2 いびつ -2
「さて、どこから、攻めるかねぇ」
「目的地周辺」には、聞いたことがある大手の予備校が並び建っていた。
アキラは口を開けて、そのビル群を見上げている。
「気が知れん」
アキラがボソリと呟いた。
どういう意図で言ったのか、気になるところだが、とりあえず俺は仕事にかかることにした。
「怒るなよ」と最初に釘を刺しておいて、説明する。
「アキラと俺は親子で、受験のために話を聞きに来たことにする。そこでチラッと『坂巻』の名前を出そう。あとお前は正太が現れないか、見張っといてくれよ」
アキラは思春期の娘のような不機嫌な顔をしながらも、「分かりました」と言った。
最初に入った予備校は空振りだった。
対応してくれたのは若い男性で、熱心に細部まで説明してくれたが、「坂巻」の名前には首をかしげていた。
俺たちが分かったのは、この予備校に入れば、否応なく勉強に励むことができ、合格に近づくことができることと、「ちょっと話が聞きたい」と言っても、一時間は熱弁されてしまうということだった。
ようやく解放されてそこを出た俺は、慌ててバマホを見た。よかった、正太はまだ予備校で勉強しているようだ。じっと点が動かない。
「こういうところは、来たら夜まで勉強してるんですよ」
アキラが訳知り顔でそう言ったが、俺はパスタ屋での事があったので、慎重になっていた。
「この調子でいって、最後までアタリが来なかったら、どうするんだよ」
俺たちが馬鹿みたいに話を聞いているうちに、対象を見失ったら、それこそ馬鹿みたいだ。
「それはちょっと勘弁ですね」
アキラは違う意味で、ゲッソリして答えた。先ほどの予備校でも、アキラは死んだ魚のような目で、話を聞いていた。いや、聞いてはいなかった。彼の話が終わるのを待っていたというほうが、正しい。
「まぁ、でも一発目でへこたれたら、駄目だな」
次は見切りがついたら、さっさと話しを遮って、切り上げよう。そう決心して、アキラを半ばひきずるように、次の予備校の玄関をくぐる。受付の女性に話しかけると、にっこりと笑って、受付の横にある応接スペースのようなところに案内された。
ああこれは、長時間コースだな。
俺はうんざりしながら、先にアタリかハズレか見極めることにした。
「あの、坂巻さんていう方に、こちらの予備校を勧められたんですが」
すると女性は、声のトーンを一つ上げて答えた。
「あら、坂巻さんのお知り合いなんですか?」
「え、ええ」
アタリだったのは良かったが、喰いつきのよさに、少し身構える。深いところまで突っ込まれたら、答えられない。名前と歳、家族構成しか分からないのだから。
「あら、それじゃあ」
女性が何か言いかけたのと同時に、背後から弾んだような声が降ってきた。
「あれ、おじちゃんじゃん!」
俺とアキラは驚いて振り返った。こんなところに、知り合いがいようはずもない。
「あ」
声の主の顔を見て、俺は思わず声を出してしまった。そこには先ほど、公園で見た幽霊が立っていた。ニコニコ笑って俺を見ている。
アキラがもの言いたげな顔で、幽霊と俺の顔を見比べた。
「ああ、ちょうどよかった、坂巻さん」
女性の言葉に、俺は思わず声を上げそうになるのを、何とか抑え込んだ。
「こちらの方、ええっと」
女性は俺たちの名前を訊いていないことに気が付いて、言いよどむ。俺はすかさず「進藤です」と適当に名乗る。
「ありがとうございます。進藤さんが、こちらの話を聞きに来てくださったの」
「坂巻さん」と呼ばれた幽霊は、そつのない笑顔で頷いた。
「ええ、わたしが勧めたんです。わたし、今空き時間なんです。進藤さんたちに、構内を案内してもいいですか」
「もちろん」
女性は満面の笑みで、俺たちを送り出した。




