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無印シリーズ

【書籍化】無印辺境伯令嬢の華麗なる日々

【リブラノベル様で電子書籍化】

◆幼少期やラブラブ要素を追加して、ボリューム大幅アップしました!


こちらは本来長い話を、ひとまず短編でアップしたものです。

完結済「辺境伯家令嬢は~」のアリスティナが「狩りたてホヤホヤの魔獣を出したろか!」と思いつつ、実行しなかったことを、実行しちゃった女の子の話です。


王都には学園がある。

貴族は皆そこへ通い、同世代と交流をする。

また一部、平民も通える。

貴族の従者も、通うことができる。


入学式のあとの交流会では、名を呼ばれて前で一礼をするのが習わしだ。




「マロード辺境伯令嬢、マリアルーシェ嬢」

そう呼ばれて私が一礼をしたとき、ざわめきが起きた。


まあ、そうだろうなと思う。

奇跡の逆転領地の娘だ。


魔獣大発生の予兆を報告したのに、筆頭貴族たちが「そんな兆候はない」と断言し、王宮は救援要請を無視した。

そして実際に、魔獣大発生が起きた。

そんな中で、被害を大きく出さずに乗り切った領地の、令嬢だ。




辺境の大規模魔獣発生は、事態が収束してから各地に情報が広まった。

魔獣の素材が大量に出回り、冒険者たちを招集し、大きな話になっているはずなのに、王都に情報が届かなかったという。

我が領地を乗っ取りたがっていた叔父に、大貴族がついたという噂があるけれど、真偽のほどはわからない。


今までの大規模魔獣発生では、兵のみならず、村単位街単位で被害が出た。

でも今回は、死者がほとんど出なかった。

実際には、これまでにないほどの大規模な発生状況でありながら、だ。


前線で高ランク魔獣をほぼ仕留めてたので、村や街には通常ランクだけが流れた。

それらは常駐している自衛団などで処理ができるレベルだった。

自衛団がない村には、領軍が派遣されていた。


そのため、大規模魔獣発生ではなかったと、王宮ではいったん結論づけられた。




でもその後、大規模発生を裏付ける高ランク魔獣の売却があった。

辺境で売りさばけなかった魔獣を、各地で売り払ったときも、辺境の大規模発生のものだと伝えている。

事前に辺境の冒険者ギルドから、空間魔法で運んで各地に売りに行くことを、連絡してもらっていた。


そのため売却素材が辺境の魔獣であることは、情報が流れた。

通常は稀少魔獣とされるものも、かなりの数が出たので、各地で売った。

一カ所で売却をすると値が下がるが、辺境から離れた地で売ることで、その地では稀少価値が出る。

そういった売り方は、我が家の次男である、ジル兄が考えてくれた。


そして各地の売却のあとに出た、ドラゴンの素材。

ドラゴンが出るほどの大規模魔獣発生であったことが、各地に広まった。


なにしろドラゴンの血や肝などは、高価な魔法薬の原料となる。

各地から、買い取り希望が殺到した。


おかげで私は、この学園入学のための詰め込み勉強中も、何度かギルドに顔を出して、追加の売却を行った。

血や肝は新鮮な状態で、私の空間魔法に保存している。

なので値下がりもなく売れた。




そうした情報をご存じの方々が、ざわめいたのだろう。

どういうざわめきかは、考えるのが面倒だ。

憐れみや好奇心、何らかの欲みたいな複数の視線を感じる。


面倒と思いながらも、念のための予測はする。

このあとにある、交流会という名の、学園の社交会。

ドレスではなく制服での参加だが、飲食付きで自由に歓談やダンスをするという。

何かの思惑で群がられたら面倒だ。


欲の視線は、辺境伯家が魔獣素材で潤ったことによるものか。

それとも私の魔法について情報を得たか。


憐れみは、国から見捨てられて辺境のみの討伐になったことについてか。

好奇心は辺境に対する物か、私に対するものかで、対処が変わる。


学園は本格的な社交の前の、練習場という見方もあるが、ここでの失敗が後に響くこともある。

学園で作った人脈が、本当の社会に出てから役に立つことも多いという。


まあ、私は失敗して貴族社会が無理になったら、冒険者になる手もあるのだ。

辺境に迷惑がかからないようにだけ、考えよう。




当時のことを思い出すと、私はつい遠い目になる。

本当に、本当に大変だった。


我が領地は、領地内の戦力も集め、冒険者にも依頼を募っていた。

それでもどれほどの人が生き残れるかという状況。

最悪は、辺境丸ごと魔獣被害で、荒れ地になるのではないか。

そう言われていた中、みんなで生き残った。


冒険者を募ったということは、その冒険者への支払いが必要になる。

辺境は特に、冒険者の支払いを滞らせて、冒険者と険悪になることは避けなければならない。


そこも我が領地は、どうにかした。

魔獣大発生の場合は討伐がメインで、魔獣の素材はほぼ放置になる。

でも実は、今回の魔獣大発生、素材が確保出来た。

それでなんとか支払いをしたのだ。




ドラゴンの素材など、きちんと換金出来れば、莫大な利益が出る。

他にも稀少素材が手に入った。


大量に出回れば、稀少素材は値崩れを起こす。

そこも、私たちは時期を見て売却するという方法を選択できた。

私の空間魔法が大いに役立ったのだ。


空間魔法も、簡単に出来たわけではない。

ただ、私にひとつ特異な点があるとすれば。

異なる世界を生きた記憶があることだ。


自分がどこの誰であったか、どういう人物であったかはわからない。

詳細はわからないけれど、日常を過ごした場所として、その異なる世界の一般常識的な感覚があった。


科学というもので、気象現象は解明され、物質の原理が判明していて。

概念としての時間や空間、次元という理論。

そうした知識を、空間魔法で使えないか、かなりの努力をした。


収納魔法を得るためではなかった。

魔獣大発生で、結界魔法を使えないかと思ったのだ。

ひとりでも多くを守るために。

どうにかして、見知った人たちを守れないかと。


結果として、結界魔法は完成した。

その苦労の中で、収納魔法も使えるようになった。

むしろ結界魔法の前にそれが発現して「これじゃない!」と膝をついた。




両親も兄たちも、私の記憶のことまでは知らないけれど、私の魔法が特異なものだとは、幼い頃から気づいていた。

だって治癒魔法的なものも使えてしまったのだ。

白の、無属性しか使えない魔力特性にも関わらず。


ただし私は、そこに疑問を感じている。

治癒などの聖魔法は金の魔力。水は青。風は緑。

そんな魔力特性の色だけど、全部を混ぜたら、光の三原色を混ぜたときの白になるのではないだろうかと考えていた。

前世知識なので、話したことはないけれど。


母の大病をどうにかしたらしいとわかったとき、家族皆で意見を合わせた。

私の魔法については、なるべく外に知られないようにしようと。


幸いなことに、空間魔法は無属性魔法だった。

なので私が空間魔法を使えることは、大っぴらにして問題がない。




そんなこんなの私の魔法が、魔獣大発生で大いに役立った。

私独特の結界魔法で、安全圏としての拠点を各所に置き。

自分も結界で覆い、物資補給をして渡り歩き、素材回収をして。


領兵や冒険者たちのサポートに徹した。

それで犠牲を少なく、魔獣大発生を乗り切ったのだ。


魔獣大発生の森の中を自由に歩けるということは、ポーションの材料だって回収が出来る。

魔獣大発生は、魔力が濃厚になるので、やたらとポーションの材料が育つのだ。


前線が保っていれば、街はそれなりに機能する。

物資は借金をしてでも集めていたし、私が持ち帰った魔獣を解体して、肉は食料に、他は素材として売却。


売却したお金で、物資補給。

補給した物資や回収した素材で、食事を作りポーションを作り。

それを私が前線に届けて。


簡単だったわけでは、もちろんない。

もう必死だった。

私も魔力ポーションをガブ飲みで、貴族令嬢なのに森でトイレ事情がえらいことになっていた。


想像はしないで欲しい。

ただ大変だったことを言いたかっただけだ。




まあ、一番大変だった時期が、無事に乗り切れた。

素材売却で冒険者への支払いもどうにかなった。


その後、正当な救助要請であったのに、救助を一切しなかった王宮や、筆頭貴族たちには、国中の非難が向かった。

我が領地がもし魔獣大発生を抑えられなかった場合に、どれほどの被害が出たかを考えて、肝を冷やした貴族家は、かなりいたのだ。


隣接領地だけではない。

過去の魔獣大発生は、一度勢いがついたあとは遠方領地まで被害が広がっていた。


考えてみて欲しい。ドラゴンが出たのだ。

空を飛んで、どこまで遠くに被害が出たのかを想像すると、隣接領だけが危険とは言えないだろう。


しかも何体ものドラゴンだ。

売却したのは三体だけど、それは解体が大変だったからで、まだ私の収納魔法で保管しているものがある。

つまりこの国どころか、隣国なども被害を受けた可能性がある。


当然、話を聞いた近隣諸国も、この国の王家に非難を浴びせた。

魔獣大発生は世界規模で大事なのに、発生した領地だけに任せるとは何事かと。




まあ、我がマロード辺境伯家は、そういう家だ。

魔獣大発生を抑えきったという実力も注目されているし、まだ売却予定の素材が大量にあってお金持ち。

さらに王家も筆頭貴族たちも、私たちに大きな借りを作っている状態。


学園入学直後の交流会で、私が挨拶した途端に広まったざわめきは、そういうことだった。









ちなみに私が呼ばれたのは、最初に紹介されたSクラスのメンバーとして。

入学前の試験結果で、クラスの割り振りがされる。


Sクラスは、非常に高レベルな成績を出せた場合に所属できるクラスだ。

高レベル者が一定数いない学年は、Sクラス自体がないとも聞く。


まあ、一度は大人だったんじゃないかという、異世界の知識を持つ私だ。

勉強のコツみたいなのも知っていたので、ちょっとズルをした気がしなくもない。


私以外にも、Sクラスとして紹介されて、周囲から声が上がった人たちがいる。


まずは、カイルリード・メディレイム殿下。この国の第二王子だ。

金髪碧眼の麗しい人物だが、まだ十四歳で少しあどけない印象もある。

周囲にかける声も堂々と響き、王子らしい王子だなと感じた。




サーリウム公爵令嬢のミルレイア嬢も、ざわめきが起きた。

周囲の噂を拾うと、カイルリード殿下の婚約者らしい。

将来すっごく美人になるだろうと思える、ちょっと目尻が上がった猫的な印象の、美少女だ。

優美に毅然と立つ姿に、思わず見とれてしまう。


それから違ったざわめきが起きたのは。

「スタンリー殿」


家名がなく紹介された、男の子。

私が思わず目を向けたのは、平民でSクラスとは、やりおるなと思ったからだ。


平民は裕福でも、教育は難しいものがある。

よほど本人が優秀で、教師もいい人を揃えられてこそだ。


「セリオス公爵家のアルスベルト様にお仕えしております」

おお、従者という立場。

つまり裕福な商人の子息が、学ぶ時間をたっぷり取ってのことではない。


すごいなと思い感心したが、周囲は嫌なざわめきも聞こえる。

平民というだけで見下す人は多い。




Sクラスは八名だったが、女子は私を入れて三名だけだった。

ミルレイア嬢と、もう一人は、うちの筆頭家臣で親戚の子爵令嬢リリア。

一緒に勉強を頑張った仲間だったりする。


実は私が「入学のためには、これくらいの勉強しないといけないかな」と頑張っていたところ。

それで焦って、涙目で勉強をしていた。


なんか、ごめんね。そこまでやらなくても良かったみたいで。

でも一緒にSクラスで嬉しいと思っているよ。




皆の挨拶が終わると、すぐに私は、立食パーティーの食べ物エリアに向かった。


「マリー様、せめてもう少し体面も考えましょうよ」

「どう考えても面倒そうでしょう」

ちらりと送った視線に、リリアも目を向けて、ああと頷いた。


面倒そうな視線がこちらに寄越されているのですよ。

食べ物コーナーで話しかけるのは、礼儀知らずとされている。

なので食べ物コーナーに逃げるのだ。


案の定、私に狙いを定めていた人たちが、ばらけてくれた。

腹ごしらえをしてから動こうと、しばらく食事をした。

さすが貴族が通う学園のパーティ料理。おいしかった。




あらかた食べて、さてどう動くかと食器を置いて周囲を見たとき。

なにやら悲鳴と、叫び声が聞こえた。


こういう場合、状況を知らなければ進退の判断もつかない。

なので感覚を研ぎ澄ませ、騒ぎの方向へ向かう。

リリアがはぐれてしまった。


ざわめきから、誰かが倒れたと知り、さらに前へ。

男性がひとり倒れていた。そこにスタンリー君が必死に呼びかけている。

「アルスベルト様!」


どうやら、彼が仕える主の公爵家令息らしい。

私の魔力を巡らせた目には、毒の反応が出た。




早歩きを緩めず、前に出る。

空間魔法で毒消しポーションを出し、栓を抜いて倒れている人のお口にイン!


スタンリー君が慌てた声を上げる。

「毒消しポーションです。私の魔力を巡らせた目で、彼は毒状態と判断しました」

小声で伝えると、挙げていた手を下ろした。


荒かった令息の呼吸が、緩やかになってきた。

寄せられていた眉根もやわらいできている。

スタンリー君がほっとした息を吐いた。


「ありがとう、ございます」

「落ち着かれたら、こちらのポーションも飲ませてあげてください」

回復薬を差し出せば、感謝の視線を向けられた。




「待て貴様! どこから何を出した!」

怒鳴りつけられて顔を上げる。

上級生らしい襟章の男子生徒が見下ろしている。


「ポーションです。必要と感じたので」

「な、ど、どこから出した!」

「空間魔法です」

「なんだそれは!」

「無属性の魔法です。異空間に物を収納できます」


ちゃんと説明をしたのに、その上級生は怒りを止めない。

ポーションを使って怒られるなんて、犯人なんじゃなかろうか。

そんなことを、ちょっと思ってしまう。


「学園内で魔法は解除しなければならないだろう!」

「特例措置の許可を頂きました」

「何が特例措置だ! 決まりは決まりだ! 保管している物をここに出せ!」




喚くので、息を吐いた。

許可証があるってことは、正規ルートで許可が出ているんだ。

決まりは決まりって、許可が出ているのに許さんって決まりはどこにあるのか。


反論しようとしたところで、カイルリード殿下が堂々と歩み出る。

「学園の許可を得ている者に、一生徒がそのような強要は許されないだろう」

「はっ、私は風紀委員だ。王家の方であっても、学園の決まりには従うべきだ」


学園の決まりと言いながらも、学園の許可は無視という、わけのわからない理論。

言い返そうとされた殿下に、隣に立ってそっと腕を突いた。


「かしこまりました。ここに保管している物の一部を出しますが、それによる騒動すべて、あなたが責任を負うのでよろしいですね」

「何をだ! ゴチャゴチャ言わずに早く出せ!」

「皆様、この場での出来事で気分を害されたら、この方に責任を問うて下さい。では少し広く場所を空けて下さい」




宣言したが、あまり広くならない。

仕方がないなと、保管している魔獣を一部、ドンと出した。


手加減して、ベヒーモスの脚だけだ。

父が胴を一刀両断した巨人ギガントスの上半身を出そうかと思ったが、天井につっかえるので。


脚だけでも料理が並ぶテーブルより幅をとるし、断面は私の背丈を越える。

足の指先がシャンデリアにつきそうになっているよ。




すさまじい悲鳴が上がった。

あちこちから、食器が落ちて割れる音などが響く。

風紀委員の男子生徒は腰を抜かした。


「こういった、魔獣素材が悪くならないように、空間魔法で保管しております。出せと言われても困ること、ご理解頂けるでしょうか」

「な、な、ななんで、こんなものを」

「マロード辺境伯領の大規模魔獣発生をご存じないので?」

真顔で問うと、口を半開きでこちらを見上げる。


「我がマロード辺境領軍と、冒険者だけでの討伐になったため、冒険者への支払いが莫大になりました」


隣で殿下が少し居心地悪そうに身じろがれた。

申し訳ない。王族の彼の隣で、国が支援しなかったことを話している。

さぞかし苦痛だろう。

でもベヒーモスの脚に動じられなかったので、予想されていたとは思う。




「魔獣素材は一気に売却しても、値崩れを起こしてお金になりません。なので、私の空間魔法で保管しております」

風紀委員は声も出ず、座り込んだままだ。


「私が各地を巡って兄と魔獣素材を売却したこと、噂になっていたようですが、ご存じなかったのでしょうか」

反応はない。ここまで驚いているのって、本当に知らなかったのだろうか。

かなり国を賑わす話題になっていたはずなんだけどな。


「おかげ様で、冒険者への支払い分の利益は確保できました。でも辺境での復興や整備など、まだ資金は必要です」


嘘ではない範囲で告げた。

復興や整備など、だ。

復興はほとんど終え、今まであまり出来なかった領内整備に取りかかっている。


「そのため、王都で様子を見ながらの売却を継続予定です。これはその一部です。もう仕舞ってもよろしいでしょうか」

男子生徒は気絶した。


なんだよ、出せというから出したのに、この騒動をどうしてくれる。

責任とれって言っただろうが!




「仕舞ってくれて構わない、マロード辺境伯令嬢」

かわりに殿下が言ってくれたので、巨大な脚を仕舞った。


周囲を見回すと、食器が散乱し、腰を抜かしている人もかなりいる。

倒れてしまっている女生徒もいる。


「最初に宣言されたとおり、責任の所在はこの風紀委員の生徒だ」

カイルリード殿下が宣言してくれた。ありがたい。


「皆もマロード辺境伯領で起きた大規模災害は耳にしているだろう。助けの手を伸ばせなかったことは、国の責任だ」

ざわめきが静まっていく。


「近隣領で魔獣発生が起きていないため、派兵の必要なしとされた判断は、誤りであった。議会参加貴族すべての責任でもある」

再びのざわめき。


「だが、マロード辺境伯領はそうした逆境の中、近隣領に被害を出すことなく魔獣被害を抑えてくれた」

またも声が静まる。うまいなこの殿下。




王族のみならず議会参加貴族というと、この場のかなりの数が、辺境に批難されて当然の立場になる。

その上で、辺境の被害の少なさを大きく取り上げるのではなく。

辺境領だけで被害を抑えたと、話を向けてくれた。


そうなのそうなの、わかってるわー、この殿下!

大規模魔獣発生という災害は、国が広範囲に渡って食い荒らされることも多い。

だからこそ、国が支援をしなければならない災害なのだ。


それを我が領の戦力だけで抑えたのは、かなり国に貢献したことになるのですよ。




「彼女が話したとおり、辺境はそうするために、多数の冒険者を雇い、莫大な出費を強いられた」

そうそうそう、その調子ですよ!


世間は辺境が魔獣を独り占めしたとか、色々と言っているけれど。

そもそものうちの出費が、私の空間魔法がなければ、破綻しているほどの被害なんですからねー!


「その状況を打開するための、彼女の空間魔法だ。彼女から魔獣を取り上げることなど、けして許されない行為だ」


おおっと。風紀委員の彼が、私から魔獣を取り上げようとした話になってるね。

すごいな殿下。その理論だと、学園の役職を利用した横領疑惑になっちゃうよ。


「彼女は騒ぎになることを察して拒否をした。許可を得ていることも話したのに、彼は聞く耳を持たなかった」


私が彼にカチンと来て、積極的にこれを出したことは、なかったことにしてくれるのですね。ありがたい。


「事前に、騒ぎが起きれば責任は彼にと言い、出すしかない状況だった」

助かるわー。




「この中に風紀委員長はいるか!」

「はい!」

背のひょろりと高い学生が進み出る。


「学園の許可を得ての空間魔法を、解除しろと迫るのは、風紀委員の仕事か」

「まさか! あり得ません!」

「この男は、学園の許可があるという彼女に、空間魔法を解除しろと迫った。風紀委員としての決まりだと」


風紀委員長は苦い顔で、気絶した風紀委員の男を見下ろす。

「彼は風紀委員としての取り締まりで、騒ぎを起こしたことが何度かあります」

「解任しなかったのか」

「できませんでした。学園に高額寄付をしている高位貴族だからと」


汚い大人の事情が出てきたな。

「では、風紀委員長として、今回の騒ぎの始末は任せる」

「は…は?」


唖然とする風紀委員長。

「よろしくお願いいたします! 新入生の私は、言いがかりで騒ぎになり、困っていましたので!」

すかさず殿下に乗って、彼に押しつけさせてもらった。


新入生歓迎の交流会で、風紀委員に言いがかりをつけられ騒ぎになった。

この印象できっと大丈夫なはず!


そして最終的に、風紀委員長は頷いてくれた。









さて、騒ぎの間に、毒で倒れていた公爵家令息は回復ポーションも飲んで、立ち上がることが出来るようになった。

殿下とスタンリー君とともに別室に移り、まずは公爵家令息が私に頭を下げた。


「今回は君のポーションのおかげで、事なきを得た。感謝する」

「お役に立てて何よりです。マリアルーシェ・マロードと申します」

「アルスベルト・セリオスだ。アルスと呼んで欲しい」


おお、いきなり愛称呼びとは驚きだ。

だが高い背と広い肩幅、そしてスッキリとした涼しげな整った顔立ち。

何より低く響く声がとてもいい。

個人的好みとして、話し方の印象も良いし、ぜひお友達になりたいと感じた。


「ではアルス様、私のことはマリーとお呼びくださいませ」

「私もマリー嬢と呼ばせてもらっていいだろうか。私のことはカイルと呼んでくれればいい」


殿下まで便乗かよ。

え、私の平穏な学園生活が遠ざかったりしないかな?

いや、さっきの騒ぎがあったから、今更かな。


「かしこまりました、カイル殿下。スタンリー様も、どうぞマリーとお呼び下さいませ」

「いや、僕は」

「同じクラスになったご縁ですから」


どうせだからスタンリー君も巻き込ませてもらおう。

クラスの中で、殿下だけにマリーと呼ばれるのはツライからね。




「ところでカイル殿下、先ほどは、ありがとうございました」

「おや、何への礼かな?」

「いちばんは、辺境伯家が近隣領などへの被害を抑えて、国に貢献したと、宣言してくださったことですね」


ふふっと笑えば、殿下は満足げに頷いた。

「理解してくれたなら、口添えした甲斐があった。今後ともマロード辺境伯家とは良好な関係でありたいからね」

「もちろんです。王家の方から、そのようなお話があったこと、兄にも伝えて、辺境への報告に記してもらいます」


私の言葉に、カイル殿下が少し口を閉ざして考える顔になる。

「ありがたい。が、王家も少し複雑な事情がある。私から、としてくれないか」

「かしこまりました」


おや、王家からではなく、カイル殿下個人の話とされるのね。

まあそうだよね。王家の総意がカイル殿下と同じなら、辺境に調査も寄越さなかったはずがないよね。

事情の子細が私にはわからないけれど、そのままジル兄に伝えて任せよう。




ふと、スタンリー君が手のひらに載せている物を、アルス様と深刻そうに見ているのが視界に入った。

彼の手のひらを見れば、壊れた…指輪?


「もしかして、解毒の指輪ですか?」

おお、初めて見た!


解毒の指輪でも、効果の緩い初歩の物なら作ったことがある。

でも一般に解毒の指輪とされる、効果の高い物は、初めて見た。


「わかるのか?」

スタンリー君が驚いた顔を向ける。他の二人もだ。

「初歩技術で作れる、効果の薄い解毒の指輪なら、作ったことがございます。完全品は初めて拝見しますわ」

「壊れてしまったけどね」

「解毒の指輪が壊れるというのは、効果を使い果たしたときと聞きますが…」


そこまで言って、気づいた。

うわー、もしかしてアルス様って、ずっと毒盛られてたの?

そんでもって、解毒の指輪が壊れたから、倒れたの?

だとしたら彼にとって、なくてはならない物が壊れたと言うことになる。




「作れる職人はおりますでしょうか」

「わからないな。これは王家にあった解毒の指輪を彼にあげたものだからね」


カイル殿下の言葉に、複雑な事情がありそうだなと感じる。

そして、あまり聞かない方がいいかなと。

なので曖昧に笑うと、殿下に微笑まれた。


「辺境には、そういった職人は、いるだろうか」

「私に魔道具作りを教えてくれた先生はおりますが、辺境は離れておりますので」

連絡を取るにしても、日数が必要な場所だ。殿下も頷く。


「あるいはこの学園にも、魔道具作りを教える先生がいらっしゃるでしょう。その方はいかがでしょう」

提案すると、顔を上げて殿下は護衛のひとりに指示を出した。


やがてその人が、先生を連れてきた。

「魔道具士の教育を担当しております、ナナイと申します」

殿下はナナイ先生に、解毒の指輪が壊れたこと、新たに必要なことを話した。




「作れる可能性はございますが、作ったことがございません。また、材料が手に入るかどうか」

「材料はどういったものですか?」

必要と好奇心の両方で尋ねた。


「聖銀と、フェンリルの血、竜種の骨、マロイ茸、エビルプラントの種」

「あら、聖銀はございませんね」

口にした私に、みんなの視線が向く。


「聖銀は私の保管庫にありますが、まさか他の素材すべてお持ちで?」

「ございますわ。フェンリルは解体が必要ですが、竜種の骨、マロイ茸、エビルプラントの種」


骨と茸と種は、その場で取り出して示す。

「ひとつ作るのに、どれほど必要でしょうか?」


確認をすれば、エビルプラントの種は丸一個必要だが、他は欠片で良いそうな。

エビルプラントはジル兄と旅をしたときに、大発生に居合わせた。

そのときに二人だけで討伐をして、大量に持っている素材だ。




「ではフェンリルの解体さえ出来れば、作成可能ですわね」

「フェンリルを私の護衛に預けても良いだろうか。城で急ぎ解体させる」


殿下の提案に、フェンリルを二体その場に出す。

不思議そうな顔をされたが、理由を説明した。


「初めて作成する場合、失敗はつきものです。材料は余裕があるに越したことはございません」

なるほどと殿下も頷く。


「他の材料は余裕があるのだろうか」

「ご心配なく。ございますわ。聖銀以外は」

視線をナナイ先生に向けると、先生も頷かれた。

聖銀も余裕があるようだ。


なので新たな提案をしてみた。

「完成品は、出来れば五つ作成して欲しいですね」

「…なぜ、五つだろうか」

「安定して作成できるようになる目安が、その数です。うち二つは、魔道具士協会へ提出されますわよね」


そう。これはナナイ先生のメリットの話だ。

ただ作らされるのでは、彼も割に合わない。

だが、安定して作れるまで材料を提供されること、魔道具士協会へ必要な数の提出が出来ること。


それで今後、ナナイ先生は材料さえあれば、解毒の指輪を作成できる魔道具士として、登録更新される。




思ったとおり、ナナイ先生は目を輝かせた。

「ありがたい! 私も全力で事に当たろう!」

「お願いいたしますわ。あとの二つは、材料を提供する、私への見返りです」


殿下の命令ではなく、これは取引だとさせてもらった。

なるほどと、殿下は理解して頷かれた。


「確かに君たちにもメリットのある話になれば、協力は自然なことだな」

「そうご理解下さいませ」

微笑んで頷くと、微笑みを向けられた。


向けられた笑みにちょっと怯んだ。

なんか、使える奴的なロックオンがされた気がする。

私は今は貴族令嬢だけど、都合が悪くなったら、冒険者になって逃げさせてもらいますよー。




「マ、マリー嬢!」

横からアルス様に少し大きめの声で呼ばれ、顔を向ける。


彼の頬が紅潮していた。

そして感謝に満ち満ちた瞳。

「あなたは、素晴らしい人です。感謝いたします!」


美男子に、キラキラした目で手を握らんばかりに感謝され、少し怯む。

「ナナイ先生にも、あなたにも利のある話にまとめて頂き、本当に…ありがとう」

そして涙ぐまれた。


いや、待って。そんな感激しないで。

ちょっと小賢しく考えを巡らせただけだから、待ってー!

スタンリー君まで、隣でキラキラした目を向けるの、ヤメテー!




そのとき、ぐうとお腹の音が聞こえた。

アルス様が表情を変え、うつむかれた。

恥ずかしさで消え入りそうな顔をしている。


彼は常に毒にさらされてきた人。

交流会開始から、飲み物しか口にしていないかも知れない。

いや、むしろ朝から食事をしていない可能性も高い。


空間魔法から、スープ鍋と、具を挟んだパンの籠を取り出した。

そして食器をいくつか。


「どうぞ、よろしければお召し上がり下さい。辺境伯領のシェフの料理ですが」

戸惑う空気が流れたが、最初に動いたのが、なんとスタンリー君。

「うん、おいしいです」


彼なりに主を心配していたのだろう。アルス様を促している。

アルス様も頷いて、食べ始めた。

カイル殿下もナナイ先生も、食事をし始める。


みんな、交流会の会場で、食事ができていなかったらしい。

そうだよね。初っぱなから食事コーナーに行ったの、私くらいだよね。




毒を盛られ続けたのに、アルス様が食べてくれるのが、なんだか嬉しい。

信頼されている証のような気がする。

初対面だけど、裏がないと思われるのは、嬉しい。


そうですよ。

裏だらけの貴族社会では、辺境の人ってあまり裏がないのですよ。

親戚の一部は、裏が大いにありそうな、貴族らしい人もいますけどね。




食事を終えた頃に、解体された素材が手元に届いた。

王城は学園のすぐ傍とはいえ、超特急で解体してくれたのですね、ありがたい。


早速ナナイ先生が、作業を始める。

私はがっつり最前線で見学をさせて頂いた。


私もいつか、完全品の解毒の指輪が作りたいからね!

後学のためには是非とも、最前線で見たいのですよ!




最初の数個は失敗続きだった。わかる。

ポーションも魔道具も、上の技術に挑戦すると、こうなるのよ。

でも挑戦しないと、技術も向上しないのよ。


そして八個目で、初めて成功した。

先生も嬉しそうな顔だが、疲労が濃い。


「少し休憩いたしませんか?」

成功したからこそ、提案した。


次はたぶん、また失敗する。

態勢を整えてから、次の成功まで集中した方がいい。




私が魔道具作りをしていることを伝えたため、先生もわかってくれた。

空間魔法からお菓子を出し、先生の作業室に備えられた茶器でお茶を入れる。


「魔力は大丈夫ですか? 魔力ポーションも持っておりますが」

「今はいいが、もらってもいいだろうか。もう少ししたら飲ませてもらう」

「どうぞ」


先生は休憩のあと、また作業に戻られた。

再度集中し、今度は四個目で成功する。

魔力ポーションを飲み、ふうと息を吐いた。


「これできっと、成功率は五割ほどになりましたね」

「君はよく学んでいるね。魔道具作成を学ぶ予定はあるかい?」

「もちろんです! 領地でも学んでおりましたので」

「簡易版でも解毒の指輪を作れるまで学んでいるなら、鍛え甲斐がありそうだ」

「よろしくお願いいたします」




そして先生はまた作業に戻る。

魔道具協会になぜ、完成魔道具を二個提出して登録になるかというと、成功率が安定するからだ。

出来れば五個は作って、完全にしたいところだが、二個作成できれば、五割近くに成功率が上がるのだ。


今度は三個で成功し、次は二個目で成功。最後のは連続成功した。

ナナイ先生は満足そうに息を吐いた。


「では、完成品の二つは、協会への提出用に私が頂く」

「はい。ではアルス様はこちらを」


ひとつを手渡すと、彼はすぐに指にはめた。

ほっとしたような顔は、やはりいつも毒にさらされているのだろう。

これは、私が二つもらってしまうのは、まずいかな。




「よろしければスタンリー様、こちらをお持ち頂けますか?」

「え?」

小声で手渡すと、スタンリー君が驚くが、私はにっこり笑う。


「私はひとつあれば充分です。先生に教えて頂き、自作する目標もできました」

「いや、しかし」

「予備は身近な方がお持ちの方が良いです」


スタンリー君はしばし考え、頷いた。

「ありがとう、ございます」

うんうんと私は頷いた。




「ではその見返りはどうしようか、ねえアルス」

不意に殿下がこちらに声をかけてきた。


うわ、気づかれていたか。しかもアルス様もこっちを見てるよ。

「さっきの話し合いでは、君が二つもらうと合意したはずだ。予備はありがたいが、話が違ってきてしまう」


確かにそうなるけど、君たち損しないんだから、いいんじゃないかと思うけど。

まあね。借りって気持ち悪いよね。

しばらく考えて、ふとアルス様に問いかける。


「アルス様は、その襟章だと上級生ですよね」

「ああ。二学年になったね」

ひとつ上ということか。


「成績はどのくらいでしょうか?」

「上位でいらっしゃいます」

スタンリー君が胸を張って応えた。主が大好きなのだね、君は。




「では、私に勉強を教えて頂けますか?」

おやとアルス様が目を見開く。

「私やスタンリーと同じく、Sクラスの君が?」

「残念ながら、私も苦手科目がございます。それに私は、Sクラスから落ちるわけには参りません」


「何か事情が?」

ふと顔を曇らせたアルス様に、私は答える。


「Sクラス継続であれば、王都での冒険者活動は認めてもらえると、両親と約束をいたしました」

辺境から出るとき、Sクラスであれば冒険者活動をしてもいいと約束した。

冒険者活動にかまけて成績を落とすなという圧力だ。


私の言葉に、殿下もアルス様も、スタンリー君も、そしてナナイ先生まで固まる。

「え…と、冒険者活動?」

代表してアルス様が訊くが、目が泳いでおられます。


まあ、目が泳いでもイケメン継続ってすごいね。




「冒険者活動です。六歳の頃から、勉強と両立するならと許可を得ております」

少しドヤ顔気味に応えれば、アルス様から苦笑が返ってきた。

「本当に、マリー嬢は予想外ばかりだ」


おや、予想されていなかったのか。

辺境の大発生では出なかった、エビルプラントや採取した茸を持っているのに。

私の意外そうな顔に気づき、殿下まで苦笑する。


「気づくわけがないだろう。ご令嬢が冒険者活動なんて、普通はしないよ」

「…あのときの私の活動は知れ渡っておりますので、とっくにご存じかと」

殿下が目を瞬く。


「あの、大規模魔獣発生で、私が結界を張って回っていたことや、物資を届けたことなど、ですが」

「え、まさかその噂、本当なのかい?」

殿下が目を丸くした。


え、噂になっているけど、信じられていなかったと言うこと?




「はい。私は毎日、森で結界の場所を回って魔力を入れ、食料や物資を補給して、倒した魔獣を集めておりました」

「大規模魔獣発生の、最前線で動いていたというのか?」

「はい。だって私が行かないと、結界の張り直しも出来ませんので」


殿下は額に手を当て、しばらく黙り込んだ。

つまり貴族の方々は、私の空間魔法とか、あまりご存じではないのね。


「君は、白の魔力だったと聞いた」

「そうですね。魔力判定は白でした」

「結界魔法というのは、聖女や聖者だけが出来ると聞いている」


おや、ここで聖女の話が出てしまいますかね。

「私の結界魔法は、空間魔法の応用ですよ」


これには殿下だけでなく、ナナイ先生も目を丸くしている。

「空間魔法で結界が張れるのかい?」

「私の結界魔法は、厳密には結界にしたい範囲を、空間魔法で別の空間にしているのです」


だから、いくら強力な魔獣の攻撃でも破壊できるものではない。

なぜなら、そこにない空間だからだ。

そう説明すると、皆様絶句されてしまった。


うん。わかってる。

だって聖女や聖者の結界は、シールド的なもので、破壊されることもある。

でも私の結界は、それ以上に無敵だ。




「魔獣であふれている森を抜けるのは、どうやったのだ」

「自分に狭い結界を張って移動しました」


属性魔法で攻撃も出来ることは、内緒にしておきたいところ。


「恐ろしくはなかったのか?」

「それは、まあ。ですがあのとき一番恐ろしかったのは、家族や近しい人たちが、犠牲になることでしたから」


だって、父や兄が死を覚悟していた。

万一のために、ジル兄を逃がそうとしていた。

その話を聞いて、私は死に物狂いで結界魔法に邁進したのだ。


「こういった魔法が出来れば、きっとみんな生き残れる。そう思って、頑張って、出来るようになった魔法が役立ったのです」

役立つと思ったからこそ開発した魔法だ。

あのとき踏ん張らないでどうすると、いうものだ。


「結界を作るために頑張って、空間収納の魔法になったときは、途方に暮れましたが。結果的にそちらも役立ちました」


空間収納が副産物だと口にすると、またみんな黙り込んでしまった。

だって本当だもん。あのときちょっと、泣きそうになったものな。




殿下はしばらく額を押さえた後、顔を上げて、急ににっこりと笑った。

「同じクラスになったのも何かの縁だ。仲良くして欲しい、マリー嬢」

うわあ、うさんくさい!


「こちらこそ、よろしくお願いいたしますわ殿下、スタンリー様」

私も貼り付けたうさんくさい笑顔で応えておこうか!

スタンリー君の口元が少し引きつっているが、気にしない。

同じクラスの縁には、しっかり君も巻き込ませてもらいますよ!


「では私も精一杯、君の家庭教師を務めさせて頂こう。ひとまず明日の放課後、図書館で待ち合わせよう」

アルス様も笑顔で約束してくださった。


そうして私たちは、帰宅した。

本日は入学式で帰宅して、明日は朝から入寮で、午後から授業開始となる。

濃い第一日目だったわー。






◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「本当に、素晴らしい方だな、マリー嬢は」

幼なじみのベタ褒めに、カイルリードは意外な顔をした。


「それはつまり、彼女の言葉はすべて本心だったと?」

「余計な声は何も聞こえず、まっすぐに聞こえました」




それはアルスベルトの特殊魔法だ。

人が偽りを述べるとき、雑音が聞こえる。

貴族たちの会話はいつも不快だが、彼女の声はまっすぐに心地よく聞こえた。


「なるほど。私の言葉への感謝なども、本心からだと」

呟いて、黙り込む。


彼女の言葉がすべて本当であったなら、まだ子供だった彼女があのとき大きな役割を担っていたのも、真実ということ。

さらっと告げられたが、大規模魔獣発生の最前線を回ることに、恐怖を感じることは当然あっただろう。


恐ろしくはなかったかと問いかけたとき、否定はしなかった。

なのに、助けもしなかった王家の一員である私に、感謝をした。


「変わったご令嬢だな」

呟くと、スタンリーが強く頷いた。


彼女はそうだ。王子の私と、スタンリーを同列に扱っていた。

私に近づきたいと考える者は多いが、愛称を許したときの反応は、すべてスタンリーも同じにと、言っていた。


まあ、逆に王家の私だけと親しくすることを拒んだ可能性もあるが。

拒絶されているわけではないのなら、変わり者ゆえの、同列扱いも考えられる。




「あの提案も、皆にとって良いように、私に負い目を感じさせないように、本心から提案してくれた」

「負い目を感じさせないように、ですか」


アルスの言葉が不思議そうなスタンリー。

私もその言葉を補足する。

「だろうな。家庭教師の提案なども、面白い発想だ」


「ああ、楽しみだ。放課後に彼女と過ごせるなんて」


浮き立つ声に、笑みが固まった。

それは、つまり。

アルスは彼女に惚れたのか?


確かに彼にとって、まっすぐな言葉を発する人間というのは重要だが。

今日初めて会った人に、そんなに信頼を寄せるなんて。




まあ、確かに。

公爵家令息の命を助けておいて、さらりとお役に立てて何よりと流したり。

次の話題で私に礼を言ってきたり。


指輪がなく困っていることに気づいて、作成を提案したり。

そして負い目を感じさせない、全員に良いようにという提案。


それらすべてが本心だと、その場でわかっていたアルスには、衝撃だったのかも知れない。

そんな人が本当にいるのかと。

清らかな心で、まっすぐに強い。


そう。Sクラスの成績維持が、冒険者活動のためだなんて。

あの解毒の指輪を、いつか自分で作れるようになるだなんて。




「待て」

今、とんでもないことに気づいた。


「彼女は付与が、できるのか?」

「どうなさいました、殿下」

「白の魔力なのに、付与ができる、だと」


嘘はない。彼女の魔力は白だった。

いや、彼女は何と言った。魔力判定は白だったと言った。

自分の魔力が白だとは、言っていない。


魔力判定が白で、他の魔法も使える者。

過去にいたではないか。全属性の大魔術師。


ありえないようで、彼女ならあり得るかも知れない。

あの年齢で、とんでもない魔法を開発した、天才。


「勉強会は私も参加させてもらう」

告げると、アルスが愕然とした顔をした。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇






勉強会は、実に有意義だった。

法律などの覚えにくい科目で、その法が制定される理由となった経緯を、とてもわかりやすくアルス様が説明してくれる。


「なるほど、それでこんな法律ができたんですね。すごくわかりやすいです!」

絶賛する私の目は、キラキラしている気がする。


「家庭教師は、法律はただ覚えろとばかりに言ってましたが、今のアルス様の説明で、すごく記憶に残ります!」

すごいすごいと絶賛していたら、アルス様が照れた。

大人っぽい上級生なのに、ちょっと可愛い。


「こちらの法律にも、物語のような逸話があるんだ」

「聞きたいです!」


彼のおかげで、今まで覚えられなかった、いくつもの難題を理解できた。

私と一緒に参加したリリアも、理解が進んで目を輝かせている。

大変有意義だ!




「このあたりの歴史も難しいですよね」

教科書を指して言えば、アルス様はすぐに反応してくれた。

「それなら、少し待って」


アルス様は、本を二冊ほど取ってくる。

「物語が好きなら、これを読めばいい。あの辺の歴史がよくわかる」

「ありがとうございます!」


スタンリー君が絶賛するのは当然だ。

すごく優秀な人だ。


勉強会のあと、教室でその話をしたら、スタンリー君が嬉しそうだった。

やっぱりすごく自分の主が好きなんだなあと思う。


まあね。すごくいい人だしね。

あんな人が主だったら、主自慢をしたくなるのもわかる。




そしてアルス様の勧める物語は、面白かった。

「読みふけって、空が白みました」


「授業で寝るなよ」

カイル殿下が苦笑を向けてくる。

「大丈夫です。これを飲みます」


言って、グイッとポーション瓶を開けた。

まるで風呂上がりの牛乳のように飲んだ私を、カイル殿下が呆れた顔で見る。


「これ、寝ていられないときに飲むと効きます。ただ今夜は反動来ますが」

そう話すと、欲しがられた。

反動があるので要注意と伝えてから、カイル殿下に販売してあげた。




その日の勉強会で私は、前日夢中で読んだ物語を、テンション高く語った。


「特にあそこでの、ロブス様がエリーに約束をした場面とか、もう最高ですよね! ロマンチックでした!」

「楽しんでくれたようで、何よりだ」

「国の名前とか、王様の名前とか、貴族の名前がゴチャゴチャしていたけど、おかげ様で覚えました!」


笑っていたアルス様が、少しうつむく。


「その、マリー嬢は、ロブスのような人物が好きなのかな」

「そうですね。軟弱に見せてエリーに一途で、男前な行動がいいですよね!」

「ロブスのような人物から迫られたら、嬉しいとか」

「それはないですね。ロブスはエリーに一途なのがいいんです。あれが好みなわけではありません」


「え、そうなの?」

私の言葉に、アルス様は意外そうだ。

いや、だって物語の話だから盛り上がっているのであって。

あれがタイプというわけではない。




「エリーとロブス、そろってこそですよ! あの物語の中だから素敵なんです!」

「ああ、ミルもそう言っていたな」


不意にカイル殿下の口から出た名前に、思わず反応してしまった。


「え、ミルって、女の子ですか?」

「婚約者のサーリウム公爵令嬢だ」

「ああ、そういえば同じクラスの公爵令嬢って、カイル殿下の婚約者なんですよね。じゃあ一緒に勉強会しましょうよ」


この本を読んでそう語るなら、ぜひ友達になりたいものだ。

その好みなら、きっとお友達になれる。

そう思ったのだけれど。




「いや、いい。私は嫌われている」

「は?」

「王家からの強引な婚約だった。ミルレイアは今の王家を嫌っている。私のことも含めてな」


そう言って、カイル殿下はどこか寂しそうな顔をした。

待って待って待って。

腹黒王子が、婚約者に片恋とは!


「ご令嬢の口から、そう聞いたのですか?」

「いや、だがそうなのだ」

「そうと決まったわけでは、ないのでしょう。話し合われてはどうですか」


そう私が言っても、カイル殿下は尻込みをしている。

普段は腹黒殿下のくせに、どういうことなのか。




私のもどかしい思いが通じたのか、転機が訪れた。


「辺境伯家のマリアルーシェ・マロード様、ですわね。少しよろしいかしら」

なんと、ミルレイア・サーリウム様から声をかけられた。


「あなたはカイルリード様とずいぶん親しそうね。婚約者がいると、わかっておいでかしら」


牽制するみたいな言葉に、私は目を瞬く。

「婚約者のいる令息に親しくするのは、ずいぶんはしたないこと」


棘のある視線。

やっぱり牽制されている。




「あのあのあのあのあの!」

勢い込んだら、うまく言葉にならないが、勢いだけは伝わった。

ミルレイア様が、少し体を引いた。


もしかすると心はもっと引かれているかも知れないが、ここは特攻するところだ。

「サーリウム公爵令嬢は、カイル様のこと好きなんですか!」


私の言葉に、ミルレイア様は扇を口元に当て、目を細める。

「好きも何も、婚約者です。よくも私の前で愛称を呼ぶなど」

「だったら、サーリウム公爵令嬢も、アルス様の勉強会に、一緒に参加いたしましょうよ!」


彼女は怒った顔から、次第に怪訝な顔になる。

そして、私から目を逸らした。

「何を…結構ですわ」


「どうしてですか! だってエリーとロブスが、そろってこそ好きだって言ってたとか、お友達になれそうって思ったんですよ!」

言い募る私に、さらに怪訝な顔。


「エリーとロブスって、風の大地の?」

「そうです! アルス様が、ややこしいあの時代の歴史がよくわかるって、勧めてくださったんです」

「アルス様って、アルスベルト・セリオス公爵家令息ですか?」

「はい! そのアルス様です。元々、アルス様と私の勉強会だったのに、殿下が割り込んできたんですよ!」




そこでようやく、ミルレイア様は私をまっすぐに見た。

「勉強会、ですか」

どうやら牽制だけの会話ではなく、私の話を聞く姿勢になってくれたみたいだ。


「私は、Sクラスから落ちるわけにいかないんです。でも殿下もそうだと仰って」


ミルレイア様は、何か思い当たることがあるような顔になった。

「そう、ですわね。優秀な学生が一定数いないと、Sクラスは閉じられます」


初めて聞く話に、私は目を瞬いた。

え、自分が頑張れば、Sクラスでいられるってわけではないの?

Sクラスがいったん開かれれば、ずっとあるものではないの?


「殿下は、アルス様を城に招くことを正当化するために、首席またはSクラスであることを求められておりますわ」




カイル殿下とアルス様は、なんだかんだで仲良しだ。

そしてアルス様は、最近そういったところを見ていないけれど、色々と事情がありそうな人だ。

アルス様を助けるために、カイル殿下はSクラスであり続ける必要があるらしい。


「私も、Sクラスの成績を維持し続けることを、殿下に依頼されておりますわ」

「それなら、サーリウム公爵令嬢も、一緒に勉強しましょう! カイル殿下の婚約者なら、尚更です!」


ミルレイア様は、最初は顔をしかめていたのに、徐々に眉が下がってきた。

上がり気味の目尻が、ちょっと頼りなくなって、可愛らしい印象になる。


「私は結構ですわ。殿下には嫌われております」




ちょっと息が止まってしまった。

だって、これって、まるで物語みたいなお話じゃないですかね。


「両片思いー! 勘違いからの、両片思い!」


私が盛り上がって叫んだら、ミルレイア様がまた一歩引いた。

心の距離が開いた気がする。

でも私の叫びは止まらない。


「両方が、私嫌われてるのって勘違いで、実は好きとか、ちょっと何そのおいしい物語的な状況!」


ミルレイア様は、私の言葉に目を見張った。

「そこから腹黒王子の溺愛とか、そういう話なら読みたい! ちょっと劇になりそうなやつ!」




「お待ちなさい。両方が片思いって、何ですの。まるで殿下が、私を…」


言いかけて、彼女は俯く。

そして低い声で言い放った。

「ありえませんわ!」


「何がですか」

「その、両片思いなんて、つまり殿下が私を…言われたこともございませんわ」

「ああ、腹黒殿下、照れて言えなさそうですよね」


私がさくっと殿下をけなしたことに、少し眉が寄ったけれど。

ほうっと息を吐いたのは、私と殿下の間に何もなさそうだと、ようやくわかってくれたからか。


「私を想うのならと、そうお伝えしたときにも、何も仰いませんでしたわ」

「否定しないなら、それ肯定ですよ。あの殿下は、違うなら違うと否定します」


ズバズバと私が言うと、ミルレイア様が泣き出した。

私は泣かせてしまったと焦って、逃げたくなったけれど。


彼女は私に抱きついて、しばらく泣いた。

カイル殿下が来て、私が責められたのは、言うまでもない。


そうして、二人はこの日、ようやくわかり合ったのでした。






◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



その数日後、アルスの事情をマリー嬢に話すことになった。

アルスは不安がっていたが、オレもミルも、彼女はきっとアルスの味方になってくれると思った。


アルスは、ぽつりぽつりと自分の事情を口にする。

魔力が大きい自分が生まれたことで、母体に負担がかかり、母が死亡。

それ以来、ずっと疎まれている。

そういった事情を、マリー嬢に嫌悪されないかと怯えながら話す。


幸い使用人たちが育ててくれたが、義母が来てから、家の居心地が悪くなった。

さらに義母に息子ができて、命を狙われるようになったと話したところで。

マリー嬢が、俯いて肩を震わせた。


「なんですか、それは」

マリー嬢の口から、令嬢とは思えない低い声が出た。

ビクリとアルスの肩が揺れる。


「子供のせい? んなわけないでしょうが!」

マリー嬢の怒りを含んだ声に、アルスが目を見開いた。

「子供を作った両親、種を仕込んだ父親が、全面的に責任あるでしょう!」




種を仕込む、という言葉に唖然とする。

確かに子種と言うが、令嬢が口にするべきではない。


「大貴族が魔力の低い嫁をもらって、その子供が高魔力になる可能性なんて、わかっていたでしょうが」

見た目は愛らしいくせに、力強い目が、空を睨む。

「自分たちがやることやって、出来た子供に責任を押しつけるとか、とんだ八つ当たりですよ!」


彼女の瞳の中が、憤りに燃えている。

「授かった子供は、ただそこに生まれただけでしょうが!」




彼女の言葉は、説得力があった。

下品さも混ざるが、その赤裸々な言葉ゆえに、理解が及ぶ。


そうだ。両親が子供を作るための行為をしてこそ、子供が生まれる。

高魔力な子供のせいなど、ふざけた話だと、赤裸々な言葉で理解が及ぶ。


「高魔力な自分が種仕込んで、魔力の少ない嫁がどうなるか予想も出来ないとか、むしろどれだけ頭悪いんですか、その父親!」


まさにそのとおりだ。

そのとおりだが、赤裸々が過ぎる。


「それでも、私を産まなければ、母は死ななかった」

赤裸々に言われたのに、アルスは暗い顔のままだ。




「二人の料理人が、共同作業で、ある料理を作りました。そして、そのうちのひとりが、食べて死にました」

いきなりマリー嬢が奇妙な話を始めた。


「残ったひとりの料理人が、主張しました。自分は悪くない、この料理が悪いんだ! と」


うん。ありえないな。

ありえないが、突然の話に思考が追いつかない。


「それはね、食あたりとか、食材の巡り合わせがよろしくなかったとか、色々と考えられます。残った料理人だけのせいとも、言いません」

まあ、そうだな。


「でも料理のせいと言い切るのは、ありえないでしょう。あえてその料理を作ったのは、自分たちですよ」

真面目な顔で、マリー嬢がアルスに詰め寄る。




アルスはどこか呆然としている。

とんでもない理屈を挙げてきたが、言わんとするところはわかる。

「だが、料理は生き物ではない」


アルスが反論する。

反論がしたいわけではないだろう。

恐らく、反論をして、否定されることを期待している。


「アルス様にとって、生き物とはどういうものでしょうか」

「命がある。意志があって、行動ができる」

「では生まれたての赤ん坊は、命こそあれ、意志も行動も自分で選べない。料理とどれだけ異なりますか?」




彼女は率直で、うまい例えをしたものだ。

物への例えはどうかと思ったが、意志や行動をできないという点で、物も生まれたての赤ん坊も、同じようなものだ。

受け身である立ち位置で、加害者にはならない。


「赤ん坊が命を奪った。生まれたての赤ん坊にある悪意とは、何ですか?」

そうだ。あるはずがないのだ。


「ひとつ、赤ん坊の側が原因と言われる状況は思い当たります」

途端にアルスの顔が強わばる。

「おい、何を」


「たとえば魔王の魂が、自分が入る器を探して、母体を選んでその子供の体を乗っ取ったとしましょう」


しん、と静まった。

何だその、とんでもない例えは。




「魔王の魂が入れば母体は死ぬと知りながら、魔王はお腹の子供の体を奪った。それで母体が亡くなったのなら、赤ん坊として生まれた、魔王のせいです」


いや、それはまあ、そうだが。

「アルス様には、魔王だった記憶とか、そこに生まれようとした記憶は、おありでしょうか」


あるわけがないだろう。

あまりの話に、アルスは阿呆のように、口を開けて彼女を見ている。


「それがないのなら、生まれた赤ん坊のせいではありません。自分の意志で行動なんて、出来ないのですから」




なんて理屈だ。そう呆れたけれど。

でも隣のアルスの顔を見て、これでいいと思った。


彼は呆然と、涙を流していた。


君のせいではないと大人は言えども、こんな説得力はなかったのだろう。

一部の大人は、どこかでアルスのせいもあると思っての、慰めだった。


でも彼女は、説得力のある赤裸々な言葉を、その心のままに発している。

無茶な例え話も、本心から思って発しているのだ。


「子供を八つ当たりで放置した挙げ句、毒女に引っかかるとか、とんだ毒親じゃないですか!」

「そうですよね!」

スタンリーまで涙目で同調している。


待て、それに染まってはいけない。

言っていることはいいのだが、言葉を選ぶようにしてくれ。

いや、今回は赤裸々だからこそ、アルスの救いになるのだが。




「いつも、母が死んだのは私が生まれたせいだと…」

そう言われ続けていたアルスは、まだ信じられないと言いたげだ。


「子供は親を選べません。子供を作った責任は、どこをどう考えても、ご両親にあります」

「私が高魔力でなければ」

「高魔力な父の種なら、そうなるのが自然です」


だから種とか言うのはどうなんだ。君は辺境伯家の令嬢だろう。


「アルス様は、そこに生まれることを、ご自身で選びましたか?」

アルスはフルフルと首を横に振る。

それはそうだ。そんな記憶は誰にもない。


「それが答えです。子供が選んで行動したのではありません。大人が、ご両親が、子供を授かる行動をとったのです」


アルスは俯いて、ぽつりと言う。

「すべては、制作者の責任だと」

「そのとおりです。子供を作ったのは、種を仕込む父と、受け入れた母。産むと決めたのは母親です」


また赤裸々な表現をするが、今は必要なことだろう。




「アルス様、いっそ辺境の私に、婿入りとかどうでしょうかね」

マリー嬢の提案に、アルスは目を見開いた。


アルスはマリー嬢に惚れている。

でも、マリー嬢の方から、婿入りという提案は、予想外だった。

なんというか、そういう感覚が突き抜けていそうだと思っていたから。


「私は辺境の外に出すのは危険だと、家族に言われています。分家を立てて、婿を取るべきだと」


まあ、なんとなく、わかる。


変に注目を集めているけれど、彼女は利用価値が高い。

取り込む家によって、彼女は国にとって危険な存在になる。

まだ生家でそのまま婿を貰うという方が、国が何らかの判断をする必要はない。


「うちの辺境には脳筋が多いですから、頭脳派の婿は歓迎されます」

うん。そういう判断か。

アルスに惚れているわけではないのか。条件の話か。


それでもアルスは、嬉しそうだ。

いいのかと思ったが、まあ、アルスがそれでいいなら、別にいい。


「でも、アルス様が公爵家嫡男のままでは、無理なんです。うちに婿入りできる状況になってもらわないと」

「ではアルスを廃嫡させればいいな」




私は素早く動くことにした。

実は、アルスに毒が仕込まれた過去の何度かの事態は、証拠を掴んでいる。


その証拠を公爵に提示して、そんなにあいつを排除したいなら、廃嫡して手放せと公爵に迫った。


結果、公爵も受け入れた。

公爵家の籍を抜けても、首席のアルスは特待生として学園には残れる。


そして籍を抜けたことにより、辺境伯領への婿入りが決定した。


「スタンリー君もうちに来るのでしょう」

「当然です。私はアルス様の侍従です」

「頭脳派が増えるのは大歓迎です」


リリアが浮かれた顔になっている。

彼女はどうやら、スタンリーに惚れているようだ。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇






「侯爵令息ルートの悪役令嬢が、なんでそんなにバグってんのよ!」

響き渡った大声に、私は周囲を見渡し、それらしき人物がわからず首を傾げる。


「何他の人見てんのよ、アンタよアンタ、マリアルーシェ・マロード!」


なぜか、あまり接点のないはずの彼女が、私のフルネームを呼んだ。

彼女を見て、自分を指さし首を傾げると、美少女の顔が歪む。

うわあ、台無しだね。


「アンタ、そもそもなんでレイモン侯爵令息と婚約してないのよ!」


いや、待って。何の話でしょうか。

レイモン侯爵令息とは、そもそもの接点がない。

なぜ婚約していないのかと問われても、知りませんがな。




周囲もおかしなことを言う彼女に、お前は何を言っているんだ状態だ。

当のレイモン侯爵令息も、不思議そうな顔をしている。


だよねー。お互いに接点なかったよねー。

婚約なんて持ち上がったこともないよねー。


「アンタを中心に、なんか色々とバグってんのよ!」

バグって、そもそもこの世界の言葉にあったっけ? どういう意味だっけ?

考えてもわからない。この世界の言語で、バグで思い当たる意味を見いだせない。


なので聞いてみた。

「あの、バグッテって、どういう意味の言葉ですか?」

周囲も頷く。だよねー、そんな言葉、この世界の一般的な言葉にないよねー。


「頭おかしいんじゃないの、アンタ!」

いや、頭おかしいのは君ですよ。

私のみならず、周囲の声もきっと一緒だ。




「確認をいたしますが、あなたはレッセ男爵令嬢でお間違いございませんか?」

「そうよ、セリナ・レッセよ!」

「私のフルネームをお呼びでしたので、ご存じですよね。私はマロード辺境伯家の娘です」

「わかってるわよ!」


いや、わかってねーよな。

男爵家の娘が辺境伯家の娘に、一方的に罵倒とか、意味がわからない。


うちは冒険者たちとも交流があって、緩いとはいえ、貴族社会では侯爵にも並ぶ家なんだけど。

男爵って、爵位的にかなり下なんですけど。


ちらりと壇上の第二王子であるカイル様に視線を送る。

彼は険しい顔で、自身の婚約者であるミルレイア様の肩を抱いている。


ちらりとその傍らのアルス様を見る。

こちらも険しい顔でセリナ嬢を睨んでいる。


「とにかく、カイル様の隣に立つのは私なのよ! アンタなんかお呼びじゃないのよ!」

待て。なんで私があの腹黒王子の隣に立たなきゃいかんのだ。


「カイル殿下のお隣は、ミルレイア様でいらっしゃいます」

「悪役令嬢じゃない!」

ダメだ。意味不明だ。




「この場の悪役は、どう考えても貴様だ! セリナ・レッセ男爵令嬢!」

とうとう、カイル様がキレた。


わけのわからない、ひとつ年下の男爵令嬢は、まるで出オチのように、入学から数ヶ月しか学園に在籍しないまま、姿を消すことになった。


彼女がひたすら、辺境伯家の私や、公爵家のミルレイア様を貶めたのは、今もよくわからない。

そう思っていたら、彼女がわけのわからないことしか言わないと、怒って話すカイル殿下の口から、おおよそが判明した。




なんと、この世界は乙女ゲームの舞台だという。

「そもそも、何なんだ、その選択肢によって結末が分かれる物語とやらは。わけがわからん!」

憤るカイル殿下だが、異なる世界の記憶に、その答えはあった。


そのストーリーの中では、我が辺境伯領は、あの大規模魔獣発生で蹂躙され、私は辺境伯家ただひとりの生き残りだったそうだ。

おおお、回避できて良かった!


辺境伯家は、性格が悪すぎて疎遠になっている叔父が継いだ。

そのため私は叔父に引き取られたそうだ。想像すると、ぞっとする。


直系の娘は私なので、私が婿を迎えて辺境伯家を継ぐことになる。

でもそれが気にくわない叔父は、私をいじめ倒した。

私は婚約者になった侯爵家の子息に救いを求めていたが、その侯爵家は叔父と共謀していた。

でも、婚約者本人は、私を気の毒に思っていたそうだ。知らんけど。


私に対する企みに罪悪感を抱えながら過ごす彼は、学園でヒロインに出会う。

そのルートで、私は婚約者にしがみつき、ヒロインをいじめ倒して、最終的に断罪されるそうだ。


おい、可哀想すぎるだろう、そのゲームの私!

罪悪感はどこへ行ったんだよ!




さらにミルレイア様は、カイル殿下とすれ違ったまま、やはりカイル殿下に近づいたヒロインへ嫌がらせをする。

私に牽制したみたいなあれが、始まりだったようだ。


おい、ミルレイア様の可愛らしさに気づかない乙女ゲーム制作者たち!

お前らの目は節穴か!


そもそもあのカイル殿下が、簡単に転がせると思うのが間違いだ。

ゲームのカイル殿下は、腐敗する王家と上位貴族を憂う、貴公子らしい。

この腹黒が、貴公子枠とは。

もう一度言おう。お前らの目は節穴か!


そんなこんなを聞かされて、状況は似ているけれど、性格なんかも違う、ちょっと似ただけの世界観だと私は思った。

あり得たかも知れない未来だけれど、なんだか乙女ゲームに当てはめるために、性格を無理矢理変えたみたいな気がした。


まあ、正解なんて、わからないけれども。




ひとまず今は、公爵家籍を抜けて、王都の辺境伯邸で生活するアルス様。

学園の研究室に、以前よりずっと明るい顔で通っている。


そしてカイル殿下とミルレイア様が仲睦まじくて眼福で。

スタンリー君とリリアが、ちょっといい雰囲気で。


私は休みのたびに、冒険者として華麗に活躍中で。

おかげさまで、今日もみんな元気に過ごしております!


あらすじ短編投稿でした。

なろう様では時々見るので、私もやっちゃっていいんじゃないかなと思って。


もし連載中や、この話を書くきっかけの完結済み作品に興味がおありなら、作者名から別の作品も見て頂けたら嬉しいです。

◆書籍情報は下にリンクがございます。お付き合い頂けましたら嬉しいです!

◆書籍版に沿った兄視点の連載は、作者名かシリーズ名からお読み頂けます。

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― 新着の感想 ―
最後まで面白くて読み切った! 最初から最後まで最高&あまりにも面白いから、楽天koboの電子書籍買ったら、結婚式のお話でウルッと来ましたー。 番外編として、カイル殿下&ミル様のお話とかもあると、嬉しい…
シリーズの場所には説明がありましたが、作品のあらすじ・小説情報には無印についての説明がないので意味不明な題名の印象しかないのが残念すぎます。 ですが、内容は良作だと思います。
途中ぶつ切りの短編詐欺ではなく、ちゃんと物語として完結していて、かつこれを膨らませた長編に興味が出る書き方をされていて素晴らしいと思います。 ぶつ切り短編の方々も全員この手法取って欲しいと思いました。
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