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2 いびつ -4

 

「おまたせしました」

「坂巻さん」は器用に三つのカップを持って、戻ってきた。

 俺はレギュラーコーヒー、彼女はラテ、そしてアキラは……

 見た目にも甘やかなストロベリーフラペチーノ。

 アキラは、何か恐ろしいものでも見るような目で、そのピンクのカップを見ていたが、何も言わずに一口飲んだ。

 だが耐え切れなかったらしい。思わず「甘っ」と口走っていた。

 そんなアキラを「坂巻さん」は、ニコニコと見つめている。

 わざとそんなのを買ってきたのだろう。悪質な子ども扱いだ。

 確かに、ただの感じの良いお嬢さんじゃなさそうだな。

 俺はコーヒーを一口飲んだ。うまい。確かに値段がいいだけある。

「俺たち、初対面ですよね」

 俺がズバリそう切り出すと、彼女はアキラから俺に目線を移した。

「なぜ、知り合いのようなふりを?」

 俺が訊ねると、彼女は首を傾げて微笑んだ。

「なぜって、どうしてあなたたちが、わたしたちの知り合いのように振舞っているのか、知りたいと思うのが普通でしょう?」

 ()()()()()

「あなたは…」

「わたしは坂巻なな美。兄は、坂巻正太。もしかして、母もご入用かしら。母は坂巻志ず江。知っているわよね。うちの表札を見たのなら」

 なな美はそこまで一気に言うと、目を細めて俺を見た。

「それで、あなたたちは何者かしら」

 それから唇の両端を持ち上げた。

 とても十代とは思えない、艶めかしい微笑み。そして顔を寄せると、囁くようにこう言った。

「バケモノを殺しに来たの?」

 なな美の言葉に呼ばれたように、カフェから通ずる渡り廊下の扉が開いた。

「あ」

 アキラが小さく声を上げる。

 俺がそちらに顔を向けるのと同時に、彼もこちらに顔を向けた。

 坂巻正太だ。

 その目が妹を捕らえた瞬間、少しおびえたように震えたのを、俺は見逃さなかった。

 確かになな美に気が付いたはずなのに、何も見なかったかのように、顔を伏せて通り過ぎていく。

 俺は正太を追うべきか迷った。実際、アキラは腰を浮かせた。

「大丈夫よ」

 なな美が落ち着いた様子で言った。

「まだ、授業があるはずだから、戻って来るわ」

 俺は腹を決めて、腰を据えると、なな美を正面から見つめた。多分、彼女はキーパーソンだ。安易に対象者である正太を追うより、こちらの話を聞いた方がいい。

「正太くんは受験生なんだね」

「わたしの質問に答えるのが先よ」

 攻撃的な、なな美の言いように、アキラが腰を浮かせたまま、鼻を鳴らした。

 俺はアキラに座るよう促すと、質問を変えた。

「君も受験生だよね。ここにいるということは」

 なな美の顔が少し緩んだように思えた。それまで完璧に武装していたものが、少し剥がれた。年相応の表情がチラリと覗く。

 だが口調は相変わらず作ったままだ。

「ええ。わたしは現役の受験生よ」

 アキラが納得がいかないように、顔をしかめる。

「現役?じゃあ、何でこんな時間にここにいるんだよ」

 現役、つまりは高校三年生というなら、平日のこの時間はまだ学校があるはずだ。受験間近の自由登校の時期にも早すぎる。

 なな美の顔がまた固くなった。無表情な固さのまま、唇だけ歪めて笑う。

「わたしは兄の監視役よ。お母さんにそう言われているの」

 なるほど。

 大人ぶっていても、なな美は十七、八の女の子には違いないようだ。自分に触れて欲しいとこに触れられると、あっさり反応してしまう。

 彼女が素直になってくれたので、俺も応えることにした。

「俺たちも君と一緒だよ。君のお兄さんを監視しに来た」

 俺たちを検分するような目の奥で、ほっと少し力が抜けたのを、俺は感じた。

「警察?」

 尋ねる彼女に、俺は首を横に振った。

「警察じゃない。俺たちはロストアンガー対策室の者だ」

「えっ」と当のアキラが驚いている。正体を明かすとは思っていなかったのだろう。それも、身内に。だが、ここでなな美に警察だと嘘をつくと、後が面倒になりそうだった。「バケモノ」という言葉を口にしたなな美は、兄がロストアンガー施術を受けていることを知っているのだろう。だから嘘はつかない。もちろん、仕事の内容までは言わないが。

「君はお兄さんが罪を犯し、ロストアンガー施術を受けていることを知っているんだね?」

 正太が施術受けた四年前、なな美は中学生だ。ごまかすのは難しい歳だろう。

 返答を予想して尋ねた質問だったが、なな美の反応は、予想以上のものだった。

 急にタガが外れたように、大声で笑い出したのだ。

 アキラがギョッとして身を引き、カフェで勉強していた生徒たちも、驚いてこちらを見た。

 なな美はひとしきり笑うと、痙攣したお腹を押さえて、可笑しそうに言った。

「知っているかですって?わたしどころか、近所のみんなが知っているわ」

 笑いすぎて滲んできた涙をぬぐう。

「母が言いふらしているもの。正太はロストアンガーを受けて、もう盗みたいなんて衝動が起きないんだから、有名大学にだって入れるわ」

 そうして作り物の笑顔を浮かべて、テーブルを人差し指で叩いた。

「だから、兄は受験生をしているのよ」

 盗み。窃盗か。

 なな美は満足そうに頷いた。

「正太は頭がとてもいいの。でも残念なことに、病的な窃盗癖があったの。だから、引き算したら、頭がいい人間が残るってわけ」

 そんなものか?

 俺の顔に疑問の表情が浮かんだのか、なな美は笑った。

「と、母は考えたのよ」

 カフェには広い窓があり、外がよく見える。この場所だけでも開放的な気分を味わえるように、ということだろうか。

 そこから見える空が薄暗くなってきた。

 もうそんな時間かと思ったところで、何人かのグループがカフェに入ってきた。

 なな美が立ち上がる。

「わたしも授業だわ」

「え、おい。正太は?」

 慌てるアキラに、なな美は何でもない事のように言った。

「わたしがここにいたから、もうここは通らないわよ」

「は?」

 気色ばむアキラを相手にしないで、なな美は俺を見て微笑んだ。

「明日の夕方、ウチに来て。兄に会わせてあげるわ」

 勝手に話を進めるなな美に、「は?」とアキラはますます険悪になる。

「兄の様子を知りたいんでしょう?」

「まぁ、どっちでもいいけど」と言いながら、なな美は立ちあがった。

 余裕たっぷりだ。俺たちが喰いつくと自信があるのか、それともこちらを引きずり込もうと、余裕であるふりをしているのか。

「でも、お母さんに追い返されちゃうんじゃないか?」

 俺がそう言ってみると、なな美は俺を指さした。

「担任の先生と」

 それからアキラを指さす。

「同級生」

「桜が丘高校」という彼女の通う学校名だけを告げて、なな美は颯爽と去っていた。

「まったく。人を指さしちゃいけません、と習わなかったのかね」

 俺がぼやくと、アキラは「ケッ」と悪態をついた。

「やっぱり、あの女嫌い」

 不貞腐れた顔でストロベリーフラペチーノを啜る。

 それから思い切り嫌な顔をして、憎々し気に「甘ぇ」と言い捨てた。


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