ep.21
私たちは家に戻らずに、とりあえずきれいにした廃墟の家にいた。
ここはかつて病院だったと思われる建物だ。
おばあさんはベッドに寝かせると、そのまま動かなかった。
手を触ると温かい。
私はギュッと握りしめた。
「闇の力だとしたら私に吸い取れるかな?」
「そうね!ソラ、試してみてくれる?」
私はおばあさんに杖を向けて中に闇がないかを探した。
おばあさんに身体的な異常はないようだった。
おじいさんと二人でありとあらゆる治癒魔法を試したからそれもそうである。
「ダメみたい。何もみつからない。」
「そう。ありがとうね。」
マキナさんはずっとおばあさんの元を離れない。
おじいさんもそんなマキナさんに寄り添っていた。
こうなると家族だと思っていたけれど、なんとなく私は一歩後ろに下がった。
おばあさんを真横で支えるべきなのは私じゃないとわかっている。
「先生、マキナさん、私のせいでおばあちゃんがこんなことになってしまって…本当に…ごめんなさい。」
私は泣きながら二人に謝った。
泣くのは卑怯だから泣きたくなかったのだけれど、どうしても涙が溢れてしまった。
マキナさんはそんな私を優しく抱きしめた。
「ソラのせいだなんて誰も思っていないわ。そんなことよりもソラは魔法で母を救ってくれたでしょう。命の恩人よ。」
目覚めないおばあさんの前で『命の恩人』と言う言葉はあまりにも虚しく聞こえた。
私はそれ以上しつこく言うことはなかった。
言われても困るだろうし、過ぎたことは変えられない。
────
数日そこで過ごした。
魔王がやって来る気配はなかった。
必要なものは召喚したりマユちゃんが用意してくれた。
ルナの角はすっかり立派になっていた。
「ユニコーンみたいだね。」
「なあにそれ?」
「角の生えた馬。」
「馬に似てるなんて嬉しくないのです。」
体も大きくなっていて私にはもう抱きかかえることはできそうになかった。
空を見ると遠くから黒い雲が近づいているように見えた。
私は急いでみんなのところへ駆け寄った。
「たぶん、来る!」
私は杖を三人とルナに向けた。
「おばあちゃんを守って!」
「ソラ?!」
おじいさんは最後にそう言ってその場から消えた。
私はみんなをパン屋の家に送った。
召喚魔法の反対、応用の魔法だ。
コンコンとドアが鳴り、ゆっくりと開いた。
そこには魔王がいた。
「おやおや、君しかいないのか。それはなんとも好都合です。」
「私に何をさせたいの?殺したいの?」
「そんな物騒なことはしませんよ。」
「おばあちゃんの呪いを解いてよ!」
「ブウは生きているのですか?なんとしぶとい。」
魔王のきれいな顔が少し歪んで見えた。
「呪いをかけるのは得意ですがね、解くのは得意ではないのですの。」
魔王は待合室のソファに座った。
私は目を離さず睨みつけていた。
「私の中に何があるっていうの?何がほしいの?」
「知らないのですか。君は闇を吸収する。」
「知ってるわ。」
「それだけじゃない。その闇すべてを保管している。その闇は君の意思で使い放題なんですよ。」
「保管なんてしてない!私の中に闇はない!」
「やはり知らないのですね。憎しみ、殺意、負の感情が闇を開放する。私が憎くないですか?大事な人を傷つけられて、殺したいと思いませんか?」
私は魔王と対峙してどうしたかったのだろう。
おばあさんを治してと頼んだら治してくれるとでも思っていたのだろうか。
「力を復活させてどうするの?世界を滅ぼすの?」
「そうですね、世界の破滅はまだ私が成し遂げでいない偉業です。しかし滅ぼしてしまうとやることがなくなります。それはあまりにつ建物の中はまらない。」
魔王はニヤリと笑っていた。
きっとジワジワといたぶりながら世界を破滅させていくのだろう。
そんなのは許せない。
私は魔王に杖を向けた。
「おやおや、私を倒すことにしましたか?」
魔王は余裕の表情だった。
私は魔王の闇を吸収できないかやってみた。
その瞬間、魔王はビクッとした。
魔王から黒いものが出てきて杖に吸い込まれていく。
「これはこれは!目の前で見るとなんと美しいのか!」
魔王は立ち上がり、私の中へと流れていく黒いものを見ていた。
「弱っているとはいえ、私の中の闇はかなり深いですよ。そんな小さな杖で吸い込もうだなんて、何年かかることやら。」
魔王はフフフと笑った。
魔王は私の方へと近づいてきた。
そして私の杖を掴んだ。
────
次の瞬間、私は広い建物の中にいた。
壁際に照明がついているようだが薄暗く冷たい空気が流れていた。
「ようこそ、魔王城へ。」
私の杖は魔王によって折られていた。
私がそれを悲しそうに見ていると、
「おや、申し訳ありません。力が入りすぎてしまいました。でも君にはそんなもの必要ないでしょう。」
そう言うと魔王は人を紹介した。
正しくは人ではないかもしれないけれど、人の形をしていた。
「これは執事のシャギです。君のお世話をさせましょう。」
魔王はそう言うとどこかへ消えて行った。
「ソラ様、こちらへどうぞ。」
私はどうしていいかわからず、その人についていった。
魔王城はとても大きいようだった。
こんなに大きいのに、どうして発見されなかったんだろう。
建物の中に窓はなかった。
ここがどこなのかまったくわからない。
「こちらでお休みください。」
シャギはそう言うと部屋のドアを開けた。
私は中に入った。
そんなに広くはないけれど家具も一通り揃っているようだった。
「お着替えはクローゼットにございます。浴室は右手奥に。ご自由にお使いください。御用がありましたらそちらのベルを鳴らしてください。」
シャギは説明を終えると一礼してドアを閉めた。
ここにも窓がない。
そしてドアはびくともしなかった。
きっと魔法がかけられているのだろう。
私は部屋を見回った。
杖がなくても使える魔法もあったけれど、ないと使えない魔法のほうが多い。
何か材料はないか探しまわった。
どうやらこの部屋にはちょうどいいサイズの棒状のものがない。
『私の杖じゃダメ?』
マユちゃんが自分の杖を見せた。
「マユちゃんには、いざとなったときに手伝ってほしいから、持っていてほしい。」
『そっか。そうよね。麺棒じゃ太いし、菜箸じゃ細いし、私の手元にもちょうど良さそうなものがないわ。』
タオルがかかっている金属製の棒が目についた。
ちょうどよさそうな太さだった。
私は指で触り、真空で切れないか試した。
空手を真似して取得したせいなのかはわからないけど、真空の攻撃魔法は素手でも出てきた。
両端をうまく切ることができた。
さらに形を細かく調整した。
少し不格好だったけれど、元の杖と形は似ている。
私は両手でその棒を握りしめて魂を入れるイメージをした。
スマホがピコンと鳴った。
【杖作り(金属)のスキルを取得】
成功したようだ。
私は試しに家にあるノートを召喚しようとしてみた。
しかしうまくいかなかった。
他にもいろんな魔法を試してみたのだけれど、杖を使う魔法は使えないようだった。
だから魔王は杖なんて必要ないって言ったのかな。
きっと何か魔法がかけられているんだろう。
私はお風呂に入って、着替えもした。
マユちゃんのクローゼットのようにステキな服がたくさん並んでいた。
私は赤いワンピースを選んだ。
ドアが開いてシャギが食事を持ってきた。
スマホを見ると夕食の時間だった。
窓もないし、薄暗いので時間の感覚がない。
シャギは無言で食事を用意し、一礼してすぐにいなくなった。
みんなきっと心配しているだろうな。
何か連絡できる手段があればいいのだけど。
この世界には電話もメールもない。
私はお腹いっぱいになってベッドに横になった。
静かな部屋に一人きり。
目を閉じると入院していたときのことを思い出す。
────
毎日部屋の掃除に来てくれる人がいた。
薄緑色の作業着を着ていて、モップがけをしてゴミ箱を空にしてくれる。
その人は個室の私の部屋に来るといつもお話をしてくれた。
病院の花壇のお花が咲いたとか、看護師さんが走って転んだとか、その日その人が見たことを私に話してくれていた。
そしていつも出ていくときに「また明日ね。」とか「また来週ね。」と言う。
ほんの5分くらいだったけれど、その人はなんだか私と外界を繋ぐ人のような気がしていた。
病院の狭い個室に閉じこもっている私にはこの部屋が世界のすべてだったから。
あの人は私が死んで寂しく思ってくれたかな。
それとも仕事が一つ減って嬉しかったかな。
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ドアがノックされる音で私は起きた。
シャギが食事を運んできた。
朝の7時だった。
私は服のまま眠ってしまったようだ。
「いつまでここにいればいいの?」
私は出ていこうとするシャギに声をかけた。
「私は予定を聞いておりません。このままお待ちください。」
シャギはニコリともせずに出ていった。
ドアは相変わらず開かない。
『暇ね。』
食事を終えるとマユちゃんがそう言った。
「ファッションショーでもして遊ぶ?」
私はクローゼットに並んでいる服をマユちゃんに見せた。
『それかわいい!着てみたい!』
私はスマホに洋服を送った。
私も気になる服を片っ端から着てみた。
写真を撮ったり、歌ってみたり、踊ってみたりした。
どんなに騒いでも誰も来ない。
私は疲れてベッドに横になった。
「みんなに会いたいな。」
一人ぼっちになるのは森の魔族の家を出たとき以来だ。
あの時も心細くて寂しかった。
あの魔族の家族は元気かな。
モクは新しい家庭を築いたかな。
私も家族を手に入れたと思ったのにな。
私のせいでその人たちは傷ついている。
おばあさんは目を覚ましただろうか。
次から次へと頭の中にみんなの顔が浮かんできては消えていった。
私は誰かを傷つけるためにこの世界に生まれてきたのだろうか。
これではいけないと思っているのに、負の感情が私にまとわりつく。
拭っても、拭っても、拭いきれなくなってきた。
気持ちを強く持たないと、魔王の思うつぼだ。
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