ep.18
薄暗い部屋の中。
今が朝なのか夜なのか知らない。
なんだかそんなことどうでもいい。
おじいさんもおばあさんも心配して何度も部屋に来てくれる。
心配させるのはよくないってわかってる。
でもダメなの。
だって私、化物になってしまったんだもの。
顔半分だったあの黒いものは今では顔をほとんど覆ってしまった。
私の体はきっと真っ黒になる。
そしてあの化物のように大地を闇で覆い尽くし、暴れまわってみんなを殺しちゃうんだ。
そんなことしたくない。
私は自分の首を絞めた。
このまま死んでしまえば、誰も傷つけなくていい。
「ソラ!何してるの!!」
おばあさんが入ってきて私の両手を掴んだ。
おばあさんは泣いていた。
「お願いじゃ、ソラよ…こんなこと、こんなことしないでおくれ…」
「ごめんなさい。」
また家族を泣かせてしまった。
なんで生まれてきたんだろう。
もう悲しませたくなかったのに。
もう誰にも泣いてほしくなかったのに。
「もう待てないですぞ。行きますよ、ソラ!」
おじいさんは私の腕を掴むとそのまま外へ連れてきて空へと飛び立った。
久しぶりの太陽は眩しすぎてこのまま溶けてしまうんじゃないかと思った。
おじいさんは私をどこかに連れて行く。
化物を入れる檻でもあるのかな。
────
「お父さん!ソラ!?どうしたの??」
「すまないマキナ、前にソラを連れて行った研究室にまた連れて行ってくれませんかな。」
マキナさんは頷いて道案内してくれた。
マキナさんは私に上着をかけて顔が見えないようにした。
そうだよね、こんな化物を見たら街の人たちが怖がっちゃう。
「副団長?!どうしました?」
白衣の人たちはびっくりしていた。
「あのね、ソラが大変みたいで。」
マキナさんはそう言うとそっと上着を取った。
「これは…今はどんな状況ですか?意識はありますか?自我は??」
「落ち込んでいるだけで、あとは普段通りだと思います。」
「ソラさん、わかりますか?大丈夫ですよ。一緒に治す方法をみつけましょうね。」
白衣の女の人は私にそう言ってニコリと笑った。
本当は気持ち悪いなって思っているだろうに。
私は誰とも目を合わさなかった。
ベッドに寝かされて、またいろいろ調べられた。
「ソラさんは自分に杖を向けてみましたか?」
「いいえ、そんな場面は見ていないですね。ソラ、自分に闇を吸収する魔法を試したかい?」
自分に魔法を?
私は試していないことに気がついた。
でも杖を持ってきていない。
「ソラ、杖がなくても召喚はできるだろう?家から杖を召喚しなさい。」
私は目をそらして壁の方を見た。
「ソラ!今すぐ杖を召喚しなさい!」
おじいさんが怒っている。
普段は温厚で声を荒らげることなんてないのに。
私はそのまま杖を召喚した。
杖は床に転がった。
おじいさんは私に杖を持たせてそれを顔に向けた。
「ソラ、お願いだから、試すだけ、ちょっとやってみてくれませんか。」
おじいさんの声はだんだん涙声になっていた。
私は目をつぶった。
私の中にある黒いものの正体を突き止めようとしてみた。
杖で吸い取れるものと同じだろうか?
いや、それよりも何倍も濃い、もっとドロドロした何かだ。
私に取り除くことができる?
いや、無理だろう。
だってこれは、私の一部なんだから。
誰にだってあるでしょう?
黒い部分が、あるでしょう?
────
閉じているまぶたの奥にルナが見えた。
ルナは猫なんだから涙を流して泣くわけがない。
それなのにルナは涙を流してわんわんと泣いていた。
『ママ、負けないで。ママは私を守るって言ってくれたよね?私を助けられるのはママしかいないの。お願いだから、お願いだから負けないで!』
私はびっくりして目を開けた。
ルナは私に助けを求めている。
私はガバッと起き上がった。
そしておでこに杖をあてた。
黒いものがあってもいい。
真っ白でいることなんてできない。
でもだからって闇に支配されてはだめだ。
私を黒くしているものは、私の黒い部分じゃない。
私の体から出ていけ!黒いの!!
ピンクの杖が真っ黒に染まった。
杖はシューシュー言いながら黒いものと戦っていた。
『やめろ、なぜ抗うのだ?』
頭の中にあの声が聞こえてきた。
私はその声の主へと神経を集中させた。
お前は誰だ?
ルナを返せ!
ルナを返せ!!!
────
『ソラ?!どうしてここに?』
「ルナ!!大丈夫?」
『私は…ソラの方が大丈夫じゃなさそうだけど。』
私はどこかの家の中にいた。
いや、いるわけではないのかもしれない。
自分の姿が見えない。
しかし目の前にはルナがいる。
「ルナ、一緒に帰ろう。ここはよくない気がする。」
『ダメなの。ほら見て、繋がれているの。』
ルナは黒いロープで何かと繋がれていた。
私はそのロープに向けて真空の刃を放った。
ロープは細切れになった。
『えっ?切れたの?』
「ほら、早くおいで!」
ルナは私の方へと飛びついてきた。
────
バタンッと私はベッドから落ちた。
そしてお腹の上にはルナがいた。
「ソラ、お久しぶりです。」
「ルナ!!!」
私は杖を放り投げてルナを抱きしめた。
ふわふわの毛が懐かしく感じる。
白衣の人たちの殺気を感じた。
中には杖を向けている人もいた。
「その獣は…ソラさん、こちらに渡してくれませんか?」
白衣の人たちは怖い顔でこちらを睨みつけていた。
「待って!ルナは誰かに操られていたの!その繋がりを切って連れてきたわ。お願い、話を聞いて。」
マキナさんが「そうしましょう」と言ってルナと白衣の人たちの間に入ってくれた。
ルナは少しずつ話してくれた。
言葉は相変わらず変なときがあったけれど、それでも一生懸命話してくれた。
「私が生まれたとき、ママは元気だったのよ。兄弟も2匹いてね、茶色の子とママそっくりの白い子。
でもね、ある日あの人がやってきて兄弟を連れて行ってしまったの。どこかに連れて行ったのか、どこかで殺したのか、私にはわからなかったけれど何もすることができなかった。
でもママはその人に立ち向かったの。子供を返せ!ってね。
そしたらその人、ママを投げつけたの。家の外にね。多分そのときに、ママは…
そして残った私を見て、『お前には後ほど大きな仕事を与えよう』と言って私の中に何かを入れて消えたの。
一瞬のことで何かはわからなかったけれど、頭の中に何かが入った。
そしてしばらくするとソラが現れたわ。
私が大きくなったある日、私は森である男の人に出会ったの。
その人は心を病んでいたみたい。
森にね、死にに来ていたみたいなの。虚ろな目で木にロープをかけようとしていたわ。
そのときに私の中にあった黒い何かがその男の人へと移っていったの。
私は怖くなって急いで家に帰ったわ。
そして数日後、ソラのところにアレがやってきた。
すぐにはわからなかったけれど、アレが私から出た何かのせいだって気がついたの。
だからソラたちとは一緒にいられないって思ったの。私は悪い何かなのかもしれないって思ったから。
森に行くとあの男がまたやって来て私を褒めてくれたわ。そして私を支配した。黒いロープで私を捕まえたの。
あとはその男の言いなりで心を病んだ人に黒いものを植えつける仕事をさせられたわ。
抗えなかったの。ごめんなさい。本当にごめんなさい。」
私たちは静かにルナの話を聞いた。
ルナのママがどうして殺されたかなんて知りもしなかった。
小さな子猫にママはどうして死んだのかなんて聞けなかった。
「ごめんね、ルナ。」
私はルナを抱きしめた。
「私はその猫を信じます。今は敵ではありません。そうですよね?ソラ。」
「うん、私の知っているかわいい猫ちゃんです。」
白衣の人たちは向けていた杖をおろした。
「念の為、体を調べさせてください。」
「はい、お願いしますわ。」
ルナは自分で白衣の人たちの方へ歩いて行った。
おじいさんは私を抱きしめた。
「ソラ、お前の顔も…黒いやつはどこかに消えたよ。」
おじいさんが言うには、黒いやつは私が杖を向けたときから徐々に薄くなっていったのだという。
ルナが現れたときにはほとんど消えていたんだって。
「ルナがね、負けないでって言ってくれたの。」
「うんうん、よく頑張ったね、ソラ。」
ルナの体に異常はなかった。
異変があればすぐに報告するようにと言われた。
「お騒がせいたしました。」
おじいさんは深く頭を下げた。
私も同じようにした。
マキナさんは送っていくと言ってくれたけども、おじいさんは飛んで帰れると言った。
私たちはまた夕日の中、空を飛んでいた。
いつか見た夕日と同じように、今日の夕日もきれいだった。
私の中に闇は感じない。
どこに行ってしまったのかはわからない。
でも私と今のルナは大丈夫だっていう自信がある。
根拠のない自信だったけど。
帰ってドアを開けるとおばあさんが飛んできた。
私とルナを見ると、おばあさんは泣き出した。
子供のようにわんわん泣いて、「よかった。本当によかった。」と言い続けた。
私も泣いて、「ごめんなさい」を繰り返した。
その日はおばあさんのベッドで一緒に寝た。
ルナは足元で丸くなっていた。
まだ笑顔の願いは叶えていないけれど、きっと叶えられると確信した。
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