ep.19
パン屋さんは本日お休みだった。
おばあさんはパンを焼く元気がないと言った。
明らかに私のせいだ。
常連客のメルクは王都から馬車でやって来る。
ここ数日、パン屋さんは休みだったみたいで、メルクは手ぶらで帰っていったらしい。
お客様にも迷惑をかけていた。
私はせめてもと思い、クッキーを焼いた。
初めて一人で作ったので不格好だった。
私は火が使えないので火魔法を習得したマユちゃんに手伝ってもらった。
マユちゃんは私よりもたくさんの魔法が使えるようになっていた。
『魔法少女マユちゃんにおまかせ!』
マユちゃんは着せかえアプリと同時期にリリースした魔法少女のRPGゲームにどうしても勝てなかったことを根に持っているんだって。
────
メルクの馬車が見えた。
私は急いで向かった。
メルクとメイドは馬車を降り、空っぽのショーケースを見て悲しそうにしていた。
馬車の中には先日結婚した奥さんも乗っていた。
「メルク様、本日もお休みなのですね。」
「そのようです。なんと悲しいことか。」
馬車に乗り込もうとするメルクを呼び止めた。
「あの、今日もお休みでごめんなさい。せっかく遠くから来ていただいたのに。」
「これはソラ殿。ブウ様はお元気ですか?」
「えっと、病気とかではないので大丈夫です。」
「そうですか。ご無理なさらないようにお伝えくださいね。」
「はい。それで、あの、これなんですけど。」
「これは、ヘンテコな形の焼き菓子ですね。」
動物の形にしたつもりなんだけどな。
「私が作ったので美味しくないかもしれないんだけどね、あのね。」
「もしかして私にくださるのですか?」
「よかったら、もらってください。」
「まぁ!こんな可愛らしい人が作ってくださったのね!私もいただいてよろしいかしら?」
奥さんはステキな笑顔でそう言ってくれた。
「はい、おばあちゃん、きっと元気になってまたパンを焼いてくれると思うので…ぜひまた来てください!」
そう言い終わる前に、メルクはクッキーを1枚かじっていた。
「これは…見た目に反してかなりの歯ごたえが…」
ゴリゴリとクッキーからではないような音がしていた。
「まずいですよね!!ごめんなさい!また今度もっと上手になったらにします!」
「いえいえ、この歯ごたえ、悪くないですよ。それにとてもいい味です。ブウ様の作るお菓子を思い出します。さすが一番弟子ですね。ソラ殿、お心遣いありがとうございます。また伺いますとブウ様によろしくお伝えくださいね。」
メルクたちは笑顔で去って行った。
『ソラったら、味見もしなかったの?』
「急いでいたから。そんなにまずい?」
マユちゃんはゴリゴリ言いながらさっきのクッキーを食べていた。
『確かに歯ごたえがすごいわね。でもなんだか病みつきになりそうな感じよ。あとを引くやつ。悪くないわ。』
「なんだか微妙だね。もう少し練習するよ。」
『そうね、私も火加減なんかを上手くできるように練習したいわ。でもソラって温度調節の魔法が使えなかったかしら?』
「あっ。それを使えばいいのか。火を使わないとだめだと思っていたよ。」
『いろいろ試しましょう。何が美味しくさせるかわからないわよ。』
「そうだね!」
私が家に入るとおばあさんが心配そうにこちらを見ていた。
「ソラ、何をしてたんだい?なんともないかい?」
「うん、クッキーを焼いたんだ。」
そう言っておばあさんに1枚渡した。
おばあさんは黙ってそれを口に入れた。
「これは…」
おばあさんは急に泣きだしてしまった。
「えっ?!そんなにまずかった?」
「美味しいよ。ソラ、ソラなんだね。いつものソラなんだね。」
私はおばあさんを抱きしめた。
「うん。心配ばかりかけてごめんね。もう大丈夫だから。ごめんね。」
おばあさんはすぐに涙を拭いた。
「まさかこんな物をお客様に売ったりしてないだろうね?」
そこにはいつものおばあさんがいた。
「売ってないよ!」
あげただけだよ。
「どうやったらこんなに固くできるんだい?パン屋の子がこんなものしか作れないなんて!わしは恥ずかしいよ!ほれ、特訓するよ!」
おばあさんはオーブンのある作業場の方へ歩いて行った。
それをおじいさんが見て嬉しそうに笑っていた。
「待っておばあちゃん!」
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午後になるとマキナさんがやって来た。
私は作り直したクッキーを出した。
「わぁ!かわいいわね!お星様の形かな?」
「えっと、猫の形です…」
気まずい空気が流れた。
「うん!美味しい!歯ごたえのあるタイプのクッキーね!」
「この子が焼くとどうしても固くなるんだよね。不思議じゃ。」
『ソラは手が温かいからだと思うわ。生地は冷たいほうがサクサクになるはずよ!』
「そうなの?!知らなかった!」
おじいさんがやってきてマキナさんの隣に座った。
「今日はどうしたのかな?」
「はい、ルナから少し話を聞きたくて参りました。」
マキナさんがそう言うとルナはマキナさんの膝の上に飛び乗った。
「あの人のことだね。」
「そう。話してもらえる?どんな人でどこにいるのか。」
「私にもよくわからないの。あの人は何もないところから現れて、消えていく。森にいたのに次の瞬間、屋敷の中にいたりするの。」
「すごいわね。瞬間移動っていうやつかしら?すごく珍しい魔法だわ。」
「見た目はとても美しい青年なの。真っ黒の髪の毛に青い瞳でね、肌は透き通るように真っ白。それでね、頭に2本角が生えていたわ。真っ黒な角。それがとても恐ろしかった。」
「角?!」
みんなは一斉にルナを見た。
「珍しいの?私にも生えてきたわよ?」
ルナはそう言うとマキナさんに頭頂部を向けた。
マキナさんはルナの頭を撫でた。
「確かに何かあるわ。目立たないし毛が分厚いから撫でても気がつかないわ。」
「この世界の猫には角が生えるの?」
私はおじいさんの方を向いて聞いてみた。
「猫に角なんて生えませんな。ルナは猫ではなかったようですな。」
ルナはキョトンとしていた。
「ルナが何ものかについては私に少し思うところがあります。帰ってから調べて報告しますね。」
マキナさんはルナを撫でながらそう言った。
「私もどこかの本で見た気がしますぞ。しかし本は焼けてしまったが。」
おじいさんは悲しそうな顔をした。
瓦礫の下から出てきたのは、あの召喚のことが書かれている本だけだった。
あの本には魔法がかかっていたみたいで、燃えなかったんだって。
「ルナ、その男はこれから何をしたいとか何か計画を立てている感じはした?」
「うーん。とにかくソラが欲しいって言ってた。自分が復活するにはソラが必要なんだって。」
その場が凍りつくのがわかった。
マキナさんがルナをおじいさんの膝の上に移動した。
「ありがとうルナ。私はすぐに城に戻ります。」
おじいさんもおばあさんも黙って頷いた。
「ソラ、このお星様のクッキーもらっていくわね!」
動物の形なんだけどね。
そしてマキナさんは急いで家を出ていった。
「急にどうしたんだろ?」
「用事でも思い出したんじゃろ。さて、わしは畑でも見てくるわ。」
「私も調べものをしましょうかね。」
おじいさんは本がないのにどうやって調べるつもりなのか。
自分の部屋に入って行った。
そして私は居間に取り残された。
「何か変なこと言っちゃったのかな?」
ルナが心配そうに私を見てそう言った。
「わかんない。」
この世界について知らないことがたくさんあった。
学校に行って勉強すればよかった。
私はこの家にある本棚を見た。
マキナさんが小さい頃に読んだのだろう。
子供向けの優しい内容の本ばかりだった。
物語の本が多くて、勉強になりそうなものはない。
スマホでもこちらの世界のことは調べようがない。
ルナの頭にはやはり何かある。
まだ尖ってはいないけれど、ボコッと硬いものが出てきているように思える。
「ルナのお母さんには角があった?」
「なかったよ。」
「じゃあお父さんに似たのかな?お父さんには会ったことないんだもんね?」
「うん、生まれたときにはもういなかったと思う。」
私はルナを抱き上げた。
ルナはとても大きくなっていて、これ以上大きくなったら抱き上げられなくなりそうだ。
「もっと大きくなったらルナに乗れるようになるかもね?」
「そうだね!そのときはどこにでも連れて行ってあげますです。」
私はルナに跨がって広い草原を走り回る想像をした。
花や草のにおいの中、風を切って走り回るのはきっと気持ちがいいだろう。
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『ソラ、そう言えばお米の種が手に入ったわよ!』
「ほんと?!ありがとう!!」
ずっとお米が食べたいって思っていた。
私はさっそく外に出た。
スマホで米の栽培について調べた。
小麦とは違ってすごく難しそうだった。
畑を水浸しにしたり、その水を抜いたり、成長をみながらお世話をしないといけないらしい。
今の畑ではお米は作れなさそうだった。
私はおばあさんに相談をしてみた。
「畑に水を入れる?変な育て方だね。」
おばあさんは変な顔をしていたけれど空いてる場所を掘り起こして周りに水路も作ってくれた。
小さな貯水池も作ってくれて、たっぷりの水を張ってくれた。
私は泥んこになりながら、スマホを見て水田を作った。
とっても小さな水田だったけれど、初めて私だけの畑になる。
私はまず水田の横で苗を育てることにした。
柔らかな土に種を植えた。
外敵から守るバリアを張って、ちょうどいい温度になるように調節した。
芽が出るのが楽しみだ。
泥んこになった体をマユちゃんに流してもらった。
まるで水遊びでもしているようだった。
昔、公園にある小さな川に落ちたことがある。
水遊び用の川だからきれいで浅い川だった。
お着替えを持ってきていないのに、とお母さんに怒られたっけ。
水遊びをするような季節ではなかったけれど、晴れていてポカポカ温かかった。
お母さんは元気かな。
私のことなんて、もう忘れちゃったかな。
忘れてくれたらいい。
悲しい思い出なんて、忘れちゃえばいいんだ。
マユちゃんは温風を出して私を乾かしてくれた。
お母さんが私にドライヤーをあててくれてるのを思い出して、胸がキュッとした。
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