ep.15
あの事件から半年以上が過ぎた頃、三人で暮らす家にマキナさんがやって来た。
「お久しぶりです!お父さん、お母さん、それにソラ。」
「マキナさん!今日はどうしたんですか?」
「村の再建の進捗状況の確認のついでに寄ってみました。」
「サボってて怒られるんじゃないよ。」
おばあさんは意地悪くそう言ったけれど、すごく嬉しそうにしていた。
マユちゃんとの共同作業によって、苦心の末に作られたバターと生クリームを使って焼き上げたスコーンをおばあさんはすぐにマキナさんに出していた。
「これは何ですか?新しいパンでしょうか?すごくいい匂いがしますね!」
マキナさんは甘いのが好きなようで、バターに花の蜜を練り混んだものをたくさんつけて食べていた。
「こんなに、美味しいもの、王都にも、ありません。」
「はしたないね!もぐもぐしながら喋るんじゃないよ。」
おばあさんはまた小言のようなことを言ったけれど、嬉しそうにおかわりを用意してあげていた。
「それでマキナよ、ただ様子を見に寄ったわけではあるまい。何かあったのかな?」
おじいさんは一連のやり取りを笑顔で見守ったあとにそう言った。
マキナさんは口の中のものを飲み込んでから咳払いをして話し始めた。
「あの時の黒い化物の件で報告があります。団長がぜひこちらにも報告するようにと言ってくださいましたので私がやって参りました。」
私たちは静かにマキナさんの報告を聞いた。
「結果的に言えば、あの黒い化物は人間でした。」
私たち三人はきっと同じような顔をしただろう。
あれが人間だなんて信じられない。
「ある人間が過剰なほどに魔王を信仰し、自然界に存在する闇を集め、増幅させてあのような姿になったのではないかと推測する結果となりました。」
「なるほど、人間が。」
おじいさんは目を閉じて俯いた。
「自然界に闇なんてあるの?それって目に見えるの?」
私はどうしても不思議で聞いてみた。
「悲しいことにね、人間から出る負の感情が凝縮されるといずれ闇になると言われているわ。本来、目には見えないのだけれど、あの化物が纏っていた闇は暴走して辺り一面に闇を撒き散らしていたわね。」
畑が真っ黒になったのはそのせいだったのか。
「マキナ、報告をありがとうございます。こちらも耳に入れておいてほしい話がございますよ。ソラのことです。」
そしておじいさんは私があの黒いものを吸収する力があるという話をした。
さらには薬や人体補修の話もして、
「何か困ったことがあれば、ソラに解決できることもあるかもしれませんぞ。」
と言ってニコニコと笑っていた。
マキナさんは驚いた顔で私を見た。
「こんなに小さいのに、あなたはすごいのね、ソラ。」
おばあさんは「そうなんじゃよ」と得意げだった。
「今の話、団長と共有してもよろしいでしょうか?」
「もちろん。しかし公にするのは控えていただきたい。ソラを利用しようとする輩が出ては困りますからね。」
「そうですね。極秘事項として報告することにします。」
マキナさんは報告を終えると帰って行った。
おばあさんはパンや焼き菓子をたくさん持たせてあげていた。
そして姿が見えなくなると少し寂しそうな顔をした。
「ソラや、またバターやらクリームを作っておくれ。新しいパンでも試作しようじゃないか。」
そしてしばらく私とおばあさんは新作の開発に取り組んだ。
薬の調合よりも、とても楽しかった。
そして、念願のクリームメロンパンが完成した。
メロンパンの中に生クリームを入れたのだ。
外側はサクサクで、生地はふわふわで、中にはたっぷりクリームが入っている。
私は美味しくて涙が出てしまった。
「確かにうまいが、泣くほどのものかい?」
おばあさんは慌てて私にハンカチを渡してくれた。
「ううん、美味しいけど、そうじゃなくて。願っているものを努力して叶えることって素晴らしいなって感動したの!」
おばあさんは、にこりと笑って、黙って私の頭を撫でてくれた。
────
そしてあの事件から一年が過ぎた。
私は7歳になっていた。
あれからこの世界は平和だった。
この家も村も笑顔がたえなかった。
しかし突然、畑の横に例の大きな扉が現れた。
それを見るとおじいさんは私の手を引いて扉へと向かった。
「お父さん!ソラ!」
そこにはマキナさんがいた。
「来てしまったのかい?」
マキナさんは黙って頷いた。
おじいさんは私を真っ直ぐに見て、
「ソラ、お前の力が必要なようだよ。お願いできますかな?」
と優しく言った。
「はい!」
きっと黒いやつ関係だろうと私は移動しながら考えていた。
騎士団の人たちはいつか見たときのようにボロボロになっていた。
おじいさんは治癒魔法をかけるために負傷者のところへ向かった。
そこは王都の近くにある小さな村だった。
何の変哲もない、普通の村にそれはいた。
真っ黒な姿のそれは真っ直ぐに私の方へ向かってくる。
マキナさんが驚いて、「ソラ、大丈夫?」と聞いてきた。
私は「できます!」と自信たっぷりに答えた。
私は1人でその化物に向かって行った。
化物の周りにバリアを張った。
これで他の人に手は出せないだろう。
「魔王様…来てくださったのですね…」
化物はまた私を魔王と呼んだ。
「私は魔王なんかじゃない!」
私は化物に杖を向けた。
化物は短く「ヒィッ」と言って動かなくなった。
周りに纏っていた闇がどんどん杖に吸い込まれて、私の中に消えていった。
そして化物の闇もゆっくりと杖に流れていった。
少しずつそれがかつて人間だったと思わせる姿を見せだした。
「魔王…様?…」
化物は最後にそう言うとその場に倒れた。
若い男の人がそこに倒れていた。
私はバリアを解いた。
マキナさんが駆けつけた。
「これは、やはり人間でしたか。」
近くで見守っていた村の人たちの中から一人の女性がやって来た。
「カイン、なんてことを…」
リルという女性とこの男は夫婦だという。
私は倒れた男の体の状態を診た。
身体的な問題はないようだった。
気を失っていたけれど、きっとすぐに目を覚ますだろう。
しかし頭の中に黒いモヤが見えた。
私にはそれを取り出すことができなかった。
「この男性に何があったのかわかりますか?」
マキナさんはリルに優しくそう訪ねた。
リルが言うには先月彼女が流産してしまい、落胆したカインとの関係が悪くなり、カインは人が変わったようになってしまったのだという。
最近は姿も見せなくなり、どこかへ行ってしまったのかと思っていたということだった。
リルは目を覚ましたカインに抱きついた。
カインは何があったのか覚えていないと言った。
しかし目には涙が溢れていた。
マキナさんはカインに事情を話した。
覚えていないとはいえ、負傷者も多数出ている。
カインは王都に連れて行かれた。
原因究明の調査と罪を償う必要があるのだとマキナさんは言った。
残されて泣いているリルに、おじいさんは「死亡者は出ていない。すぐに帰ってこられるでしょうぞ。」と言ってあげていた。
あの転移の扉の人はさっさと王都に帰ってしまったようで、私とおじいさんは村に取り残された。
風魔法で帰れる距離だったけれど、魔力の使い過ぎで回復が必要だった。
そんな私たちを見て、村の人たちが「泊まっていってください」とベッドを用意してくれた。
「ご厚意に甘えましょうかね。」
おじいさんは礼をして、私たちは泊めてもらうことになった。
『救世主』だと村の人たちは私たちに感謝をしてくれて、いつの間にか宴会のようになっていた。
たくさんの料理が持ち寄られ、私は食べすぎてしまった。
私は楽しくて、はしゃぎすぎて、疲れてしまって途中で眠ってしまった。
────
次の日、起きると私はおじいさんと一緒に眠っていた。
おじいさんはお酒を飲まされていたのでまだ寝ている。
私は起こさないように静かにゆっくりと部屋を出た。
そこはリルの家だった。
「ソラちゃん、おはよう!お腹は空いているかしら?」
リルは朝からたくさんの料理を作ってくれていた。
「こんなものでお返しができるとは思っていないんだけど、よかったら食べてくれるかな?」
私は喜んでごちそうになった。
私はリルが流産したという話を思い出して、リルの体をちょっとだけみてみた。
お腹の中に悪いものが見えた。
「あのね、お腹の下の方に悪いものが見えるんだ。もしかしたらそれが原因で流産しちゃったのかも。」
私がそう言うとリルは驚いていた。
助産師の人にも似たようなことを言われたのだという。
「取ってもいい?」
私がそう言うと、「取れるの?!」と驚いていた。
リルはよろしくお願いしますと頭を下げた。
私はリルのお腹の中に集中して悪いものをみつけた。
そしてそれを取り除いて正しい姿に戻した。
「はい、おわり!」
リルは首を傾げた。
「もう?」
「うん、取り出したもの、見たい?気持ち悪いと思うけど。」
私がそう言うとリルは大きく首を横に振った。
「ソラちゃんはこんなに小さいのにすごいね!もしかして足が悪い人も治せたりする?」
リルは私を外に連れて行った。
外には私を一目見ようとする村人が何人も待っていた。
「ソラちゃんは見せ物じゃありませんよ!」
リルはそう言ったが私はすぐに囲まれてしまった。
「救世主様の恩恵を受けようと思ってな。」
村の人たちは供物でもお供えするように私にお菓子や果物を渡した。
私の両手はすぐにいっぱいになった。
「ありがとうございます。」
私は照れながらみんなにそう言った。
「なんと可愛らしい!」
私はこんなにチヤホヤされたことがなかったのでどうしていいかわからず困ってしまった。
そしてなぜか今は、私に悪いところを診てもらうという列ができていた。
私は治せるものは全部治してあげた。
リルは途中で疲れない?魔力は大丈夫?と心配してくれた。
「大丈夫だよ。私の魔法はあまり魔力を使わないみたい。」
休憩をはさみながら、おじいさんが起きてくるまでの2時間くらいずっと村の人たちを診ていた。
必要なら薬や湿布薬も保管してあるところから召喚して渡した。
「申し訳ない。寝坊をしてしまったようですな。」
やっと起きてきたおじいさんは村の人たちが何かを信仰するように私を扱うのに驚いていた。
「早く帰ろう。」
私はなんだか居心地が悪かった。
おじいさんは村の人たちに礼を言ってその場で飛び立った。
村の人たちは見えなくなるまで手を振っていた。
「ソラ、いったい何をしたんですか?」
「いつもしていることをしただけなんだけどね。」
今日は少し曇り空だったけれど、やはり飛ぶのは気持ちよかった。
リルの作ってくれた料理を真空にして持ち帰ればよかったと少しだけ後悔した。
────




