ep.4
私は地図を頼りにまっすぐ村のある方へと進んだ。
暗くなるとマユちゃんがテントや毛布を出してくれた。
私が捕まえた魚を生で食べているのを見て、マユちゃんは発狂した。
『新鮮なのはわかるけど生食できるような魚じゃないと思うわ!!』
と言うので、私は初めての焚き火にチャレンジした。
燃えやすそうな枯れ葉の上で火付け石をカンカンやると火花が枯れ葉に飛び移り勢いよく燃えだした。
拾ってきた枝を燃やすと立派な焚き火の完成だ。
マユちゃんはバーベキュー用の長い串のようなものを出してくれた。
私はそれに魚を刺して燃え盛る焚き火で炙ってみた。
「わぁ!いいにおいがしてきた!」
前はお魚が嫌いだった。
フライにしてくれたらなんとか食べていたけれど、焼き魚や煮魚は苦手だった。
それなのに今は焼けていく魚を前によだれを垂らしていた。
私はカリッと焼けた魚にかぶりついた。
生臭さがなくなってすごく美味しい。
その時、スマホから聞き慣れない音が聞こえた。
画面を見ると、
【調理(焼く)のスキルを習得】
と書かれていた。
私が首を傾げて見ているとマユちゃんが出てきた。
『やっと1つ目のスキルをゲットしたわね!』
「スキル?」
『そうよ。この世界には魔法があるでしょう?それはこういうスキルを習得していって使えるようになるものみたいよ。』
「私も魔法が使えるようになるのかな?」
『きっとなるわよ!がんばっていろいろ覚えていきましょう!』
マユちゃんはそう言うと私にいろいろやらせ始めた。
木に登ったり、湖で泳いだり、罠で猟をしたりした。
そのたびにスマホから例の音がして【スキルを習得】と出た。
何かを集めるのはとても楽しかった。
スマホには一度マユちゃんが出してくれたものを自由に取り出せるアプリが追加されていた。
ワンタップで出たり片付けたりすることができる。
私が死んで人生をやり直している間に技術はとても進歩したようだ。
────
森を抜けるのに1週間かかった。
その間できることは全部試してみてスキルとして認識されるか試した。
スキルは数え切れないくらいになり、調理だけでも煮るや炒める、切るなどで数種類に分類されていた。
習得したスキルは図鑑のようなアプリで管理できるようだ。
どんなスキルでどんなときに使うと効果的なのかアドバイスも書いてあった。
『やっと道らしい道が見えてきたわね。』
マユちゃんは相変わらず景色を楽しんでいた。
道が見えるけどそれ以外には何も見えなかった。
見渡す限りの草原でときどき木が生えていた。
人の気配はまったくない。
ときどき小動物がいるくらいで鹿などの大型の生物は見る限りいないようだった。
地図を確かめながら村へと向かって歩いた。
景色が草原から畑へと変わった。
黄金色の穂が風になびいていた。
「かわいいね、これなんだろう?」
『カメラで撮影したらわかるわよ?』
マユちゃんは当たり前のようにそう言った。
そんな機能があるなら早く教えてほしかった。
私はスマホのカメラを起動してその黄金色の穂を写した。
鑑定中という文字が出るとすぐに説明文が出てきた。
「これは小麦だって!うどんやパンの原料になる強力粉の種類だって。」
私もマユちゃんも新しいことを覚えるのが好きだった。
『と言うことは誰かがパンを作ってるかもしれないわね!』
マユちゃんは私がパンが好きなのを知っているようだ。
着せかえアプリにもアクセサリーというカテゴリーがあって、手にいろいろ持たせることができる。
その中にクロワッサンやサンドイッチがあって、私はマユちゃんによく持たせていた。
そんな話をしたからかもしれないけれど、なんだかパンのにおいがする気がした。
私はフラフラとそのにおいがする方へと歩いていった。
小さな石造りの家が1軒ポツンと建っている。
「家だ!きっと人間がいる!」
家の煙突からは煙がモクモクと出ていた。
すぐ先に人間がいるとわかったのはいいけれど、私にはその家を訪ねる勇気がなかった。
この世界で話をしたのは魔物である家族たちだけだったから。
もしかしたらここは外国で言葉が通じないかもしれない。
それよりも魔物に育てられた人間が普通の人間からどう見えるのかもわからない。
私は少し様子をうかがうことにした。
家の見える少し小高くなっている丘に座り観察した。
家の中からは誰も出てこない。
「暗くなったら窓を覗いてみるよ。」
急かすマユちゃんに私はそう言ったが、なんだか怖くてこのまま森に帰りたい気持ちになっていた。
動きのない家の観察に飽きてしまって私はいつしか居眠りをしてしまった。
────
またお腹が鳴る音で目が覚めた。
ゆっくり体を起こすと目の前に誰かがいた。
私は驚いて声も出せずにゆっくりとその人を見た。
背の小さなふっくらしたおばあさんがそこにいた。
優しそうな風貌に私は安心しそうになったがおばあさんの言葉を聞いて一気にそんな気持ちはぶっ飛んだ。
「あんたこんなところで何してんだい!子供はさっさと家に帰りな!」
そう大声で言うと箒の柄の部分で私をつついた。
「あ、はい、ごめんなさい!」
私は恐怖で立てなくなっていた。
「ごめんなさい。足が言うことをきかなくて。すぐにいなくなりますから。つつかないで。」
私は泣きそうになっておばあさんを見た。
おばあさんはそんな私を見て大声を出して笑った。
「腰を抜かすほど、わしが怖かったのかね!」
私は苦笑いをした。
「見たことない子だな?どこから来たんだ?」
相変わらず強い口調でおばあさんは私に聞いてきた。
私は森を指さして「あっち」と言った。
「親は?一緒じゃないのかい?」
「ひとり」と言うと、おばあさんは急に悲しそうな顔をした。
「もう遅い。この辺は狼が出るから、とりあえずうちに来なさい。」
心なしかおばあさんの言葉が少し柔らかくなった気がした。
私はゆっくりと立ち上がりおばあさんについていった。
丘の下の小さな家はパンのにおいが充満していた。
「いいにおい!」
私がそう言うのと同時にお腹がまたぐぅーと鳴った。
おばあさんはまた大声で笑った。
「元気な腹じゃな!」
そう言うとキッチンの方からカゴいっぱいのパンを持ってきてくれた。
「パン!!」
「売れ残りのパンじゃ。好きなだけ食いな。」
「ありがとうございます!」
私は夢中でパンを食べた。
この世界に来て誰かが調理したものを食べるのは初めてだった。
喉が詰まりそうなくらい口に放り込んだ。
おばあさんは「そんなに急がなくても誰も取りはしないよ。」と言って木のカップに入った牛乳をくれた。
初めて魔物のお母さんのお乳を飲んだときのことを思い出した。
ほんのり甘くて、とても美味しかったっけ。
私はいつの間にか泣いていた。
家族と別れ、マユちゃんはいたけれど、それでも私は一人だった。
心細くて寂しかった。
こんな怖いおばあさんだったけれど、人の温かさに触れて一気に感情が緩んでしまった。
おばあさんは泣きながらパンを食べる私を黙って見守ってくれた。
カゴにいっぱいあったパンは残らずなくなってしまった。
「ごめんなさい…夢中になって…私…おばあさんの分も食べてしまったみたい…」
私は恐る恐るおばあさんを見た。
おばあさんは今までで1番穏やかな顔でこちらを見ていた。
「わしはいいんじゃよ。また明日たくさん焼くからな。」
「ごちそうさまでした。すごく美味しかったです!」
私は立ち上がり頭を下げた。
「今日はうちに泊まっていきな。どうせ帰る家もないんだろう?」
おばあさんは奥のドアを開けて私を手招きした。
そこは女の子の部屋だった。
「娘が使っていた部屋だよ。どうせ誰も使わないんだ。貸してやるよ。」
私は貸してやると言われて少し焦った。
私はお金を持っていない。
「あの、私…お金を持っていなくて…」
私が悲しそうにそう言うとおばあさんはまた笑いだした。
「こんなチビっ子から金を取れるわけないだろう!」
そして私に目線を合わせ、「わしはブウじゃ。お前の名は?」と聞いてきた。
「私はソラです。5歳です。」
おばあさんは5歳と聞いてまた悲しそうな顔をした。
「きれいな服を着とるが体は汚れてそうじゃな?いつから風呂に入ってないんだ?!」
そう言われて私はお風呂に入ったことがないことに気がついた。
私が恥ずかしくてモジモジしていると「こっちにおいで」とおばあさんはお風呂に案内してくれた。
お風呂と言っても土間のようなところに大きなタライが置いてあるだけだ。
「今お湯を張ってやるから待ってな。」
おばあさんは杖を片手にタライに向かって何か呪文のようなものを唱えた。
杖の先から湯気を上げながらお湯が出てきた。
「すごい!魔法だ!」
私が大声で喜ぶと、「なんだい、初めて見るわけじゃないだろう?」と変な顔をした。
魔物のお父さんは雷の魔法が使えたけれど、杖や呪文はなかった。
あっという間にタライにお湯がたっぷり溜まった。
「きがえを持ってきてやるからお湯に浸かってな。下にある栓に気をつけてな。お湯が全部抜けちまう。」
おばあさんはそう言うと部屋の方へ行ってしまった。
私は服を脱ぎ、ゆっくりとお湯に入ってみた。
よく考えてみたら死ぬ前には心臓への負担がなんとかでお風呂に入れなかった。
体調のいいときにシャワーで流すくらいでゆっくりお風呂に入るのは入院する前のことになる。
お母さんと一緒に入るお風呂は楽しかったな。
おもちゃもたくさんあって、ついつい長風呂をしちゃったっけ。
私はお母さんを思い出してまた泣きそうになってしまった。
おばあさんはまた悲しそうな顔をしながら、
「上がったらこれで拭きなさい。着替えは娘のものだから少し大きいかもしれないが使いなさい。」
そう言ってまた部屋の方へと行ってしまった。
おばあさんがいなくなると私はついに泣きだしてしまった。
声を上げないように口を押さえたけれど、止められなかった。
私はお湯で何度も顔を洗った。
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「あの、お風呂とお着替えありがとうございました。」
私はホカホカの体で頭を拭きながらおばあさんに頭を下げた。
「少しはマシになったな。」
きつい言い方だったけれど、おばあさんは優しい顔になっていた。
それを見て私も笑顔になった。
おばあさんはタライからお湯を抜き、また杖でお湯を出してタライを洗った。
魔法とはすごく便利なもののようだ。
「魔法が珍しいのかい?」
私が見ていることに気がついたおばあさんは振り返ってそう言った。
私はウンウンと頷いた。
「おまえさんもそのうち使えるようになるじゃろ。」
「そうかな?!大きくなると使えるようになるものなの?」
「おまえ、親とはいつ別れたんじゃ?」
おばあさんにそう聞かれて私は堪えられなくなり、生まれてから今までの話をざっと聞かせた。
「魔物に育てられたとは…珍しい生い立ちじゃな。」
普通じゃないことはわかっていた。
信じてもらえないかもしれないということもわかっていた。
でもおばあさんは「大変じゃったな」と言って頭を撫でてくれた。
そして今日はもう遅いから明日のことは明日考えようと言ってくれた。
おばあさんの娘のベッドはふかふかでいいにおいがした。
いつから住んでいないのかわからないけれど、部屋はとても清潔で居心地がよかった。
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