2 いびつ -3
俺は前を歩く「坂巻さん」の背中を凝視した。
よかった。生身だ。
俺はあの公園で幻を見たわけでもなく、幽霊を見たわけでもない。俺の目は正常で、あの時俺が見たのはこの子で、多分この子は……
「あんた、だれ」
後ろから、アキラが尖った声で問いただした。
おいおい、と俺はアキラを宥めようとした。そりゃ、ちょっと失礼だろう。なんだって、いきなりそんなに攻撃的なんだ。
「坂巻さん」は振り返ると、ふわりと笑った。
「坂巻よ。知っているでしょう?」
それから、廊下の先を指さした。
「あの先がカフェなの。あそこで話しましょう」
カフェね。予備校もオシャレなもんだ。
彼女が言うように、廊下の先はカフェスペースになっていた。結構な広さで、数人の生徒が、テーブルにテキストやノートを広げている。
驚いたことに有名な某コーヒーショップが入っていた。
最近の学生は、自販機のコーヒーでは満足しないのかもしれない。
俺たちは、勉強している人たちから離れた、窓側の席に座った。
「なにか、飲む?」
「坂巻さん」の誘いに、俺は首を横に振ろうとして、思い直した。
「俺が奢るよ。なんか、適当に三つ買ってきてください」
俺が財布から千円札を一枚抜き、渡そうとすると、彼女はまじまじとそれを見つめ、それから笑って、受け取った。
「分かったわ」
「馬鹿。足りないですよ」
アキラが慌てたように、俺の財布からもう一枚千円札を抜くと、「坂巻さん」に押し付けた。
「なにがいい?」
「坂巻さん」はお金を受け取りながら、子どもに訊くように、アキラに尋ねる。
アキラの顔が不機嫌に引きつった。
「なんでも」
不愛想にそう答える。あまりの感じの悪さに、見ているこっちがハラハラする。
「坂巻さん」は特に気分を害したふうもなく、頷いた。
「分かったわ。進藤さんはコーヒーでいいかしら」
「任せます」
「坂巻さん」は快く頷いて、店の方に向かった。
彼女の姿を目で追いながら、俺はアキラにぼそっと言う。
「お前感じ悪いぞ」
すると、端的に答えが返ってきた。
「あの女嫌い」
「まさか、それって」
「いや、バケモノじゃないけど」
俺はほっと息をついた。
アキラの目は特殊で、ロストアンガー施術を受けた人、つまりバケモノを見分けることができる。どこがどう違うのかと訊いても、「見たら分かる」としか言わないので、特殊能力としか言いようがないのだが、アキラのこの能力は、ほぼ百パーセントの的中率だ。
だからあの時、パスタ屋の前を通った坂巻正太を、そうと知らなくても、バケモノだと見つけることができたのだ。
「だいたい、あの女、あんなに偉そうだけど、未成年でしょ」
ロストアンガー施術を受けられるのは、二十歳以上だ。
それにしても、いちいち毒がある。
俺は面倒を避けるため、「まぁな」とだけ答えておいた。
「でも、彼女、たぶん……」
俺の言葉を遮って、なぜか切れ気味にアキラが答える。
「坂巻なな美ですよね。正太の妹」
それから、考え込むように眉を寄せた。
「いつから見ていたんでしょうね」




