ep.8
この世界には天使や悪魔が存在するのだろうか?
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「レイちゃんよろしくね、私はアミだよ。」
私はレイ。
小学1年生。
昨日の夜に突然息が苦しくなって、お父さんとお母さんに病院に連れてこられたの。
せいみつなけんさっていうのが必要だっていうから、私は入院することになっちゃった。
入院っていうのは、病院にお泊りすることだって。
「アミちゃんよろしくね。レイは6歳だよ。」
「私も!一緒だね!」
このお部屋には4人の女の子がいる。
私といつもカーテンを閉めているヒナちゃんと、怒りんぼのカヨちゃん、そしてアミちゃんの4人。
『カヨちゃんは怒りんぼだから気をつけてね。』
アミちゃんがそっと教えてくれたの。
カヨちゃんはお薬が効いていて苦しい時期なんだって。
薬が効いてるのに苦しいなんて、なんだかかわいそう。
カヨちゃんが不機嫌そうにしていると、アミちゃんはいつもプレイルームに誘ってくれるの。
プレイルームには優しいお姉さんがいて、一緒に遊んでくれるの。
私はいつもアミちゃんと二人でぬいぐるみやお人形で遊んでいるの。
「私は天使だよ。レイちゃん、お友達になろう。」
「天使さん、はじめまして。よろしくね!」
アミちゃんは天使役が好きみたい。
「天使って羽が生えていて白い服のやつ?」
「そうだよ。アミね、もうすぐ天使がお迎えにくるの。」
「へぇー!アミちゃんは天使と友達なんだね!」
「友達‥ではないけど。友達になれるといいな。」
「うん、アミちゃんならきっとお友達になれるよ!」
アミちゃんはいつも天使の話をしていた。
たくさんの天使がやって来て、一緒に空を飛ぶんだって。
空を飛べるなんてすてきよね。
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「先生呼んで!」
看護師さんの怖い声で目を覚ましたの。
まだお外は暗くて、みんな寝ている時間だった。
私はカーテンを開けて様子を見たの。
「レイちゃん起こしちゃったね。大丈夫だからベッドに戻ろうね。」
寝ぼけながら部屋を見るとアミちゃんのカーテンが開いていた。
きっとアミちゃんも起きちゃったんだね。
私は看護師さんにベッドに戻されて布団をかけてもらった。
ゴロゴロという音がした。
何かを運んでいるみたいな、なんだか嫌な音だった。
そして部屋は静かになった。
私はそのまま眠ってしまった。
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朝起きるとアミちゃんのベッドがなかった。
カヨちゃんに聞いたら「知らない」って言われた。
検温のときに看護師さんに聞いたら、
「アミちゃんね、ちょっと具合が悪くなっちゃって違うお部屋に行っちゃったの。」
「戻ってくる?」
「そうね、元気になって戻ってくるといいね。」
看護師さんは戻ってくると言わなかった。
私はアミちゃんを探しに行った。
小児科の病棟にはいなくて、探しているうちに違う病棟まで来ちゃった。
NICUって英語が書いてあるけど、ここにいるかな?
「アミちゃん!」
私はアミちゃんをみつけて駆け寄った。
アミちゃんは酸素のマスクをしていた。
「こら!レイちゃん!勝手にウロウロしたらダメでしょ!」
看護師さんにみつかって怒られちゃった。
「あの、少しだけいいでしょうか?」
そう言ったのはアミちゃんのお母さんだ。
「少しだけですよ。」
私はアミちゃんのベッドの横にある椅子に登ってアミちゃんの顔を見た。
なんだか疲れた顔をしている。
「アミちゃん、早く元気になってお部屋に帰ってきてね。」
「うん、私も寂しいよ。」
マスク越しにアミちゃんは辛そうにそれだけ言った。
そしてスケッチブックを出してとお母さんに言った。
「これをレイちゃんに。」
アミちゃんは声を振り絞ってそう言うと、お母さんはスケッチブックの1枚を破って私に渡してくれた。
そこにはアミちゃんと私と天使の姿があった。
「くれるの?」
アミちゃんは静かに頷いた。
「ありがとう!大事にするね!私もお返しに何か描いて持ってくるね!」
看護師さんがもう時間切れと言って私を病室の方へと引っ張っていった。
私はアミちゃんに手を振り、アミちゃんも小さくバイバイしてくれた。
私は部屋に戻って、違う看護師さんに絵を壁に貼ってもらった。
「上手に描けてるわね。」
「うん、アミちゃんがくれたの!」
「そう、アミちゃんが…」
看護師さんはなんだか悲しそうな顔になった。
「私もアミちゃんに天使の絵を描いてプレゼントするんだ。」
「そうなんだ、きっと喜ぶね。」
看護師さんはいつもの顔に戻っていた。
私はプレイルームで画用紙をもらって天使の絵を描いた。
今日はもう夜になっちゃうから明日持っていくんだ。
アミちゃん、元気になってくれるといいな。
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次の日に私はまたアミちゃんに会いに行った。
アミちゃんのいる部屋は鍵がついているみたいで勝手には入れない。
だから看護師さんがドアを開けたときにうまく入り込むしかない。
スパイみたいでなんだかかっこいい。
私はみつからないようにうまく隠れて入るタイミングをみていた。
するとアミちゃんのお母さんが泣きながら出てきた。
私は嫌な予感がしてそのままアミちゃんのところへ行った。
アミちゃんは…
アミちゃんは眠っていた。
青白いけれど、うっすら笑ったような顔で。
ベッドの横でアミちゃんのお父さんが泣いていた。
アミちゃんのお兄ちゃんも泣いていた。
「そんなの嘘だ。」
アミちゃんは元気になってまた部屋に戻ってくる!
今はきっと寝てるだけ!
死んでなんか…
死んでなんかいない!!
私はその場で大声で泣いてしまった。
すぐに看護師さんが私を抱いてナースステーションに連れていった。
「レイちゃん、悲しいね。寂しいね。でもね、アミちゃんは天使になったんだよ。ずっと憧れていた天使になったの。だから泣かないで。きっとアミちゃんはレイちゃんに笑っていてほしいはずだよ。」
アミちゃんは、天使になったの?
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私が描いた天使の絵は看護師さんがアミちゃんのお母さんに渡してくれたって。
アミちゃんのお母さんは「天国に持っていかせるね」って言ってくれたって。
アミちゃんが天使になってすぐに私の心臓が壊れてるってわかったの。
私は涙が止まらなくなって、カヨちゃんは相変わらず怒りんぼだった。
お母さんは困っちゃって、一人の部屋に行くことになったの。
私もその方がいいって思ったから何も言わなかったよ。
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「ソラ、どうかしましたか?」
おじいさんは心配そうな顔でこちらを見ていた。
私は死ぬ前のことを思い出してボーッとしちゃったみたい。
「なんでもない!ねぇ先生、この世界に天使って居る?」
「ほぉ、天使ですか?私は会ったことありませんがね。神様は居ると信じられていますので、もしかしたら一緒にいるかもしれませんね。」
「そうなんだ?!いるといいな!」
私はこの世界になら、もしかしたらいるんじゃないかと思っている。
もっとたくさん勉強をして、いつか天使を呼び出すんだ。
「召喚できそうなものは全てできましたね。あとは魔物とか…呼んでも困るものですし。ソラ、召喚魔法は精度を上げることにして、他の魔法が使えないか試してみませんか?」
「他の魔法?!やってみたい!」
おじいさんは棚の上にある水晶を持ってきた。
「これでその人の持っている属性がわかるんですぞ。やってみましょうね。」
おじいさんは私の手を水晶の上に乗せて、自分の手をその上に乗せた。
なにやら難しそうな呪文を唱えると透明だった水晶の中に小さな雲が見える。
手を離して二人でその中を覗いた。
「白と黒と紫の雲が見えるね。」
「はい、どれも非常に珍しいものですぞ。」
おじいさんは水晶に自分の手を当ててまた呪文を唱えた。
水晶の中にはきれいな色の雲が5色見える。
「赤は火、青は水、黄色は雷、緑は風、そしてピンクは癒やしの適性です。つまり私は火、水、雷、風、治癒の魔法が使えます。」
「先生すごい!そんなにたくさん!」
「そうですね、普通は多くても2つでしょうから。ちなみにブウは4属性持ってますよ。」
「おばあちゃんもすごいんだ!」
「はい、とても優秀な魔法使いですな。私には勝てませんがね。」
おばあさんはすごい魔法使いなんだ。
なんだか嬉しくなっちゃった。
「じゃあ、白と黒と紫は何?!」
「白は無属性ですね、召喚魔法は無属性になります。黒は闇で紫は毒ですな。」
闇と毒。
なんだか嬉しくない組み合わせだ。
『バターを作るのは無理そうね。』
マユちゃんが嫌なものでも見るような顔でこちらを見ていた。
「おばあちゃんの手助けになるような魔法は使えそうにないね。」
私は少し悲しくなってしまった。
「そんなことありませんぞ!どんな魔法だって使い方次第で良いものにも悪いものにもなります。毒と一言で言うとなんだか恐ろしいものに感じるでしょうが、薬になったりもしますよ。」
「そうなの?!」
「はい、そこに至るにはかなりの努力が必要になるとは思いますが、諦めずにがんばりましょう。」
「はい!先生、闇魔法はどんなものですか?」
「闇魔法ですね、存在するとは聞いていましたが私は正直、闇魔法の使い手に会ったことがありません。どんな魔法があるのか私にもわからないですな。」
おじいさんは本棚から一冊の本を持ってきてくれた。
「闇魔法の本はありませんが、毒魔法についての本はありましたよ。これは貴重なものではないので、ソラに差し上げましょう。」
「ありがとうございます!先生!」
「いいですか?毒魔法は危険な魔法です。薬になるとは言いましたが、ほとんどの場合、人の命を奪う可能性があります。決して人が近くにいるところで練習しないように。」
「はい、わかりました!」
「練習したいなら私と一緒にしましょう。私なら解毒の魔法を使えますし。」
まずは本で学ぶように言われ、使えそうになったらおじいさんが人のいない場所に連れて行ってくれると約束した。
なんだか遠足のようで楽しみになった。
私は学校の遠足に1回だけ行ったことがある。
お弁当をリュックに入れて、近所の大きな公園にみんなで行くだけの遠足だったけれど、とても楽しかった記憶がある。
行くときはおばあさんにお弁当を作ってもらおう。
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