ep.11
寒かった冬が過ぎ、季節は春になろうとしていた。
いつものように朝ごはんを食べていると、おばあさんにこんなことを言われた。
「そろそろ学校に行かないといけんな。」
村には学校なんてない。
子供たちは元気に走り回り、勉強している様子もない。
おじいさんとおばあさんが昔、学校の先生だったことは聞いていたけれど、どこにあるのかなんて考えたこともなかった。
「歩いて行ける?」
「行けないね。」
「スクールバスとかあるの?」
「なんじゃい?それは。」
私はなんだか嫌な予感がしてきた。
そして見事的中してしまう。
「もしかして、この家を出ることになるの?」
「そうじゃよ。魔法学校の生徒はみんな寮生活じゃよ。」
そう言われて私は有名な魔法学校の物語を思い出した。
あの世界が実際に目の前に広がることになるとは思ってもいなかった。
「それって行かないとダメなのかな?」
「ダメではないが、ソラは魔法が使えるし、闇魔法について研究もしたいんじゃないかね?」
学校に行けばそういうこともできるということか。
「行きたくないな…」
「まあ、今決めんでもいいわ。ジジイにも学校の話を聞けばいい。」
そろそろパンを荷車に積もうと思っていたその時、平和だった私の世界は一気に壊されることになった。
────
「今日はたくさん焼いたね。」
「春になるとなぜかたくさん売れるようになるんじゃよ。」
「全部売れるといいね。」
私が外に出ようとするといきなりおばあさんが叫んだ。
「ソラ!ドアを開けるでない!!!」
「えっ?」と振り向いたとき、私はすでにドアを開けていた。
外は朝なのになぜか真っ暗で、なんだかすごく嫌な空気が漂っていた。
「ソラ、すぐにこっちへ来い!!」
おばあさんが叫ぶので驚いて身動きができなくなった。
外からはギギギギという嫌な音が聞こえてくる。
「おばあちゃん、怖くて動けないよ。」
そして私は外の方へと、振り向いてしまった。
そこには今まで見たどんなものよりも悍ましい姿の何かがいた。
それはゆっくりと大きな口を開けた。
「魔王様…お迎えにあがりました。」
おばあさんは私の腕を引っ張り、家の裏口から外に出た。
そこにおじいさんが空からやって来て、私たちの腕を掴み空高く舞い上がった。
────
私たちは実験室のある小屋に来た。
二人とも真っ青な顔をしていて小刻みに震えているのがわかった。
誰も言葉を発しようとはしなかった。
いや、したくてもできなかったのだ。
外はまだ真っ暗だった。
「とりあえずここは見えない結界が張ってあるからみつからないはずであります。」
おじいさんは深呼吸してからそう言った。
おばあさんはゆっくり頷いた。
「すぐに聖騎士やらが来るじゃろ。」
「そうですね。彼らならきっと対処してくれるでしょうね。」
スマホを見るとマユちゃんはそこにいなかった。
よく見ると画面の隅で隠れているのが見えた。
ルナは出かけるときはいつもマフラーのように私の首に巻きついてくる。
そのおかげで一緒に来れたようだ。
私は何が起きたのか聞くのが怖かった。
そもそも声を出そうとしても出せなかった。
おじいさんは窓の外の様子を見ていた。
おばあさんはずっと私の手を握っていてくれた。
「大丈夫じゃよ。怖くないよ。」
おばあさんは震えながら私に作り笑顔でそう言った。
おばあさんがこんなに何かに恐怖を抱くことなんて見たことがない。
「さっきのって…」
「うん、怖かったよな。でももう忘れなさい!」
おばあさんは怖い顔で叱るようにそう言った。
私は何も言えなくなってしまった。
「聖騎士が来たようですぞ。」
窓の外の様子を見ていたおじいさんはこちらを振り向いてそう言った。
窓の外は明るくなっていた。
おじいさんは大きく深呼吸をしてお茶の用意をした。
私たちはテーブルを無言で囲み、お茶を飲んだ。
二人ともなんだかすごく怖い顔をしていた。
「さて、そろそろ来るかもしれませんな。」
「まさかジジイよ、緊急信号を送ったのか?」
「もちろんですぞ。あれが緊急じゃなかったら何が緊急だというのです。」
ドアがバーンと開いた。
私たち三人はドアの前に釘付けになった。
「お父さん!お母さんも?!いったい何事ですか?!!」
そこにはかっこいい鎧のような防具を身に着けた、きれいな女の人が立っていた。
女の人の後ろには同じような格好の人たちがたくさんいた。
「付近を警戒態勢に!異常がないか逐一報告を!」
「了解しました!」
女の人が命令すると外にいた人たちは一斉に動き出した。
「久しぶりですな、マキナ。」
「ずいぶん偉くなったものじゃな。」
おじいさんは笑顔で、おばあさんは、しかめっ面だった。
「お二人ともお元気そうで何よりです。」
マキナと呼ばれる女の人はおじいさんの横に座った。
おじいさんはすぐにお茶を淹れてあげていた。
「この子はソラ。私たちとは家族のようなものですよ。」
「はじめまして、私はマキナ。聖騎士団の副団長をしているわ。私の両親がお世話になっているみたいね。ありがとう。」
マキナさんは笑顔でそう言った。
私の聞き違いでなければ『両親が』と言った。
「先生とおばあちゃんとマキナさんは家族なの?」
マキナさんは笑いながら「話してなかったのね」と言って説明してくれた。
おじいさんとおばあさんは昔、結婚をしていておばあさんはマキナさんを産んだ。
最初は学校のある王都に住んでいたのだけど、マキナさんを田舎で育てたいと今の村に引越してきた。
そこでパン屋をやりたいとおばあさんが勝手に村の外に家を建てた。
それが原因で揉めて別居状態。
マキナさんは学校の寮に入り、そのまま騎士団に入った。
今に至る。
「離婚はしていないならまだ夫婦なのね?」
「そうよ。別居しているだけ。」
マキナさんはクスクス笑いながら話していた。
「この二人、仲がいいのか悪いのかわからないでしょう?」
「えっと、はい。」
「もうそれくらいでいいじゃろ!今はそれどころじゃないはずじゃ。」
おばあさんがそう大声で言うのでさっきのことを思い出してしまった。
「さっきのはどうなったんじゃ?」
おばあさんはマキナさんに向かって聞いた。
「聖騎士団が来ると散るように逃げていきました。」
「逃げたというのですか。」
おじいさんは納得のいかない顔をしていた。
「あの様子からして、魔王軍が復活したのではないかと私たちは見ています。」
この世界には魔王がいるのか。
そう言えばあの黒い気持ち悪いやつが魔王様とか言っていたような気がする。
部屋は静まり返った。
「マキナ、頼みがある。」
おばあさんは真剣な顔になった。
「はい。」
マキナさんも真剣に返した。
「もうあの家には戻れんじゃろう。私たちをどこかに匿ってほしい。できるだけ安全な場所に。」
沈黙が流れた。
もう、あの家に戻れないってどういうこと?
パン屋さんはどうなるの?
マキナさんは立ち上がった。
「早急に手配します。警備の者を置いていきますので出歩かないよう願います。」
「ありがとう、マキナ。」
おじいさんは愛おしいものを見るような目でマキナさんを見ていた。
きっと立派な姿が誇らしいんだ。
マキナさんはそのまま一礼して出ていった。
私はいろんなことがありすぎて頭が混乱していた。
さっきまで学校に行くとか行かないとか、そんな話をしていたのに。
おばあさんはずっと私の手を握ったままだった。
こんなこと初めてだった。
────
マユちゃんが食べ物を出してくれた。
私が家から焼いたパンを召喚しようかと言ったが断られた。
今は何も召喚するなと言われた。
おばあさんはやっと握っていた手を離してくれた。
握っていることに気がつかなかったらしい。
みんな無口になっちゃって、何か考えているみたいだった。
外には兵士のような槍を持った人が歩いている。
マキナさんの部下なんだろうと思う。
お父さんとお母さんを守るためにこんなことをするなんてとても親思いの娘さんだ。
おばあさんは娘さんともっと険悪な関係だと思っていたけれど、私の勘違いなんだなって思った。
おばあさんはただ寂しかっただけなんだろう。
スマホを見ると昼過ぎだった。
マユちゃんが出してくれた焼き菓子はみんな少しつまんだだけで残っていた。
いつもなら奪い合うくらい人気のやつなのに、今日は食べる気にもならないんだろう。
私はそっとポシェットに入れた。
外からざわざわする声が聞こえた。
ドアが開いてマキナさんが笑顔で戻ってきた。
「王が城に部屋を用意してくれました。すぐに移動します。」
おじいさんとおばあさんは無言で頷いた。
驚かないところをみると予想できたことなのだろう。
お城にお泊りするってことなのかな。
外に出るといつもはなかった大きな扉があった。
気の弱そうな男の人が扉を開けて、「こちらへどうぞ」と案内してくれた。
おばあさんは私の手を握り一緒に扉に向かった。
「ルナ、行くよ!」
「ルナは行かないです。さようならソラ。」
ルナはそう言うと森の方へと走り去って行った。
私は追いかけることもできず、おばあさんは、
「その方がルナのためかもしれん。自由にさせてやりな。」
と言った。
お城で窮屈な思いをするよりも森で暮らすほうがいいってことなのかな。
ルナはすっかり大きくなって、狩りも得意だった。
普通の猫よりも少し大きくて体格も立派だった。
ルナならもしかしたら野生でも生きていけるかもしれない。
私は観念しておばあさんと一緒に扉をくぐった。
抜けた先はきれいな中庭だった。
きっとここはお城の中だ。
「転移の扉じゃよ。」
おばあさんはそういう魔法が使える人もいると教えてくれた。
ほんと魔法って便利。
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私たちは城の中というより城の敷地内にある小さな小屋のようなところに案内された。
物置小屋にも見えなくはない。
入ると中は意外に広くてとてもきれいな居室だった。
「亜空間の魔法ですね。ここはきっと別の空間でしょう。」
おじいさんがそう教えてくれたけれど、私には難しくてよくわからなかった。
おばあさんが「最高に安全かもしれん」と言っていたので私はなんだか安心した。
マキナさんが「必要なものがあればそこにいるメイドに言ってください。」と言って、メイドのハルさんを紹介してくれた。
ふっくらした体格の気の良さそうなおばさんだった。
「ビル様、ブウ様、お久しぶりでございます。ソラさん、どうぞよろしくお願いいたしますね。」
「ハルさんや、またお世話になりますね。」
おじいさんはペコリと一礼した。
私もそれに合わせて頭を下げた。
おばあさんも「ハルさんなら安心だ。」と言っていた。
きっと前にもお城にお泊りすることがあったのだろう。
そして私たちはしばらくここで暮らすことになった。
窓の外を見ると美しい草原になっていて、小さな小川も流れていた。
どう見ても、さっき見たお城の中庭ではない。
とても広くて美しい草原が広がっていたのである。
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