ep.6
《マユの苦悩》
私はマユ。
スマホの中で暮らしているわ。
前は着せかえされるだけの人生だった。
好きじゃない洋服を着せられても文句の一つも言えなかったわ。
ニコニコするだけの虚しい人生よ。
でも今は違うの。
レイちゃんが死んじゃって、ソラとして生まれ変わったときに私も生まれ変わることができたの。
自由に話すこともできるし、ソラが困っていれば手伝うこともできるのよ。
ソラが必要なものを私が簡単に出してあげていると思っているでしょう?
確かに出すのは簡単よ。
でもね、あれって私がスマホのお買い物アプリで買ってるだけだからね?
そう、お金を払っているのよ。
なぜ私がお金を持っているかって?
長年、着せかえ人形として働いてきた貯えがあったわけ。
でもね、ベッドやらテントやら買ったらそのお金もそろそろ尽きそうなのよ。
しかたないからバイトを始めたのよ。
ソラがブウばあと一緒にいる間、こっそり仕事をしてるのよ。
隙間時間にできるモデルのバイトがあってね。
私のためにあるような仕事だと思わない?
モデルと言ってもお買い物サイトの服のモデルよ。
依頼主はスマホの中の私に着せたい服を着せて写真を撮るわけ。
着せかえアプリと変わらないわ。
顔なんてどうでもいいやつよ。
短時間でサクッと稼げるのがいいのよね。
仕事の事はまだソラには秘密にしておくわ。
ソラは何でも欲しがったりしないし、きっとこんな話を聞いたら「もう出さなくていいよ」なんて言いそうだし。
ほんとにいい子なのよね。
前の世界でも、この世界でも、小さいのに苦労ばかりだわ。
少しでも幸せになってほしいから私もがんばるわ。
ソラのおかげでいろんな景色を見られて私も幸せよ。
《マユの苦悩 完》
────
私はスマホのアラームを5時にセットして眠りについた。
次の日、眠い目をこすって起きるとおばあさんはもうパン生地を捏ねていた。
「まだ寝ていなさい。」
私をみつけたおばあさんはそう言うが、
「おばあちゃんがパンを作るところが見たいの。」
と言うと「変な子だね」と言ってちょっと嬉しそうにした。
私はノートに入れているものをメモした。
「どうやって発酵させてるの?」
私が調べたものにはイースト菌というものを使うと書かれていた。
きっとそんなものはこの世界にはない。
「酵母ってやつを使ってるよ。生き物みたいなものでな、使っても増えてくれるいいものじゃよ。」
「天然酵母ってやつだね!書いてあった!」
おばあさんはパン作りを1から教えてくれた。
私の小さな手ではまだうまく捏ねることはできない。
邪魔になりそうだから今は見ているだけにしよう。
捏ねた生地は濡れた布をかぶせて休ませる。
それを一回、または二回やるんだって。
小麦粉に砂糖、塩、牛乳とオリーブオイルを入れていた。
この世界には冷蔵庫がない。
きっとバターもないのだろう。
おばあさんが作るのはフランスパンのような固いやつとふかふかの柔らかいパンと大きく2種類あった。
ふかふかの生地でメロンパンを作りたいと思っていたのだけれど、調べるとバターがないと作れないと書いてあった。
そこでバターを作ろうとも思ったのだけれど、バターを作るには濃い牛乳と撹拌という作業が必要だった。
電動ミキサーもないこの世界で、5歳の子供に作れるはずがない。
『何を難しい顔をしているの?』
「あ、うん。バターを簡単に作るにはどうしたらいいのかなって考えてたの。なんでも1から作るのって大変だよね。でも考えるのも楽しい!」
『そうなんだ。ソラも魔法が使えたらいいのにね。』
「そうだ!それだ!」
私はこの世界には魔法というものがあるのを忘れていた。
冷やしたり混ぜたりが魔法でできたらバターも生クリームも簡単にできちゃう。
私は時間ができたら魔法の勉強をしようと考えた。
────
まずは杖が必要だと思った。
私はまっすぐな、丈夫そうな木の枝を拾ってきた。
おばあさんにナイフを貸してもらって削ることにした。
細い枝だといい感じの形になる前に折れてしまうし、太い枝だとちょうどいい太さになるまで削るのが大変だ。
私は何度も失敗を繰り返し、2日かけてようやく杖を作った。
おばあさんは「買ってあげてもいいんじゃが」と言ってくれたけれど、私はどうしても自分で作りたかった。
そして【杖作り(枝)のスキルを習得】した。
「おばあちゃん!できたの!見て!」
私はすぐにおばあさんの元へ行った。
「ほぉ、これはこれは上等な杖ができたもんじゃ。これならきっと魔法が使えるようになるよ。」
おばあさんはそう言うと私の頭を撫でてくれた。
私は嬉しくて杖に名前をつけた。
「おまえは今日から私の相棒、アイちゃんだよ!」
そう言うと杖は一瞬光り、木の色だったのがピンク色になった。
「マユちゃん、何かした?」
『してないわよ。杖がピンクになったわね?もしかしたら魔法かしらね?』
私はそう言われてもっと嬉しくなった。
これが魔法なら、初めての魔法になる。
私は杖を持っておばあさんの真似をしてみた。
呪文を教えてもらったけれど、うまくはいかなかった。
「ソラには水の適性がないのかもね?」
おばあさんは魔法にも種類があると教えてくれた。
娘さんの本棚から『魔法図鑑(初級)』という本を取って来てくれた。
「文字は読めるかい?子供向けだけど、難しくてわからないときは、わしに聞きなさい。」
「おばあちゃんありがとう!」
私はおばあさんのパン屋を手伝いながら魔法の本を読みふけった。
マユちゃんも興味津々で二人であれだこれだと話しながら読んだ。
私はマユちゃん用にも杖を作った。
できた杖は水色になった。
「マユちゃん、これあげる!」
『私の杖?!』
マユちゃんは喜んで受け取ってくれた。
こちらにあったものが一瞬でスマホの中に入った。
マユちゃんはおばあさんの水魔法の呪文を唱えた。
すると杖から水が出てきたのだ。
「マユちゃん?!すごい!!」
『わぁーー!!止めてー!』
マユちゃんの部屋は水浸しになっている。
「マユちゃんは水魔法が使えるみたいだね!」
びしゃびしゃになった部屋を拭きながらマユちゃんは嬉しそうにしていた。
『考えて使わないと部屋が大変なことになるわ。』
「こちら側に向けて使えないのかな?」
『ソラの方にってこと?』
マユちゃんは何やら考え出した。
私たちは外の広いところへやってきた。
『できるような気がするわ!スマホを畑の方に向けてみて。』
私は言われたとおりにしてみた。
するとスマホの中から雨のような水がジョウロから出てくるように降りそそいだ。
そして見事な虹を作った。
私たちはその美しい光景を言葉も出せずにただみつめた。
こうしてマユちゃんは魔法少女へと進化した。
まだ水魔法しか使えないみたいだけど他にもできることはないか私と一緒に勉強中だ。
私はというと、未だになんの魔法も使えなかった。
適性がないのか、努力が足りないのか、魔法の本を読んでもよくわからなかった。
ある日突然使えるようになるから焦るな、とおばあさんに言われた。
私はそんな日を夢見て毎日いろいろ試してみている。
────
そしてついにその日がやってきた。
私はマユちゃんとお花畑に来ていた。
杖でなんとなく花をつついてみた。
すると花から何かが飛び出した。
「わぁ!!ごめんなさい!!」
私は花に蝶か何かがついていたのかと思った。
飛び出した何かはその場でふわふわと飛んでいる。
「私を呼んだのはあなた?」
飛んでいる何かは言葉を話した。
その時スマホが例の音を出した。
【召喚(精霊)のスキルを習得】
と書いてある。
「あなた、お花の精霊なの?」
「そうよ、知らないで呼んだのかしら?私はフルル。あなたはだあれ?」
「私はソラです。はじめまして、よろしくお願いします。」
私はフルルにペコリと挨拶をした。
フルルは絵本で見た妖精さんのような姿だった。
マユちゃんもその姿に釘付けだった。
『ソラ!すごいわね!なんてかわいいのかしら!』
フルルはまんざらじゃない顔をしてクルクルと飛んだ。
「それで、なんのために私を呼んだのかしら?」
私はそう言われて困ってしまった。
何も考えていなかったと言っていいものか。
「フルルが得意なことを教えて。」
私がそう言うとフルルは首を傾げた。
「私は花の妖精よ。花を咲かせるのが得意よ。あとは花の蜜を集めたりもできるわ。」
『ソラ!空き瓶があったわ!』
マユちゃんは急いで空き瓶を私に出してくれた。
「フルル、私に花の蜜を分けてくれる?」
私は空き瓶をフルルに向けた。
「そんなのお安い御用よ!」
フルルは花畑中を飛び回った。
その姿は夕日に照らされてキラキラ光り、とても美しかった。
あっという間に瓶の中は蜜でいっぱいになった。
「これでいいかしら?他に用事がないなら帰るわよ?」
「ありがとうフルル!また会いに来てもいい?」
「もちろんよ。私はいつも花と共にいるわ。」
フルルはそう言うとパチンと消えてしまった。
私は蜜の入った瓶をみつめた。
今の出来事を処理するには時間が必要だった。
『ソラの初めてのちゃんとした魔法かしらね!おめでとう!』
マユちゃんにそう言われて我に返った。
そうだ、これはきっと魔法だ。
「おばあちゃんに報告しないと!」
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家に入るとおばあさんは晩御飯を作っていた。
「おばあちゃん!聞いて!」
「なんだい、まずは手を洗いなさいな。」
「あ、はい。」
私は洗面器に水を入れて手を洗った。
「これは?甘くていいにおいがするね?」
おばあさんは瓶の中をクンクンと嗅いでいた。
「あのね、あのね、杖でね、花をつんつんってしたらね!」
私は興奮しながら今起きた出来事をおばあさんに話した。
おばあさんはニコニコしたりビックリしたりしながら黙って聞いてくれた。
「ソラは召喚魔法が使えるのかもしれんね。あまり聞いたことのない珍しい魔法じゃね。」
「そうなの?他にも何か召喚できるかな?」
「きっとできるよ。そう焦らなくても、きっとね。ソラが初めての魔法で手に入れてくれた蜜をさっそくパンにかけてみようかね。」
「うん!美味しそう!」
花の蜜はハチミツと違ってサラサラしていて優しい甘さだった。
おばあさんは料理にも使えそうだと言っていたけれど、蓋をして戸棚に入れてしまった。
「もったいないから大事なときに食べようね。」
おばあさんはそう言うとなんだか誇らしげな顔をしていた。
私は嬉しくて嬉しくて、きっとこの日を生涯忘れないんだろうなと思った。
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