ep.26
(アミちゃんなの?!)
私は声にならない声で叫んだ。
そう言われてみれば目がアミちゃんそのものだった。
優しくて、面白いアミちゃん。
いつも私のことを気にかけてくれていた。
私はルキナをみつめた。
美しく輝く姿は凛として、何者をも圧倒させた。
ルキナはおばあさんの手から絵を取った。
取ったと言うか、気がついたらルキナが持っていた。
「懐かしいわ。レイちゃん、元気かしら。」
ルキナは愛おしそうにその絵をみつめた。
おじいさんもおばあさんも声が出せずにいた。
マユちゃんも同じようだった。
「レイちゃんとは、ソラが生まれる前の世界の名前じゃ。」
おばあさんは震えながらそれだけ言った。
ルキナはゆっくりとおばあさんを見た。
「レイちゃんは死んでしまったのね。」
ルキナは絵を抱きしめて悲しい顔をした。
「可哀想なレイちゃん。私はちゃんと天使になれたのに。」
(アミちゃん!天使になれたんだね!すごいよ!!)
私は届かない叫びを繰り返していた。
するとルキナは私の方を見た。
「そこにいるの?レイちゃん?」
おばあさんは私を持ち上げてルキナに見せた。
「今はソラと言う名前です。8歳の女の子ですじゃ。」
「ソラ…。そうだったのね。あの時、私を助けてくれたのはレイちゃんだったのね?」
「気がつかなくてごめんなさい」と言いながら、ルキナは私に優しく触れた。
バチンッと火花が散った。
「闇なのね。」
ルキナはそう言うと険しい顔になった。
────
ルキナはそれ以上、私に触れなかった。
天使と闇は相性が悪いのだという。
「私が天使としてこの世界に降りたとき、目の前に魔王がいたの。」
そう言ってルキナはその時のことを話してくれた。
「私は病院で死んでしまったときに、神様が現れてね。神様は私を天使にしてくれた。ルキナという新しい名前もくれて、新しい世界に連れてきてくれたの。
でもね、そう簡単なことじゃなかった。神様は私に試練を与えたの。これを乗り越えられたら本物の天使になれると言ってね。
それが魔王だったというわけ。
私はどうしていいのかわからずに、目の前にいる邪悪なものを倒そうとしたわ。魔王の力は強大で、私は負けそうになった。
でもなんとか魔王を無力化することができたの。
でも気がついたときにはその無力化したはずの魔王に捕らえられていたわ。
羽がね、ボキッと折れちゃったの。羽が折れた天使はその力を使えないみたい。
神様は助けに来てくれなかったわ。
私は天使失格ってことなんだと悲しんだわ。
そして私は牢屋のような部屋に何年も押し込まれたわ。そうしているうちに多少性格が歪んでしまったかもしれない。
口が悪いのはそのせいよ。どうか許してやって。
そうして何年も経ったある日、ソラと言う子が私の前に現れたの。驚いたわ。急に現れて私の羽を治してしまうんだもの。
この子は邪悪なものじゃないと確信した。だから地上に送ってあげたの。
それがまさかレイちゃんだったなんて。何年も閉じ込められて私も少しおかしくなっていたのかもしれないわ。
そして天界に戻ったの。神様は私を見て驚いていたわ。私のことは探したけれどみつからなかったって言っていた。
魔王の城は神様にも探すことはできなかったみたい。
今は天使として認められて、天界で天使の仕事をしているわ。」
天使は亡くなった人の魂を天界に連れて行く仕事があるんだって。
(アミちゃんすごいね!)
そう伝えられないのが、とてももどかしかった。
「どうしたらいいのかしらね。」
そこにいるみんながこちらを見ていた。
ルキナは私を触ることもできないようだった。
────
「これを持っていて。話しかけると私に聞こえるわ。」
ルキナはおばあさんにキレイなペンダントを渡した。
ゴールドのチェーンに角笛のようなチャームがついている。
「天界で他の天使たちにも聞いてみるわ。私ももう一度レイちゃんに会いたいから。」
ルキナはそう言うとキラキラと消えていった。
おじいさんとおばあさんは天井をみつめていた。
「ほんとに、おったのお。」
おばあさんはまだ天井を見ていた。
『やっぱり関係があったわね!』
マユちゃんは得意そうにそう言った。
おばあさんは私を大事そうに抱えて、
「ソラ、天使に会えたぞ。きっとそこから出してやるからな。」
と言って教会を出た。
────
おばあさんは毎日ルキナに話しかけた。
そのたびに、まだわからないと言われていた。
おばあさんはだんだん怒り口調になり、ルキナもイライラしだした。
二人とも私を助けようと必死なのがわかった。
おじいさんとマユちゃんはケンカにならないように必死で二人をなだめた。
(みんなごめんね)
私が悲しむとあの黒い箱は冷たくなるらしい。
「すまない、ソラ。」
おばあさんは冷たくなるといつも謝る。
(謝らないで…)
私にできることはなかった。
いろいろ試してみたのだけれど、外への干渉は一切できない。
私にできるのはこれの温度を変えるくらいだった。
教会でルキナに会ってから1週間くらい経ったある日、パン屋にルキナがやって来た。
「まぁ!イチゴのショートケーキまであるのね!」
おばあさんはドヤ顔でルキナにそれをごちそうした。
ルキナは懐かしそうに、大事そうに食べていた。
「最後に食べたのは5歳の誕生日よ。たくさん食べたかったけど、私も小さくて1ピースしか食べられなかったわ。これをまるごと食べるのが夢だったわ。」
おばあさんはそう言うルキナの前にケーキをまるごと置いた。
「好きなだけお食べよ。」
ルキナは目を潤ませて、「ありがとう。ブウ。」と言って黙ってケーキを食べた。
さすがにまるごとは無理だったようで、半分くらい食べ終えたルキナはゆっくりと話しだした。
「結論から言うわね。その黒いやつを壊すことはできないわ。」
おじいさんもおばあさんもがっかりしたため息を吐いた。
「でもね、浄化できる方法はあるの。浄化できればきっとソラは出てこれるわ。」
「そうなのか!それはどうやるんじゃ?!」
おばあさんは立ち上がり、ルキナに食ってかかった。
「落ち着いて。人間には無理なのよ。」
おばあさんは声をつまらせたような顔をして黙って椅子に座った。
「誰ならできるというのですかな?」
おじいさんはまっすぐにルキナを見て聞いた。
「天使にしかできないみたい。神様ってば、聞いてもなかなか教えてくれなくてね。やっと聞き出せたわ。」
「それじゃあ!やってくれるのかい?!」
ルキナは目を閉じた。
部屋の中は沈黙が流れた。
そしてゆっくりと目を開けると、こう言った。
「私に任せて。」
みんなは抱き合って喜んだ。
「ソラが助かる!」
しかし私は見逃さなかった。
ルキナが悲しい顔をしていたことを。
(何か嫌な予感がする!やめて!私を助けるのはやめて!)
そう叫んだけれど、やっぱり私の声は届かなかった。
「きっとソラを助けることができるわ。でも後でソラが怒るかもしれない。私が謝っていたと伝えてくれる?」
「ルキナさん、それはどういうことですかな?」
おじいさんの問いに答える前にルキナは私を抱きかかえた。
凄まじい光に包まれた。
花火のようにバチバチと火花が散った。
みんなは眩しくてそれを見ていられなかった。
「さあ、レイちゃん。そこから出ておいで。私の天使としての最後の仕事よ。あなたを助けてあげる。」
ルキナは苦痛の表情の中、必死に笑おうとしていた。
病床で最後に見たアミちゃんと同じ顔をしていた。
私は温かな光に包まれた。
眩しくて何も見えなくなった。
「ソラ!!!」
おじいさんとおばあさんが叫ぶ声が聞こえた。
ルナの柔らかい毛の感触もあった。
マユちゃんの泣き声も聞こえる。
私はゆっくりと目を開けた。
そこにはこっちを見ているみんなの顔があった。
「ただいま?」
恐る恐る声を出した。
また聞こえないかもしれない。
「おかえり!!」
みんなは声を揃えてそう言った。
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ルキナは消えていた。
おばあさんがもらったペンダントは粉々に砕けていた。
何度も呼びかけたが応答はなかった。
私は天井を見上げて泣いた。
またアミちゃんを失ってしまった。
お礼も言えていないのに。
泣き続ける私をみんなはただ見守ってくれた。
天使が死んじゃうとどこに行くんだろう?
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そして私は20歳になった。
湖で泳ぐ練習もして、泳げるようになった。
大人になった私は、あのノートに書かれている7つの願いをすべて叶えた。
しかしあの後を書き足すことはなかった。
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ルキナが消えてからすぐに、スマホにメールが届いた。
差出人の名前は『日渡ショウ』と書かれていた。
『ソラちゃん、みんな、お元気ですか?
僕は今、昏睡状態から目覚めることができて、また元気に大学に通っています。親が休学届を出してくれていたみたいで、ギリギリまた学生に戻れました。
医学の道は簡単ではないけど、きっと医者になってみせます。
小児科の先生になれたらいいなと思ってるんだ。まだまだ先の話になるけど、僕はがんばるよ。
そして、魔王は僕の中に戻ってきたと思うんだ。小さくて震えた少年の姿でね。
僕は彼を迎え入れた。傷を一緒に癒やしたいと思ったよ。
僕の中にはまだ震えている彼がいる気がするんだ。時間をかけて、僕は彼を癒そうと思う。彼がこの世界を許してくれるまで、僕は頑張るよ。
ソラちゃんも元気でね。
みんなと仲良く楽しく暮らしていてくれることを願っているよ。
追伸、マユちゃんいつも優しくしてくれてありがとうね。マユちゃんみたいな人と結婚できればいいなって思っています。マユちゃんも元気でね。』
マユちゃんはこれを読んで顔が赤くなっていた。
そしてすぐに寂しそうな顔をしていた。
それからすぐにスマホの電源はつかなくなった。
壊れてしまったのか、充電がなくなったのかはわからない。
私もみんなもしばらく悲しかった。
真っ暗な画面に向かって話しかけることもあった。
しかしマユちゃんはもうそこにいなかった。
ルナは天界からお迎えが来て、天使のように空へと飛んでいった。
その時に来た天使が私に言った。
『ルキナは立派な天使だったわ。私達の誇りよ。』
私はそれを聞いてまた号泣した。
悲しくて、寂しくて、それでも私も誇らしいと思った。
アミちゃんは立派な天使になったのだ。
私はパン屋になった。
数年前におばあさんが亡くなって、おじいさんもそれを追い掛けるように亡くなった。
二人とも寿命を全うしたとマキナさんは言っていた。
私は畑の横に二人のお墓を建てた。
いつも見守っていてくれている気がする。
パン屋は相変わらず人気で、私はおばあさんのようにパンを焼き、ケーキも並べた。
怪我をした人や病気の人が治療してほしいとやって来る。
私は治療もしたし、薬も渡した。
私は一人になってしまったけれど、いつもみんなの存在を感じる。
家族に囲まれている温かい空気を感じる。
だから私は前を向いて生きている。
みんなに恥じぬように。
私のために生き抜いてくれたみんなのために。
パンの焼けたいいにおいがする。
その向こうにみんなの笑顔が見える。
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