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2 いびつ -6

 

 ごく普通の家だと思う。まぁ、俺の感覚だから当てにはならないが、俺は普通の家だと思った。

 整った家。世話の行き届いている家だ。

 靴はきちんと靴箱にしまわれ、余分には出ていない。俺は自分の靴をきちんと並べ、アキラにも目配せした。

 アキラは不貞腐れた顔でも、靴をきちんとそろえて上がった。玄関に唾を吐かないで、よかった。

 家の中は静かだった。正太がいるはずだが、物音一つしない。

 俺の表情を読んだのか、なな美が言った。

「正太はちゃんと自分の部屋にいるわ」

 それから肩をすくめた。

「勉強している…はず」

 まるで母親のような言い方に、俺はまた違和感を覚える。

「また、監視か?」

 俺が囁くと、なな美は抑揚をつけずに言った。

「それがわたしの役目だから」

 今までの演技がかった口ぶりとの違いに、思わずなな美の顔を見ると、能面のように無表情だった。

「今日、学校は……」

 恐る恐るそう口にすると、噛みつくように言われた。

「休んでるに、決まってるでしょ!」

 それから笑顔をつくる。今まで気が付かなかったが、その笑顔はどこか歪んでいた。

 挑発するような、笑み。

「だから、先生が来たんでしょ?」

 そう言って、リビングに俺たちを通し、自分はキッチンへ姿を消した。お茶でも入れてくれるのか?

 普段そんな気遣いを受けることがない俺たちは、居心地悪げに浅く椅子に座っていた。

「気持ち悪いな、あの女」

 ぼそりと、アキラが呟く。

 また悪態をつくのかと、俺が見やると、アキラは至極真面目な顔で、キッチンの方を見ていた。

「言葉と表情と行動が、バラバラじゃないですか?」

 そこは俺も気が付いていた。それに、気分の上がり下がりも激しい。昨日、予備校で話したときより、それは顕著だった。

「病んでる……」

 アキラの結論付けた呟きに、俺も頷きそうになった。

「おまたせ~」

 なな美が上機嫌で入ってきた。手にはお茶の入ったグラス。

「ごめんなさい、お茶くらいしかなくて」

「とんでもない、ありがとう」と俺は礼を言う。本当に、とんでもない、だ。ここで、ストロベリーフラペチーノが出て来なくて良かった。

「で、お兄さんの事なんだけど」

 俺は気を取り直して、正面に座ったなな美に尋ねた。なな美のおかしな様子は気になるが、俺はなな美のカウンセリングに来たわけではない。そんな義理も技術もない。

 正太のノイズはまだ出ていなかったが、それだっていつ発生するか分からない。

「ああ、正太の事?」

 なな美は明らかにがっかりした声で応じ、不機嫌さをにじませた。

 まるで、友達が遊びに来たのに、兄弟の事を気にしてばかりいるので、腹を立てているかのようだ。

 正太に会わせてやるから来い、と言ったのはなな美なのに、その辺りも微妙に認識がずれているように思えた。

「お兄さんは、二十歳の時にロストアンガーを受けたんだよね?実刑判決を受けたのは、もっと前?」

 なな美は疑うように、目を眇めた。

「対策室なのに、そんなことも知らないの?」

 俺は困ったように肩をすくめる。

「そうなんだ。あまり情報がもらえなくて」

 なな美はますます疑い深い目をしてくる。

「へんなの」

 ごもっとも。

 なな美はため息をついたが、それでも話し始めた。

「正太は小さい頃から、その辺の子とは頭の出来が違っていてね」

 あ、これはママの言葉よ、と注釈をつける。

「めでたく有名な中高一貫校に入ったのよ。ママは鼻高々ね。この辺じゃ、そこに行った子はいなかったからね」

 なな美は普段は母親のことをママと言うようだ。ママと呼ぶときのなな美は、子どもっぽくすねるような顔になった。

 それから、少し意地悪そうに口を歪めた。

「まぁ、でも、この辺の子とは違っても、あそこではそうでもなかったのよ」

 よくある話だ。毎日毎日塾に家にと勉強して、どうにか入学は出来たが、ついていくのは難しい。

「それでも頑張っていたのよね。下の方なりに、頑張って勉強してついていこうとしてた。わたしは小学生だったけど、お兄ちゃんは勉強しているイメージしかないもの。でも、ママは認められなかったのよ」

「何が?」

 俺が反射的に訊くと、なな美はさも気の毒そうに言った。

「正太が下の方だってこと。特別じゃないってこと。そんなはずない、っていうのが、ママの口癖だった。そんなはずない、あなたはもっとできるはずよ。そればっかり。正太がいくら、皆はもっとできるんだよ、とか、俺も頑張ってるんだけどなかなか、とか言っても、全然聞いていないみたいだった。何を言っても、そんなはずない、って」

 なな美は楽しそうにしゃべっていた。悦に入っていると言ってもいい。なな美はここで言葉を切り、俺とアキラを交互に見た。

「ある日、警察から連絡が来たの。息子さんが万引きをしました。で、ママは何て言ったと思う?」

 誰にでも分かるオチだ。アキラは答えなかった。むっつりと口を結んでいる。なな美は続きをしゃべる気配がない。仕方なく、俺は答えを言った。


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