺を一瞥し、無言で去って行った。

「……大丈夫かな?」

 入る前からかなりのダメージを受けている相棒の背中に、一抹の不安を覚えながら、俺は近くのマンガ喫茶に入った。

 個室に落ち着くと、長年、買おうかどうか悩んでいた長編マンガをテーブルに積んだ。それから、タブレットを取り出し、アプリを開く。アキラが付けてくれている、通信機器とつながるのだ。しばらくして、タブレットの画面に画像が映る。遠くで講師らしき人物が、ホワイトボードを叩きながら、熱く講義をしていた。生徒たちは、どの子も熱心にそれを聴いていた。画質はそれほど良くないが、講師の熱血ぶりが見て取れるほどには、様子が分かる。

 それにしても、ホワイトボードと講師がずいぶん遠い。アキラめ、一番後ろに座ったな。

 そのアキラは今、メガネをかけて授業に臨んでいる。このメガネにはカメラ機能と、高性能の集音マイクが付いている。もちろん、それとは分からないようにだ。なかよしマートは、ロストアンガー施術を扱っているだけに、こういったハイテク技術にも強い。

 昔のスパイ映画に出てきそうだとオジサンを感嘆させるくらいのものは、造ってしまえるのだ。

 対策室が作った、こういったヤクザな機器たちを、俺たちは「なかよしマートのおもちゃ」呼んでいる。

 そしてこのメガネは、変装にも役に立つという優れモノだ。アキラが躊躇なくかけられるほどには、オシャレな出来だった。

 熱血講師の画像は、一定せず、揺れていた。アキラはさっそく眠気に襲われているのかもしれない。

「さて、正太君はどれかな……」

 俺が呟きながら、画面に目を凝らしていると、目の前に指が伸びてきて、右前方を指さした。俺の呟きを聞き取って、アキラが示してくれたらしい。眉を寄せて見ると、確かに昨日見かけた後ろ姿が、一番前の列の右端に座っていた。後ろ姿だから、俺にはそれが正太だと言い切れはしないが、その場にいるアキラがそう言うなら、そうなのだろう。

 熱心に講師に顔を向けて、講義を聴いている、ように見える。どこにでもいそうな若い男だが、二十四歳には見えない。せいぜい一浪したくらいの浪人生だ。だから教室の中でも、歳食って浮いている感じもしない。

 昨日も、なな美の兄というよりは、弟といった印象だと思った。なな美がああだから、尚更だ。

 俺はとりあえず動きがあるまで、待機することにした。タブレットを見やすいように立てかけ、積んだマンガに手を伸ばす。

 これをアキラに知られたら、殺されるだろう。笑い声を漏らしてしまわないように、細心の注意を払わなければ。



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