ep.23
私はため息をついた。
目の前にある大きな水晶の中には私が死ぬ前の世界にいた日渡ショウという人がいる。
現実の世界で意識不明の昏睡状態で入院中なのだという。
そしてこの人から分離したのが今の魔王らしい。
負の感情の塊のような状態でショウさんから抜け出したものは、どうしたわけかこの世界で魔王となってしまった。
私とショウさんと魔王。
複雑に絡み合った関係になっている。
考えてばかりはいられなかった。
明日になれば私がこの世界でみつけた家族たちが殺されてしまう。
私がこの水晶に闇を注入しなければ家族が殺され、注入できて魔王が完全復活してしまえば世界が滅ぶかもしれない。
それを比べるのはあまりに簡単だ。
数人と世界を比べるなんて、誰に聞いても世界を取るに決まっている。
しかし私は今、この水晶に闇を注入する方法を考えている。
その上で魔王をどうにかすることを考えたらみんなを救うことになる。
私は杖を自分に向けた。
私は闇を統べる者。
闇を自由に扱えるはずだ。
目を閉じて私の中に集中した。
私の心臓の近くに黒い正方形の箱のようなものがある。
きっとこれだ。
私はその箱を取り出した。
目を開けると、私の左手にはその黒い小さな箱があった。
これが闇なのか。
手のひらに乗るほど小さな箱だ。
箱と入っても蓋があるわけでもない。
この中にどれくらいの闇が入っているのかわからない。
『あったんだね、闇。』
「うん。これを水晶に入れたとして、ショウさんはどうなっちゃうのかな。」
『僕のことは気にしなくていいよ。きっとこの世界の僕は精神的なものだと思う。だって本体は病室で眠っているからね。』
ショウさんはそう言ってくれたけれど、きっと何か影響が出るはずだ。
私は杖を箱にあてた。
少しだけ取り出してみることにしたのである。
ビー玉くらいのサイズの闇を取り出してみた。
それは漆黒で何者をも透かさない存在感があった。
このサイズの闇が人々にどれくらいの影響を与えるのかはわからない。
魔王は私が吸収した闇の量をだいたい把握しているだろう。
私が出し渋ったとわかったら激怒してみんなを殺してしまうかもしれない。
私は闇を統べる者だ、きっとできる。
私はビー玉サイズの闇を薄めて多く見せる偽装をしようと思った。
たくさんあるように見えれば騙せるかもしれない。
「ショウさん、今から入れてみるね。何かあるかもしれないんだけど…」
『気にしないでやってみて。』
私はビー玉サイズの闇をできる限り引き伸ばした。
闇は私が思うとおりに膨大な量になった。
部屋は真っ暗になり、何も見えなくなった。
そして水晶に杖をつけた。
闇は勢いよく水晶に吸い込まれていく。
あっという間に部屋の中の闇は水晶に入った。
ショウさんは見えなくなり、そこには真っ黒の水晶があった。
「ショウさん?大丈夫?」
『大丈夫みたいだよ!真っ暗だけど、苦しくもないし、特に変わりないみたい。隠れることができてちょうどいいかもしれない。』
とりあえず今のところショウさんには影響が出ていないようだった。
私は闇の箱を私の中に戻した。
────
数時間後、シャギによって起こされた。
食事を持ってきたのだった。
私は疲れて眠ってしまっていたみたいだ。
「ソラ様、成功したのですね。すぐに魔王様を呼んでまいります。」
シャギはこんなときにも無表情で、それでも焦ったように急いで部屋を出ていった。
私は用意してくれたサンドイッチを頬張った。
こんなときにでもお腹が空いてしまう。
すぐに魔王はやってきた。
真っ黒になった水晶を見て嬉しそうに笑った。
「君ならやってくれると思ったよ。ご褒美にブウの呪いを解いてやろう。」
魔王はパチンと指を慣らした。
それでおばあさんが解放されたのか、私にはわからない。
魔王は水晶に両手をつけた。
そして目を閉じて何か呪文を唱えた。
「闇はこれで全部かい?」
魔王は怖い顔でこちらを振り向いた。
「どうしたの?足りないの?」
「あぁ、足りないようだ。クソっ。」
魔王は一気に不機嫌になった。
「早急に集めなくてはいけないな。あの猫をまた使うか。」
「魔王様、あれは聖獣として成長してしまいました。もう我々の手には負えないかと存じます。」
「チッ、クソ猫が。まぁよい、きっとあと少しだろう。猫の代わりを探すぞ。」
魔王はそう言って部屋を出ていこうとした。
「待って!私はどうしたらいいの?」
魔王は私を睨みつけた。
「シャギ、あの部屋に戻しておけ。」
────
私は魔王城のあの部屋に戻された。
あのまま水晶の部屋にいればショウさんと話せたのに。
余計なことを言っちゃったな。
私はお風呂に入り、寝間着に着替えた。
今が朝なのか夜なのかわからないけれど、疲れたので眠ることにした。
おばあさんは目が覚めただろうか。
私が勝手なことをしちゃったから心配しているだろうな。
魔王はあの水晶が闇でいっぱいになるまで私をこの城に置いておくつもりなのかな。
頭がパンクしそうだった。
1つクリアすればまた1つ問題が増える気がした。
何が1番なのか。
────
『ソラ!起きて!大変!!』
マユちゃんがアラームを鳴らしている。
「どうしたの?」
『ソラちゃん、おはよう!お邪魔してます。』
スマホの中にショウさんがいた。
マユちゃんは初めての来客にあたふたしているようだった。
お気に入りのクッションを渡して座ってもらっている。
今思えば、マユちゃんの部屋にはクローゼットしかない。
私がうまくゲームを進めていれば家具なんかも手に入ったはずなんだけどね。
「ショウさん、どうやってそこへ?」
『水晶の中なんだけど、だんだん息苦しくなってきちゃって。スマホの中になら移動できるかなって試してみたら成功しちゃった。突然ごめんね、マユちゃん。』
『いえいえ、何もありませんがごゆっくり。』
マユちゃんは顔を赤らめて恥ずかしそうにしていた。
ショウさんはアイドルにも劣らない美青年だから。
『自分がスマホの中に入れるなんて思ってもみなかったからちょっと楽しいよ。』
ショウさんは笑顔でそう言った。
マユちゃんは仲間ができたかのように嬉しそうに中の説明をしていた。
とりあえずこれでショウさんの心配はなくなった。
あとは魔王と水晶か。
魔王は自分で闇を集めることはできない様子だった。
それはシャギも同じなのだろう。
またルナのように闇の種を植えつけてくれる下僕が必要だろう。
ここから脱出するか、水晶を壊すか、魔王を止めるためには何がいいのだろうか。
それよりも闇の量の偽装がバレたら私の命も危ないかもしれない。
ドアは相変わらず開かない。
私はマップで現在地を確かめてみた。
ここは私が育った森の北東に位置していた。
しかしマップ上では何もない草原になっている。
『地下にあるのかもしれないよ。』
ショウさんも突然この中にやってきたので外がどうなっているのか知らないという。
この薄暗さに窓もない。
地下だと言われたらそんな気がする。
「地上に出る階段がどこかにあるってことだよね?」
『でも魔王は瞬間移動できちゃうんでしょう?そんなものないかもしれないわ。』
マップをいくら拡大しても屋敷は地図に出てこなかった。
「真空で壁に穴を開けてみようかな。」
冗談で言ってみたのだけど、マユちゃんもショウさんも『いいんじゃない?』と言った。
私はクローゼットの中に入り、洋服を避けて、壁に向かって真空攻撃を出してみた。
壁は勢いよく切れた。
数回当てると人が一人通り抜けられるような穴が開いた。
私はスマホのライトを頼りにその穴を抜けてみることにした。
そこは同じような部屋だった。
使っていないようで真っ暗だった。
静かにドアまで行き、開けてみると開いた。
私はゆっくりドアを開けた。
廊下は静かで人の気配は全くしなかった。
魔王たちは出かけているのかもしれない。
私はとりあえずショウさんと出ようとした出口に向かった。
大きな扉を開けると、そこは壁だった。
ゴツゴツした岩で、まるで洞窟の中のようだった。
「見せかけの玄関みたい。」
私は階段がないかを探すことにした。
同じようなドアが並び、どこも似たような部屋だった。
私がいた部屋の反対側の隅の部屋は鍵がかかっていた。
誰かが使っているのか、閉じ込められているのか。
もしくは出口へと繋がっているか。
私はまた真空を放ってドアノブを壊した。
ドキドキしながら中へ入った。
化物が飛び出てきてもおかしくはない。
中にいたのは羽が片方折れた傷ついた何かだった。
白い服を着ていて、昔どこかで見たような天使の姿をしていた。
「あなたは天使?」
その人はゆっくりとこちらを向いた。
「あなたは誰?」
「私はソラです。魔王に捕まっていて、逃げ道を探しています。」
「逃げるなんて無理だわ。」
その人はまた私に背を向けたまま前を向いてしまった。
「一緒に出口を探しませんか?」
私はこの人も捕まったのだろうと思って誘ってみた。
「私なんて足手まといになるわよ。」
私はきっと折れた羽のことだろうと思ったので修復の魔法をかけた。
すると羽は美しく伸びた。
「あなた、何をしたの?」
やっと立ち上がりこちらを向いた。
そこにはとても美しい天使がいた。
「天使ですか?」
「そう、私は天使ルキナ。羽を治してくれてありがとう。」
ルキナは私に頭を下げた。
「羽が折れて、本来の力を出せませんでした。まだ万全ではないですが…お礼に地上までお連れしましょう。」
ルキナは手招きした。
そして私の手を掴むと私たちはキラキラしたものに包まれた。
────
気がつくと私は草原にいた。
ルキナの姿はなかった。
何もない広い草原。
向こうには森が見える。
『帰るなら急いだほうがいいかも!』
マユちゃんが叫んだので私は走り出した。
ここからパン屋のあの家までどれくらいだろうか。
とにかく私は走った。
地図を見ながら、まっすぐあの家に向かって。
マユちゃんの風魔法では飛ぶことができなかった。
おじいさんはやっぱりすごい魔法使いだ。
簡単そうに空を飛んでいたのだけれど、風魔法でも高度な魔法なんだろう。
3時間くらい走り続けて、私は疲れて倒れてしまった。
「少し休憩する。」
久しぶりに見た空はキレイだった。
4時過ぎでそろそろ夕焼けになりそうな、そんな空模様だった。
魔王が追ってきている気配はない。
「ソラ?」
聞き覚えのある声だった。
振り向くとそこには懐かしい顔があった。
「モク!!!」
私は疲れていたのにその姿に向かって駆け出した。
さらに大きく立派になったモクがいた。
「どうしてここに?!森に棲んでいるのでしょう?」
「うん、家は森の中だよ。狩りをしてたらいつの間にか森から出ちゃってて。戻ろうとしてたんだ。ソラは人間らしくなったね。」
服を着ているからだろう。
「人間は服を着るからね。」
「それでソラは一人で何をしているの?家族はできた?」
「うん、今がんばって家族の元に帰ろうとしている途中だよ。でも走るのは得意じゃないからさ。」
そう言うとモクはクスクスと笑った。
「ソラは昔からそうだよね。どこまで行くの?僕が送ってあげるよ!」
モクは背中に乗るように言ってくれた。
「ありがとうモク!!」
私はふわふわのモクの背中に乗った。
「しっかり捕まっててね!」
モクは教えた方角に向かって全速力で走ってくれた。
一緒に競争をして遊んでいた頃とは全く違った。
あの頃はもしかしたら私に手加減してくれていたのかもしれない。
1時間もするとパン屋の近くについた。
「この先は人間の臭いがするから僕はいけないよ。ソラ、会えてよかった!元気でね!」
「ありがとう。モクも元気でね!」
モクは背を向けると風のように去って行った。
私は見えなくなっても少しの間モクが走っていった方を見ていた。
────
「ソラ?!」
私がやっと畑につくとおばあさんが私を見つけた。
農作業をしていたようだ。
おばあさんはよろよろしながら私の方へと走ってきた。
私も走った。
「おばあちゃん大丈夫?!」
私の言葉を聞いたか聞いてないのか、おばあさんは私に抱きついてきた。
「心配かけおって。」
おばあさんは泣いているような声だった。
「早く家に帰るぞ、ジジイも喜ぶでな。」
家に入るとおじいさんも私のところへ飛んできた。
「ソラ!!おかえり!!」
私はなんとか家に帰ることができた。
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