表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/42

2 いびつ -5

 


 なな美の言い方からして、正太は中学校、高校、もしかしたら小学校の頃から、窃盗癖があったのかもしれない。

 窃盗罪は初犯で実刑になることはまずないが、依存症ともなると、何回も繰り返すことになり、再犯を重ね、いずれ実刑ということにもなる。他に罪状がなければ、正太もそうだったのだろう。

 だが、それでロストアンガー施術を受けたというなら、驚きだ。窃盗罪の刑期はそんなに長いものではない。模範囚であれば、早くも出られる。

 それに二十歳(はたち)で受けたというのも気になる。現在の刑法では、懲役刑が科せられる最低年齢は十八歳だ。だが、ロストアンガーを受けられるのは、二十歳からとなっている。懲役刑の年齢は犯罪の低年齢化を加味して、十年ほど前に下げられたのだが、ロストアンガー施術の方は、純粋に医学的に安全なのが、二十歳からだとされたからだ。

 この懲役刑の最低年齢の十八歳と、ロストアンガー施術の二十歳の間の二年間は、ブランクピリオド(空白期間)と呼ばれている。

 例えば、十八歳で懲役刑を言い渡され、それならロストアンガー施術を受けようとしても、二年間は懲役刑に服さなければならない。実際そうなると、それから施術を受ける者は少ない。

 しかも、窃盗罪だ。軽い犯罪だと言うつもりはないが、もし正太がブランクピリオドを経てなお、ロストアンガー施術を受けたとなると、腑に落ちないのだ。

 実刑を免れ、犯罪歴すら白紙になる。

 罪を犯した者にとって、夢のような話だが、だからといって、皆が喜んでロストアンガー施術に飛びつくわけではない。

 やはり怖いのだ。

 施術後の自分がどうなってしまうのか。それは本当に自分なのか。自分は自分でなくなってしまうのではないか。

 凶悪犯罪を犯し、終身刑を言い渡され、施術に飛びついた者でさえ、直前にビビって止めてしまう者もいる。

 頭は良かった正太。

 それが、安易に(と思ってしまう)ロストアンガー施術を受けるだろうか。


「本当に行くんですかぁ?」

 隣でアキラが不貞腐れたような声を出した。

 今更だと思いながら、相棒を宥める。

「まぁ、足掛かりがそこしかないしな。しかも家族に協力者がいるのは、願ったりだぞ」

 なな美の誘いに乗り、俺たちは坂巻家へ向かっていた。

 なな美の言うとおりにするのが嫌なのだろう。最初からアキラは乗り気ではない。

 俺は学校の教師に見えなくもない、ポロシャツとスラックスという格好だが、アキラは相変わらずのサロペットだ。

「それで行くのか?」と訊いたら、「制服でもなければ、なんでも一緒でしょう」と一蹴された。

 まぁ、確かに。俺だって、十分怪しい。


 俺たちは、昨日足早に通り過ぎた「坂巻」の表札の前に立った。四人の名前を確認すると、表札の上についたインターホンに手を伸ばした。当然、カメラ付きだ。

 ピンポーン

 坂巻家の家は、白い壁にオレンジがかった茶色い屋根の、どちらかというと可愛らしい家だ。清潔感に溢れ、明るく陽光を受けている。だが、近くで見る白い壁は、もう真っ白ではなかった。年月とともに、埃や雨で少し黒ずんでいた。

「ハイ」

 身構えた俺たちの耳に、聞き覚えのある声が聞こえた。若い女の声だ。

 俺は肩の力が抜けるのを感じながらも、丁寧な口調で名乗った。なな美だとは思うが、一応だ。

「桜が丘高校でなな美さんの担任の、進藤と申します」

「ああ、先生」

 笑いを含んだ声は、やはりなな美のようだ。

「ちょっと待ってね」

 隣ではアキラが、今すぐにでも帰りたそうな顔で、足をもぞもぞさせていた。

「お前、いい加減、観念しろよ」

 俺が囁くと、「なんか気持ち悪い」と言い出した。

 俺は呆れて、ため息をついた。本当に、こいつはなんでこの仕事がしたいのだろう。およそ楽しそうにも見えないし、やる気があるように見えたこともない。

 アキラのやる気を引き出してやる暇もなく、なな美が玄関から顔を出した。

「どうぞ」

 当たり前のように、俺たちを中へ促す。

「お母さんは?」

 訊くと、なな美はいたずらがバレたような顔で笑った。

「出かけているの。だから今日の午後にしてもらったのよ」

 昨日はそんなこと、一言も言わなかった。

 俺は自分の教師モドキの恰好を見下ろした。

 まぁ、いいか。

 どちらにしても、まだ正太に俺たちの正体を明かさない方がいいだろう。

「お前、よく知らない人を簡単に家にあげるの、どうかと思うぞ」

 アキラが妙な正義感を出して、ブツブツとなな美に小言を垂れていた。

 オイオイと内心アキラを突っ込みつつ、それもそうだと、これまた内心思う。

 なな美のこの無防備さは何だろう。

「あら、心配してくれるの?」

 意外にも、なな美は嬉しそうに微笑み、「で?」と小首を傾げた。

「入るの?入らないの?」

「お邪魔します」

 アキラが何か言わないうちに、俺はさっさとアキラをひっぱって、坂巻家の内側に入り込んだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ